天雷の咆哮ー1
水の神器を手にしたクラウスさんはヘスティアさん達と行動を共にするべく、ティオールの里の現首長であるリリアちゃんと前泉の守り人であるレナスさんから里を離れる許可を貰った。
リリアちゃんは「里のことはリリアに任せて!」と頼もしく胸を張った。
驚いたことにたった一月足らずで彼女は私達より少し小さい位の大きさにまで成長した。それこそ魔法でも使ったのではと思う程だったのが、同じティオールのエルフ達は誰一人気に留めない。
話を聞けば年齢に対してリリアちゃんの体の成長は遅かったそうだ。本来ならばクラウスさんと大差ない年齢らしく、心の成長が伴っていないから肉体も幼子のままだった。そんな理屈は人間ではあり得ないけれど、エルフでは少ない例ではあるが珍しくもないそうだ。
これもまた人間とエルフの血が相容れない要因の一つではないかと言われている。
レナスさんは「これも導きだろう。しかと任を全うし、そして世界の行方を己が眼で見届けてくるがよい」といつもの固い言動ながらもどこか柔らかくなった表情で留守の間は泉の守り人を続投しクラウスさんを送り出してくれる。
私達が祠に入っている間に麻子さんが連絡をつけたのか飛空艇アレスがティオールの地に着陸していた。これからの移動の足になるよう手筈を整えてくれているそうだ。
飛空艇アレスの乗組員といえば、悠真君主動となって動いていたレジスタンスのメンバー達だ。悠真君が捕まっていた間もチームは崩壊はせず彼の帰還を信じ、いつでも動き出せるようにと準備を続けていたそうだ。
「アルセアの未来を守るという理念に変わりはない」と志を共にヘスティアさんの支援に当たってくれることになっていた。
理央ちゃんや榎塚先輩などメンバーは誰一人欠けることなく居て安心した。
皆、戦争を無事生き残ってくれていた。それが嬉しかった。
久しぶりに再会した理央ちゃんを見て私は目が潤んでしまったのだけど、「まだ早い。涙は感動のフィナーレまで取っといてくれる?」と笑われてしまった。
いつもの掴みどころのないマイペースな理央ちゃんのままだ。
初めて会った日から色々なことがあったのに、理央ちゃんはずっと変わらない。
私と対等な友達でいてくれる。それがこんなにも嬉しくて、込み上げてきた涙を堪えて私も笑って見せた。
艇内の会議室で写真に撮ってきた地図データを画面に大きく映し出し、今後の行く先を話し合う。ティオールの祠の祭壇にあった石板には世界地図が描かれており、そこに七つの印が刻まれていた。恐らくそれらがタナトスさんが言っていた七つの祠の位置を示しているのだろうと推測された。
「ただ地図がかなり昔の物ね」
そう真っ先に指摘したのはヘスティアさんだ。
私達からすれば地図に描かれた大陸は見知らぬ別世界のものに見えた。
にわかに信じられないがその地図には大陸がひとつしか描かれていない、即ち私達の住まう大地は元は一つの大きな大陸だったということだ。
しかし辛うじて残る大陸の輪郭の面影や世界の中心、別名"星の大穴"と呼ばれる場所は存在するし、位置関係から見てもこれが私達の暮らす世界”ワールディア”であることは間違いなさそうだ。
飛空艇アレスで移動できることになったが、それでも審判の時、次の新月まで残された時間は短い。位置が正確に特定できていない祠を一つ一つ順番に探していたら間に合わない。
各国との戦争締結や条約の制定は悠真君の人脈を駆使して行うと言っていた。
御影博士達は強力な魔法にも耐え守り抜く為の魔導壁を作るべく研究や開発に早速移っている。
大罪人の処刑妨害、そこで繰り広げられた美奈子さんやヘスティアさんの演説。
ヘスティアさんとアポロンさんの戦いで多くの人達は混乱状態のままだろう。
そのうえ裁かれる身だった私達には協力的な人員の補充はあまり望めない。
それにクラウスさんのように神器の素となる
ならば決して軽々しく協力は求められない。少ない人数で祠探しを完遂し神器を創り出す必要がある。
「二手に分かれましょうか」
「それが効率いいだろうな」
