決別ー3
二匹の魔獣から繰り出される強烈な息吹はヘスティアさんが生み出した透明な障壁に防がれる。これにはさすがの軍人達も恐れおののき逃げ出し始めた。
建物越しから銃弾が魔獣に向かって乱発されるが、二匹の身体を貫くどころか銃弾は全て弾かれ傷一つ付けられない。
魔獣は威圧するかのように雄叫びを上げる。
まるで歯が立たない状況に軍人達は攻撃の手を止め、悲鳴を上げて走り出す。
彼らに追い打ちをかけるように魔獣は氷の息吹を再び吐き出すと周囲をたちまち凍らせ、逃げ遅れた軍人を設備ごと凍らせる。
氷結状態を溶かすように橙の炎が一線駆け抜ける。一瞬で氷が解け、代わる代わる変化する事態に凍らされた軍人は思わず呆然としていた。
「早く逃げて!!」
「人間を助けている余裕があるのか?」
声を張り上げるヘスティアさんに光の雨が容赦なく降り注ぐ。光は鋭利な刃となってヘスティアさんの皮膚を切り裂いた。大きな音を立てて地に直撃した雨は白煙を上げている。
アポロンさんの容赦ない魔法攻撃をヘスティアさんは全て受けきり、地上に被害が出ないよう防いでいる。しかしその状態では魔獣の対処など手が回らず、それ以上こちらに声をかけてくることはなかった。
処刑場は一瞬で戦場と化してしまった。
光の雨に注意を引きつけられていて、油断していた。火炎の魔獣が口から青白い炎を垂れ流し、こちらに目がけて放とうとしている直前だった。
「目を閉じろ!」
死を直感するよりも早く、どこからともなく頼もしい声色が耳に届き、驚くよりも先に言う通りに動いていた。
『光よ、汝が秘めし輝きをここに放て!』
その詠唱が終わると共に地上に刺さっていた光の雨が閃光弾のように強い輝きを放った。あまりの眩しさに目を閉じていても明るさが伝わってくる。同時に魔獣の怯む甲高い声が響き渡る。
「古屋、皆の拘束を解け」
「はい!」
実際に会話したこともないのに彼の凛々しい姿を何度目にしただろう。
眩い光の中、窮地に駆けつけてくれる雄姿を見せられれば迷いなどない。
光の魔法を詠唱した月舘先輩はカルツソッドとの戦争後、行方が知れないと聞いていたのに。
僕は形振り構わず舞台へと駆け上がり、天沢さん達に駆け寄り拘束具の解錠にあたる。月舘先輩は解放された天沢さんと鳥羽先輩にパレットを投げ、僕に延べ棒みたいな形の魔石を同様に投げた。僕は受け取りに手こずるが二人はしっかりと片手でキャッチしていた。
「天沢は炎の魔獣、鳥羽は援護を頼む。古屋はその魔石を離さず持って皆とこの場から離れるな」
「了解」
「わかりました」
月舘先輩は手短に指示をし、素早くパレットを装着した二人はそれぞれ剣と銃を取り出し構えた。まさかたった三人で魔獣に立ち向かうのか!?屈強な国防軍人は逃げ出したっていうのに。
光に眩んでいた魔獣達は正気を取り戻し、二匹ともこちら目がけて動き出した。
すかさず鳥羽先輩は牽制で銃撃を撃つがやはり光線弾も効果がないようだった。
「やっぱり駄目か」
他に手段はないかと周囲を見回す鳥羽先輩。
天沢さんと月舘先輩はそれぞれ果敢に魔獣へと立ち向かう。
持ち前の素早い動きで相手を攪乱しつつ、噛みつきや引っ掻きの攻撃も常人離れした瞬発力で全て避けて行く天沢さん。
魔獣の動きを確実に見切って攻撃を避け、死角から攻撃を繰り出し魔獣のヘイトを蓄積させていく月舘先輩。
二人とも人並外れた動きを見せるが魔獣にダメージを与えられているわけではない。
魔獣は疲れを見せずに猛攻を続けて来る。これでは二人の体力が先に尽きてしまう。魔獣の注意が二人からそれてしまえば、また広範囲の息吹の猛威が襲ってくるだろう。激しい攻防を他所に鳥羽先輩は呑気に手にしている銃をあちこち点検していた。
「鳥羽先輩!」
僕は堪らず先輩に声をかけてしまう。
「ん?どうした?」
