埋もれた心を見つめてー6


 3階層へと辿り着くと道はなく、石板が乗った台座がいくつか目に入った。

「この階層は一人では決して先に進めない仕掛けが施されています。皆さんにも協力をお願いします」

「今度は謎解きか」

  巨大な土壁に阻まれ中央にはシンプルに一行だけ古代文字の文章が書かれている。

 それを見たクラウスさんが一言零した。

「『共に押せ』か」

「やはりエルフの方は一目で読めるんですね。私達はこの一言ですら解読に時間を要しました。けれど3階層の仕組みも解析済みです。おまかせください」

  ターニャさんの指示に従い俺とクラウスさんは別れてそれぞれ石板に手を翳していく。掌の温もりを察知しているのか、手を置くと石板は反応し淡く光る。

 すると土壁が動き出し、先へと進む道が開かれた。


  道なりに奥へ進むと次は壁一面に地図のような模様が描かれ、12のピースが埋め込まれていた。

「次はパズルです。こちらは私が正しく組み立てます。組み立て終えたら声を掛けますので奥のスイッチを押してください」 

  ターニャさんは携帯端末でデータを確認すると手際よくピースを埋め込み直す。

 完成された壁面は大きなひとつの大陸で、俺達がティオールの里で目にした過去のワ―ルディア世界地図そのものだった。

 彼女の合図でスイッチを押せば、先程と同じように土壁は動き出し次の部屋への道が開かれ、奥には上へと続く階段が姿を現した。

「ちなみに埋め込み方が間違っているとスイッチを押した方、今だとツキダテさんが1階層まで落下する仕組みになっています。あ、落下と言っても滑り台の形状だったので怪我とかはしない安心設計でした」

  このパズルを正しく組み立てるのに何度も挑戦したに違いない。

 彼女達研究チームの苦労の成果に感謝しながらも先へと進む。


  部屋の奥に階段を見つけたが、床が異質に変わっているのが目に留まり立ち止まる。ターニャさんが一歩踏み込むとコツとヒールで歩いたような高音が鳴り、彼女が立つ床だけが青白く光る。

 異質な床は部屋全体に正方形の大きなマス目状に敷き詰められており、25マス並べられている。


「ここから階段に続く道順も仕掛けが組み込まれています。素直に階段へ直進で向かおうとすれば、これまた1階層まで落とされます。正しい道順でなければたちまち床が消え失せてしまいます。さらに個々で歩き回っても、誤った手順と見なされ部屋に居る全員が落下してしまいますので気を付けてください。あと20秒以上同じマスに滞在していても落とされてしまいます。正規ルートは解析済なので私から離れずに付いて来てください」


  携帯端末を片手にターニャさんは一歩一歩着実に進んで行くのを離れないようについていく。新しいマスへ進む度に床が青白く光り、階段近くのマスまで辿り着くと部屋一面のマス目が青白い光を帯びていた。一筆書きのようにマスを光で埋めることが条件のようだった。

  俺達が進み終えて20秒後。なんと光と共に床までもゆっくりと消滅していく。

 床の下は真っ暗な空間が広がるだけとなってしまった。

「一度仕掛けを解くとしばらくは誰も渡れなくなるみたいです。再挑戦できたのはおよそ10時間後でした」

 落下してもほぼ無傷で1階層へ戻ることになるだけだと説明されていようと、底が見えない闇は恐怖心を煽った。


  3階層のような一人では進めない、誰かとの協力を要する仕掛けは製作者の意図か。もし頂上に探し求めている祠があるとするならば、ティオールの祠と同様に種族間の垣根を越えた協力を求めてくるのだろうか。