「私はどこへでも飛んで行ける、移動自体はそんなに苦ではないわ。クラウスは転移魔法も使える」
「魔石の媒体は必要だが、それは俺が居ない組に渡せば問題ないだろう」
魔石の媒体とは処刑場から転移魔法を使ってくれた時に古屋君が手にしていた物のことだ。転移魔法には必ず水や鏡などの姿を映し出す物、または強い
「となるとクラウスと私は別れるべきでしょうね。残りだけれど、正直私は皆の戦力を正確に計りかねる。また兄様達が地上に降りて来るとも限らない。戦力はなるべく均等に分けたい」
*
リーシェイ国に最長老と噂される長い時を生きた人物がいる。
驚くことに彼は世界大戦の頃から生存していると逸話がある。
そうなれば500歳以上、ヘスティアさんと同年代に相当する。
人間ならば信じがたい生命力ではあるが、その逸話が真実ならば彼はエルフの可能性が極めて高い。ならば古い遺跡や祠の情報を知り得ているかもしれない。
最長老が住んでいる竜の谷と呼ばれる集落は代々竜神を祀り守っているという。
さらに竜の谷は遺跡で見つけた世界地図が記す祠の位置に近い。
少なからず関係があるに違いない、そう考えた。
竜の谷に住む最長老に会うために僕達はリーシェイ国の帝都ライツェンへと降り立った。
まずは情報収集だ。僕達は誰一人竜の谷どころかリーシェイについての地理に詳しくない。
空から到達できればよかったのだけれど、残念ながら竜の谷と称される地は断崖絶壁にあり、急降下する滝まで流れ飛空艇が着陸することは難しく、周囲は深い竹林に囲まれている。僕らは徒歩で竜の谷を目指すこととなるのだけれど、正規のルートが分からない。
リーシェイ国の帝都であるライツェンで信憑性のある情報を探そうと町を練り歩く。だけど道は狭いうえに人も物も多い。
繁華街とはいえお祭りの屋台みたいにお店はひしめき合っていて慣れない僕らは早くも一苦労している。
携帯端末を片手に歩き回るが、正直どこに行けば目ぼしい情報が手に出来るか自信がない。
僕の後ろを歩くヘスティアさんと天沢さんは見慣れぬ町に興味津々だ。
ずっと張り詰めていたし、二人が笑顔を浮かべていることだけが救いではある。
ようやく狭い商店通りを抜け、開けた広場に出る。
飲食を売る出店が多いからか食事をしている人が大半だったが、昼間であるにもかかわらずお酒を呑み騒いでいる人が目立った。
人波を脱出し一息ついていると見知らぬ男性が近づいて来た。
「よう兄ちゃん。綺麗な姉ちゃん二人も連れて観光かい?いいねー金持ちは」
髭面の男が僕に絡んだ。異国の服に女性二人を連れて歩いているあたり僕らを観光客と勘違いしているみたいだ。ただ勘違いしているだけならいいのだけど、男は何やら意味ありげに僕に近づいて来た。
ライツェンは栄えていると同時に治安もあまり良くない。
町中で喧嘩はよく起こるし、観光客をカモにした商売や窃盗もあるそうだ。
気を引き締めなければと警戒心を持って男と相対する。
「面白い遊びがあるんだけどよ、どうだいちょっとやっていかねぇかい?」
「用事があるので結構です」
「そんなつれないこと言うなよ。散々遊んでんだろ?それとも儲け話のほうがいいか。後ろのお二人さん上玉だ。ちょいと遊ばせれば一晩で大分儲かるぞ」
当の二人はまるで理解していないみたいで首を傾げていたけど、一般女性が聞いたら確実に気を悪くする内容である。
僕は暇を持て余しているお金持ちでもないし、遊び人でもないんだけどな。
なるべく穏便に済ませたいけど、困った。自分の口下手さに苦悩する。
「僕ら急いでいるので」
少し強引ではあるが、そう言って早足に去ろうかと思った矢先に背後で情けない男の悲鳴が上がる。
振り向けば天沢さんが細身の男の手首を掴み捻っていた。もう穏便は無理そうだ。
「いってぇな!何すんだよ!?」
「あなた、今ヘスティアさんの荷物を盗みましたね?」
天沢さんに指摘されてヘスティアさんは自分の持つ肩掛け鞄を見る。
彼女が翼を隠す為に纏っているロングマントの後ろが捲りあがり、中に掛けている鞄の口が少し空いていた。
