天雷の咆哮ー2
リュイシンさんの案内で町のはずれにひっそりとある飲食店に訪れていた。
店内にお客はまばらで静かな雰囲気は中心部とは正反対で落ち着きがある。
彼は店主と顔馴染みなのか奥の部屋を借りると告げると個室に招き入れてくれた。
「あなた方は現在軍内で指名手配されていますよ」
アルセアでは当然そうだろうとは思っていたけれど他国もか。想像していなかった訳ではないけれど。
だから先ほどの生徒は僕らを不問にするのを渋っていたんだ。
国は美奈子博士やヘスティアさんの演説を気に留めず、事態の収束を優先した。
恐らくただの妨害行為として取り締まり、大事にする気はない。
二人の必死の説得は国防軍の上層部には響かなかった。
今、僕らのしていることのほうが平和を乱し、悪と捉える人も居るだろう。
けれど立ち止まれない。ここで止まれば世界の滅びを受け入れることになってしまう。
真の目的、争いを望まない世界へ到達する為には何としてでも説得を試みなくては、避けられない道だ。
「表立っては
「分かりました…すみません、リュイシンさんにご迷惑が」
僕らを逃し匿ったことが見つかれば彼は罪に問われるだろう。
リーフェン学園の規定まで詳しく把握はしていないけれど、重い処罰が下り彼の人生すらも左右してしまうかと考えると罪悪感に襲われる。
「構いませんよ」
それなのにリュイシンさんは微笑みを崩さない。
「私はあなたの演説に興味がありましたから」
先の放送を見たのか彼はヘスティアさんを見据える。
「…嘘ではないのですね」
「ええ。このままでは間違いなく世界は滅びの道を歩むわ」
「残念ですが、あなたの言葉に当国の皇帝はおろか軍上層部も耳を貸してはいません。それどころかあなた方が対峙していた有翼人をいかに攻め落とすかが論じられています。力には力で対抗する。それがリーシェイのやり方なので」
分かってはいたことだけれど、いきなり世界が滅亡するなど言われて信じる人は多くいない。
悪戯や狂言の類だと解釈する。そんなものに構ってはいられない。そう判断する。
「私はあなた方を信じましょう。大したお力添えはできませんが協力させてください」
「いいんですか?」
天沢さんが掠れた声で問う。
「一度剣を交えれば相手の人間性はおおよそ見えるものです。あなたは悪戯に嘘を吐く人ではない。そのあなたがヘスティアさんを信じ行動を共にしているのであれば真実なのでしょう」
信じてもらえるとはこんなにも心強い。
救われた気持ちになる。それだけで力が湧いてくる気がする。
「ありがとうございます」
僕らは揃って頭を下げた。
僕らはリュイシンさんを信じ今までの経緯とリーシェイ国に至った理由を説明した。
「竜の谷、ですか。あそこはリーシェイ国の者でも誰も立ち入らない地です。まず谷を囲む竹林を生きて抜けられるか。さらに谷は険しく落下の恐れがあります。訪れようとする者は滅多に居ません」
やはり危険な地であることに間違いはなさそうだ。
しかしそんな場所だからこそ、祠が守られている可能性は高そうだ。
ティオールも本来は森と霧に囲まれ常人が立ち入れば迷う地、簡単には辿り着けない場所である。
「フェイが居れば…彼に案内を頼めたのですが」
「フェイ君どうかしたんですか?」
「ええ…その、先日退学したのです」
「退学!?」
僕はフェイ君をよく知りはしなかったけど、天沢さんは顔見知りのようで心配している。たしかに退学とは聞こえが良くない。
普通に過ごしていれば無縁の話な筈だ。
「家庭の事情で体育祭から帰国したらすぐに…彼は竜の谷出身ですので」
「じゃあ竜の谷に行けばフェイ君から情報が聞けますね」
「ええ、だと…いいのですが」
前向きに捉えようと発言したのにリュイシンさんは歯切れの悪い返しをした。
彼の家庭は特殊なのだろうか。
「竜の谷に向かわれるなら最短ルートを記した地図を用意しましょう。あと備えをしっかりしたほうがいいです。移動に丸一日はかかるでしょうから」
必要物資を纏め、明日の朝発てる用意を済ますと僕らはリュイシンさんの勧めてくれた宿で一泊することとなった。
ここの主人もリュイシンさんの顔馴染みだそうで僕らのことを深く詮索したりせず、彼の友人だと紹介されればにこやかにもてなしてくれた。
緊張からか夜になろうと眠気はやってこなかったが、休める時に休もうと部屋の灯りを落とす。
窓から柔らかな星の光が差し込むと少し心が穏やかになる気がした。
ベッドに入ろうとすると外から微かに足音が聞こえた。
気にかかり窓の戸を開けると隣の部屋のテラスにヘスティアさんが立っていた。
彼女はぼんやりとライツェンの町並みを眺めていた。
眠らない町とも称されるライツェンはまだあちこちの建物から光が見えた。
そんな夜景が僕には少し怖く見えた。
馴染みがないせいか、それとも異質に感じたのか。夜に蠢く光が不気味に思えた。
「眠れないんですか?」
僕の問いにヘスティアさんは首を横に振った。
「有翼人は眠らなくても平気なのよ」
「そうですか…すごいな」
「…地上の人は睡眠で体力の回復をするのよね。私達は自然の
有翼人の身体の仕組みは人間ともエルフとも違う。
外見には近しい特徴が見受けられるのに。だからこそ寿命がとても長いのかもしれないけれど。