  天空に住まう有翼人は俺達地上人を大地を荒らす者と捉え排除しようとする。

 だが、かつて地上で暮らしていた有翼人達は地上人も有翼人も共に暮らせる未来を願っている。

 追放されたとされるくらいなのだから天空の有翼人を恨んでも不思議ではないが、あくまで地上の有翼人は人間やエルフ、天空の有翼人とも共存を望んでいる。

  彼らの間にどんなすれ違いが生じたのだろうか。

 祠を巡り力を授かる以上、俺達も彼らと同じ志を継いでいきたい。


  進行に迷っていないとはいえ2階層の迷路も長い距離を歩かされた。

 3階層も協力といった回りくどい手順を踏まされる。 

 たしかにピラミッドを作った主は中にある"何か"を守りたい意図もあったように思える。

 しかし、来る者を退けようと言う意思を感じない。

 来訪者に対する妨害は一切なく、攻撃的な仕掛けはない。

 時間や苦労を要するが決して不可能な道順ではない。

 まるで頂上に来る者を選別している。そんな気がしてくる。


  4階層へと続くであろう階段を上っていくと先が暗んでいる。行く先がまるで見えない。

「これより先は研究チームの者も命惜しさに協力してくれなくなってしまい、あまり探索が進んでいません。皆さんはそれでも先へ進むんですよね?」

  ターニャさんは確認の意味で尋ねたのだろう。

 俺達の様子を疑うことなく鞄からライトを取り出し先を照らす。

 返事の代わりに俺達も各自ライトを取り出す。

「ここから先は私も道や仕組みを正確に把握できていません。暗い上に足場がとても狭いです。お気をつけてください」



  彼女の警告通り、階段を上りきると道は細くなり、更には床が吹き抜けの状態になっていた。下から吹き抜ける風が全身を撫で緊張感が増す。

 バランスを崩すほどの強風ではないにせよ、一歩踏み外した暗闇の先は確実に落下すると報せるそよ風は心地良くない。

 人一人通るのがやっとである細い道ではあるが、足場はしっかりとしており壊れる心配がないのが救いだった。注意しながら進めば問題なさそうだ。


 道の先にようやくまともな足場を見つけると、どこからか声が聞こえてくる。

「歌だ」

  耳を澄ませたクラウスさんに習い俺達も注意深く音を聞く。

 当然、今道行く者の誰の声でもない。

「やっぱり出るんですかね」

「出るって何がですか?」

 前を行くターニャさんに尋ねるとゆっくりと振り返り不気味な笑みを浮かべている。

「幽霊ですよ」

「馬鹿!幽霊なんて居る訳ないだろ!」

「わわわわ!?」

  先頭を歩いていたタルジュの大きな声に驚いたのかターニャさんはバランスを崩し身体をふらつかせる。

 まずい、このままでは落ちる!

 今彼女から最も近いのはタルジュだ。引っ張り支えられるのは彼しかいない。

  タルジュも危険を察知し手を伸ばすが、彼女の両足は既に道を離れていた。

 慌てて伸ばす先を変えるが彼が掴んだのは宙だった。

 そして助けようとしたタルジュもまたバランスを崩し宙に身を投げ出してしまう。

  二人は声を上げて暗闇の中へと落ちて行ってしまう。

 距離を離して進んでいたのが災いしたか、俺の手もターニャさんには届かなかった。


「くっ!」

「引き返そう!」

  俺とクラウスさんは急いで来た道を引き返し、落下地点であろう3階層へと戻った。しかし、3階層の階段付近からは二人を見つけられなかった。

  消えてしまった仕掛け床が復活するのは10時間後だとターニャさんは言っていた。となれば3階層の手前を視認するには一度1階層へ降り、再度上る必要がある。

 ターニャさんのガイド無しでは進行に時間が掛かるが3階層同様、落下者は1階層へ戻されている可能性もある。

  考えていることは同じようでクラウスさんと頷き一つで合図すると4階層まで駆け上がり、迷わず暗闇へと同時に飛び込む。

 視界に明るさが戻る頃にはいつの間にか一人分しか入れないような筒の中を滑るように落ちていた。


  勢いよく放り出された先は見覚えのある壁画の前だった。

 すぐさま辺りを見回すが開けている1階層には俺とクラウスさんしか居らず、先に落ちたはずの二人の姿はなかった。

 4階層の落下先も1階層。となると仕掛けに失敗した者はペナルティとして落とされ1階層へ強制的に戻される可能性が高い。

  だが、二人はどちらも居ない。別の場所へ落とされたのか。

 タイミングや時間。道を踏み外した場所。条件が何かあるのか。

 分からないことを考えても仕方ない。二人を探しに足早で2階層へと向かう。


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