「誤解だ!俺は捲りあがってた裾を直してやろうとだな…!」
「でしたら、この拳開いてもらえますね?」
天沢さんが手首を掴む手に力を込めると、痛みに耐えかねて握っていた男の拳が開かれ掌からお金が零れ落ちた。
そうか、狙いは窃盗だったか。僕に絡んできた髭面の男と細身の男はグルだな。
隣の男を睨みつけると両手を上げ眉を下げている。
「おいおい、勘弁してくれよ。俺は何もしていないだろ?」
そう言い訳がましく答えながらも男はジリシリと下がり僕らから距離を取っている。髭面の男が顎で合図をするとたちまち待機していた男達が現れ僕らを取り囲んだ。
「女二人置いていけば手荒にはしねぇからさ。どうだい?」
あくまで二人を僕が従えていると勘違いしているようだけど、それは大きな間違いだ。自分達の危険を察知した彼女達は警戒心が強まり、戦う構えに入っている。
「えっと、手は出さないほうがいいと思います。皆さんの為にも」
僕よりも遥かに強い二人には男であろうと10人程度では脅しにならない。
盗みや恫喝をしている彼らが悪いのだけど、身を案じずにはいられない。
「なめやがって。やっちまえ!」
男の掛け声が上がると取り囲んでいた男達は一斉に僕らに向かって襲い掛かって来る。
「古屋君、ヘスティアさんをお願い!」
「分かった!」
「どうして、私も…」
「ここで魔法を使っちゃ駄目だ!」
僕が窘めるとヘスティアさんはもどかしそうにしたが、大人しく従い僕の背後に隠れた。
襲い掛かる男を二人往なす間にも天沢さんは一人で次々と男達を戦闘不能にしていく。刃物を手にする男達に怯まず、攻撃を避け相手同士を衝突させたり、背中に飛び乗ったりと軽やかだ。なるべく相手を傷つけないように気絶させたり、転ばせたり、捻ったりと優しさが垣間見えつつも手際がいい。
男達が倒されていく様子を髭面の男は目をまん丸くさせ呆然と眺めていた。
そうこうしていると僕が相手取っていた男二人すらも天沢さんの手により床を這いつくばっていた。
「…な、なんだよこの女…化け物かよ…」
まさか女の子一人に負かされるとは思っても居なかったのだろう、髭面の男は腰を抜かし天沢さんを見上げていた。男の言葉に天沢さんは悲しげに笑った。
いつの間にか野次馬が集まり天沢さんに歓声を飛ばしていた。
広場で暴れてしまったせいもあるが、恐れもせずに多くの人が見にやって来るあたりお国柄かもしれない。
「すみません、通してください」
そんな見物人達をかき分け揃いの制服に身を包んだ若者が数名僕らのもとへとやって来た。あの制服はリーフェン学園の物だ。
彼らはすぐさま僕らを襲ってきた男達を取り押さえた。
生徒達を指揮する人物に見覚えがあり天沢さんが声を上げた。
「リュイシンさん!」
四ヵ国学園対抗体育祭でリーフェン学園のリーダーを務めあげ、デジタルフロンティアでは天沢さんと試合をした2年生だ。
「これは驚きました。お久しぶりですね」
「お久しぶりです。どうしてここに?」
「私達は帝都の警備任務中です。私よりも他国のあなた方がここに居るほうが不思議ですよ」
もっともな発言に僕らは苦笑いが零れる。
「あの、その人達は…どうしましょうか?」
リュイシンさんの傍らにやって来た生徒が躊躇いがちに僕らを見た。
僕らも騒ぎを起こした人間として捕まってしまうのだろうか。今は急ぎの身なので避けたいところではある。
「私に免じて見なかったことにしてはもらえますか」
「ですが、上にバレたら…」
「ですから、見なかったことにしてください。この被害者たちはただの観光客。いいですね?」
「…分かりました」
納得しきれてはいないようだったけど、彼の穏やかでありながら物言わさぬ口調に折れてくれた。リュイシンさんが居てくれて助かった。
「後は頼みましたよ」と付け加えるとリュイシンさんは僕らに向き直った。
「場所を変えましょうか。あなた方は少々目立ちますから」
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