「私達が息絶える時は
長い時間を生きるとはどんな心地なのだろう。
僕はまだ18年しか生きられていない。
彼女にすれば18年なんて僅かな時の流れなのかもしれない。
死を迎えるのは恐ろしいことだ。
でも途方もない時間を生き続けるのもまた、辛いことのように思えてしまう。
「ねえ、勇太。世界は多くの色で溢れているのね」
ようやく僕を見たヘスティアさんは無邪気に微笑んだ。
「私はずっと知らなかったわ。
「ヘスティアさんの故郷はどんな場所だったんですか?」
「緑に囲まれ清らかな水が恵みをもたらしてくれる綺麗な場所よ。でもとても寂しい場所。…私は何の疑問も抱かずに暮らしていた。穏やかな時間が流れるその地が最も素晴らしい場所だと信じてね」
「最も素晴らしい場所、か」
彼らにとって空に浮かぶ最善の地があるのであれば、一切の関わりの持たない地上なんてどうなろうと関係ないのではないか。どうして地上のリセットが必要なのか。
創造神というくらいだから地上を自分の所有物だと考えているのか。
でも生命を生み出したのもまた、創造神ではないのだろうか。
自分の思い通りにならないなら排除するというのであれば僕らは人形同然だ。
「ずっと考えていたんです。自然を食い荒らす人間や争いを起こしてしまう地上人全体を害と定義するならば、利益の無い僕らは何故今まで生かされていたんだろうって。楽園に住む有翼人の人達は自然を大切にしたいだけならそもそも地上に人型の生物自体必要がない。強い力を持つ有翼人自身が管理をすれば問題は一切起きない。それでも地上に人間やエルフを生かし続けた。それにはどんな理由があるんだろうって」
「私は地上人も動物も地上に住まう生き物は全て平等な価値の存在だと教え込まれていた。けれど地上への干渉は一切許されていなかった。人間を悪く言うのに排除しようとか正しく導こうとかそんな話にはならなくて、同じ空の下に暮らしているのにまるで遠い遠い別世界の話みたいだった…そんなことすら疑問に思わず生きてきたわ。今思えば本当馬鹿みたいね。どうして何も不自然に感じなかったのかしら。知らないって恐ろしことね」
たしかに知らないとは恐ろしいことだ。
僕もヘスティアさんの事情や思いを知らなければ翼を持つ彼女をただ怖い人物だと捉えていたかもしれない。
天沢さんのこともそうだ。
もしも同級生としての彼女よりも防衛戦で圧倒的な力を見せつけた鬼神としての過去を先に知っていたら。順番が違っていただけで彼女を畏怖し近寄らなかっただろう。
けれど話をし、共に行動し相手を知ることで見方が変わる。
強い力を持つ創造神とだって言葉が交わせる。戦うだけが全てではないと信じたい。
「勇太と会話をするだけで私は多くのことに気づかされるわ。言葉にして話すってとても大切ね。地上の皆は随分他者と近い距離で生活している。けれど私達は家族なのに互いにあまり会話もせず生きてきたわ。今でもお父様の考えていらっしゃることなんてまるで分からない」
「落ち着いて話したいですね」
「ええ。話して差し上げたい、
「
それは種族なんて関係なく同じ人間同士でも難しい。
アルフィード学園の学科の違いですら僕達は確執がある。
地上中の人を繋げようと奮闘するヘスティアさんの行いは無謀に近いことかもしれない。けれど戦わずして地上を守るだけではなく、未来へと繋げるには必ずしも必要なことのように思う。
有翼人の人達を抜きにしたって国同士の話し合う機会がなければ、いずれまた戦争が起こる。見て見ぬふりはもうできない。
「でも感情はそう上手く制御できないもの。私は皆に出会ってそれを知ったわ。けれどお父様は制御しようとなさっている。だから衝動的に動く地上人を快く思わないんだわ」
ヘスティアさんのお父さん、世界を造りし神様は世界の繁栄ではなく平穏を願っているのかもしれない。
だから人間の破壊行動や自然を浪費する行為が許し難い。その行動原理は全て人の欲によるものだから。
「まだ私の経験も浅いけれど、お父様は負の感情を切り離し逃げている。そんな風に思えるようになったわ。地上の人は負の感情にも向き合い乗り越えている。断ち切るだけではない、お父様にもそれを知ってもらいたい」
「大丈夫。できますよ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「だってヘスティアさんのお父さんはヘスティアさんを愛しているんでしょう?なら歩み寄れますよ」
「ふふ、勇太は時々強気よね」
「いつもは弱弱しいのか…」
普段から堂々しているとは言えない自分が情けなかったが、事実だし仕方ない。
「違うわ。あなた優しいから相手の気持ちを汲んで発言しようとするでしょう。だからあまり断言をしないのよ」
「そ、そうかな…」
「きっと勇太の中に確かな信念があるのね。揺るがない気持ちの時は自然とはっきり言葉を紡げるのかもしれないわ」
ヘスティアさんは夜空の向こうをじっと上げた。
遠い遠い空の先、きっとそこに彼女の故郷があるのだろう。
「私もそうありたい」
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