「その、何か二人にアシストはないんですか!?」
「あるさ」
カシャンと音が鳴ると銃に付いている水晶みたいな石が輝き出す。
その石は僕が受け取った魔石に近い、恐らく魔石そのものだと思う。
「まったく、説明無しで人にとんでもないもの手渡してくれるもんだよ―――!」
片手サイズの銃を両手でしっかり構え引き金を引くと銃口から火炎が飛び出した。飛び出した火炎はやがて竜の形になり真っすぐにタンクを支える支柱へと突撃した。
巨大なタンクは支えを破壊され、火炎でタンクが焼き切られて中に蓄えられていた大量のガソリンが滝のように流れ出す。流れ出したガソリンはたちまち引火し炎の渦となる。渦はぴったりのタイミングで氷の魔獣へと直撃する。
強烈な爆炎には耐え切れなかったのか、氷の魔獣は形を保てなくなっていくと光の粒子を放って消滅した。
鳥羽先輩の手にしていた銃はただの銃ではない、銃弾に魔法が込められている魔銃だったのだ。話には聞いていたが、実際に目の当たりにするととんでもない代物である。それに初めて手にしたであろう武器で正確な扱いをする。やっぱり鳥羽先輩ってすごいや。
相手が消失すると、すかさず月舘先輩は氷魔法を唱えていた。
たちまち冷気を纏った天沢さんの剣が炎の魔獣を斬る。
見事急所に入り、炎の魔獣は一際甲高く鳴くと光の粒子を振りまきながら姿を消した。
何とか魔獣二匹を撃退したはいいが、炎の渦は燃え広がり今度は火の海に僕らは囲まれてしまった。
「ど、どうするんですか!?」
鳥羽先輩のことだ、これも計算の内なのだろうと望みを持って訊ねるが、なんと爽やかに笑うだけだった。まさか何も対策は無い!?月舘先輩だろうとこの火を鎮火させるような魔法は使えないだろう。
「弾丸に水魔法とか入ってないんですか!?」
「見た感じ全部火だね」
「これでいい」
慌てふためく僕にこちらに来た月舘先輩は冷静に言い切った。
「焔を司る神、ヘスティア。彼女にとって今ここは独壇場だ」
見上げた先のヘスティアさんの全身は燃えるように赤々としていた。緑に見える筈の精霊達も燃えるように赤く光り、彼女の力が溢れているように見えた。
「これだけ火が満ちているうえに陽は傾き始めています。できるならばこれ以上の争いは避けたいです」
「…ヘスティア。本当にもう戻ってこないんだな」
「―――ごめんなさい」
「……今回は引こう。けど次会う時があるならば、その時はどちらかが倒れるまで戦うだろう」
そう言い残してアポロンさんは空高く飛び立って行った。
彼の姿を皆が眺めていると、今度は轟音が鳴り響いてくる。
「なっ!?」
一体何の音だろうと結論に辿り着く前に突如辺りが暗くなる。
再び上を見上げると顔色を変えて飛び込んでくるヘスティアさんと大瀑布みたいな大波が空を覆い隠す高さまで来ていた。
ありえない。自分が小さくなってしまったのかと錯覚するくらいだ。大人しく引いたように思えたが、アポロンさんはそんな強大な魔法を放って去るのか。
大急ぎで僕らの前に立ちはだかったヘスティアさんは両手を正面に翳して光の球体を創り出す。球体はみるみるヘスティアさんの身体よりも大きくなる。
とうとう波が落下して来る、その瞬間ヘスティアさんは球体を横に引き伸ばして解き放った。鎌の刃みたいな細長い光と大波が衝突し巨大な爆発を引き起こした。
波は爆散し台風みたいな強烈な雨が落下してくる中、僕が手にしている魔石が強く光り出す。その光は僕の周囲に広がって行き、やがて僕や皆を包み込んでいく。
「ヘスティア!」
月舘先輩が呼びかけるとヘスティアさんも急いでこちらへ飛んで来た。
そして視界が真っ白になり、やがて見知らぬ風景へと変わる。
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