決別ー2
結局、三日という短い期間に僕一人だけの力では天沢さん達を助けられる
最悪は力ずくでも妨害をするつもりで公開処刑場に潜り込み、影から様子を伺っていた。
まさか工藤美奈子博士が乱入するとは予想もしていなかったが、これは場を乱すチャンスだ。しかし、どう活かせば効果的だろうか。
たかが一アルフィード生の発言など、権威ある工藤博士とは比べ物にならない。
「勇太、今あの映像は多くの人間が見えている物なの?」
僕と共に行動している有翼人のヘスティアさんは大勢の見物人の背後にある巨大なスクリーンを指さし問うた。
処刑を見せしめのようにアルセア国中に中継すると知った時はゾッとした。
さらには処刑される人達が残虐な光景から目を背けられぬよう彼らに対して正面にそのスクリーン画面はある。
工藤博士が現れるまではその画面には舞台上に上げられた処刑人達を映していたし、彼女の語り口調から察するに今もこの映像は中継され続けているだろう。
「国中に放映されてる筈だから少なくてもアルセア中の人は観ていると思うけど…ヘスティアさん!?」
彼女は僕の横から飛び出しすぐさま翼を広げて羽ばたき、天沢さん達の目の前へと着地した。
宙を舞う白い羽は鳥の羽根のように見た目だけで柔らかさを現し、デジタルフロンティアで作られた紛い物ではない。大きく広げていた優美な翼が威厳を放ち、凛とした瞳で見据えている。
エルフのような造形だが純白の翼を背に持つ、その姿はまさに本物の天使。そんなヘスティアさんの姿にその場に居た、いや中継の映像を観る誰もが釘付けになっただろう。
「我が名はヘスティア。天空より降り立った有翼人です」
突如として現れた人間ともエルフとも違う人物に事態の戸惑いが濃くなるうえに有翼人と名乗ったことにより一層どよめきが増す。
有翼人は伝承の生物で世間の大半が名前も知らないような生き物だ。
まだ工藤博士の演説を呑み込めていない人が多い中での有翼人という突飛な登場人物は混乱を招くだけかもしれない。それでもヘスティアさんは覚悟したのだろう。
例え信じてもらえずとも、受け入れてもらえずとも。世界の危機を知らせる機会は今なのだと。自分の正体を隠さずに僕達、地上人と向き合ってくれる決意だ。
「地上に住まう全ての者へ告げる!僅か一月後にはあなた方の住まう大地が、世界が奪われようとしています!知恵と技術の誤った使用、悪戯に続く自然の搾取、そして大量の生命を奪い続ける戦。先日のアルセアとカルツソッドとの戦争を嘆いた世界を創造せし神ゼウスは地上の終末を宣告しました。無暗に強大な力を用い、大地を破壊し生命を奪い合う状況に神は怒り、呆れ、見放そうとしている。今を生きるあなた方を全て無き者とし、新たに地上を作り替えようと言うのです。私はそのような横暴は見逃せません」
ヘスティアさんは言葉ひとつひとつを丁寧に紡いでいく。
どうすれば地上の民に伝わるか。これが作り話ではなく事実なのだと理解してもらえるか。傲慢であってはならないが、遜りすぎては見くびられる。
周知させることも大事だが信用をしてもらわなくては彼女の目的へと繋がらない。
真っすぐな姿勢からは彼女の誠意が溢れている。どうか多くの人に届いてほしい。
「私は地上に降りて初めて知りました。包み込んでくれる広大な海を、心を浄化してくれる澄んだ空気、恵みを育む緑、温もりある穏やかな木漏れ日。地上はこんなにも美しい。そして
誰も彼女の話を止めようとも妨害しようともしなかった。
好奇心からか、彼女の誠意が伝わったからなのか。判断は出来なかったが、皆静かに聞き入っていた。
先ほどの工藤博士の言葉で自身の安易な決断を恐れているのかもしれない。
情報を正確に理解し、考え抜いたうえで意思表示をしようと誰もが思考しているのかもしれない。
しかし誰もが彼女の意見に賛同しようとしているわけでもないだろう。
ヘスティアさんの話には信憑性は一切無い。彼女の翼は偽物で、虚言かもしれない。神様の存在、世界の終末、彼女の正体。真実を証明できる物は何一つない。
僕自身もヘスティアさんからその話を聞かされた時は受け入れ難かった。
でも彼女の真摯な瞳からは決して悪意を感じなかった。だから信じたのだ。
僕に大切な友は助けるべきだと言ったあの熱意と変わらぬ、いやそれ以上の眼差しにヘスティアさんを信じようと決めたんだ。
「時は今から訪れる最初の新月の晩。その日、神々からの容赦ない魔法が地上を襲います。私は世界の終焉を回避したい。それには私一人の力では足りないのです。地上に住まう皆さんの力が必要です!皆さんの争いを避けたいという意思と、団結がなければ世界は壊されてしまう。どうか、信じて…!」
ヘスティアさんの祈るような願いに応じる者は誰一人としていなかった。
けれど異を唱える者もおらず、辺りは静まり返り考え込んでいるようだった。
そんな静寂の中、一石を投じるように罵声が上がる。
「何をしている!反逆者を捕らえろ!反抗するようならば殺せ!」
刑の執行を指揮していた軍人が声を荒げ部下に命令する。
上官の指示に躊躇いつつも次第に軍人は動き出し、銃を所持していた者達がヘスティアさん目がけて発砲した。ヘスティアさんは向かってきた全ての銃弾を透明な障壁を作り出して弾く。
『風よ』
そして彼女がたった一言唱えただけで銃を手にする軍人達だけに強烈な突風が襲い掛かり体勢を崩す。不可思議な力に驚き腰を抜かした軍人達は間抜けな表情で彼女を見上げた。
魔法だろうか。それにしても詠唱の詩もなしに身を護り、一言で風を生み出すなんて。少なくても彼女がエルフ以上の力を持った存在だということはこの光景を目にした者は疑わないだろう。
「今はまだ信じてもらえないでしょう。でも猶予の時間は長くありません。どうか考えてください。先の戦争のような悲劇を繰り返さず、世界の平穏を守り抜く方法を。人間もエルフも、そして我々有翼人も手を取り合って生きていける未来を。私は共に歩んでいけることを望みます」
ヘスティアさんは一礼し、空を見上げた。
「私は彼らを信じ、証明してみせます。人間はただ醜く愚かな生き物ではない。過ちから背かずやり直せる強さがあると。ここに居る彼らは特に心の強い者達だと思うから」
*
人々の顔色は皆様々だった。困惑、恐れ、動揺、疑念。
仕方のないことだけれど、すぐに全てを信用してもらうなど不可能だろう。
だけど、時間がない。躊躇っている場合ではないと思った。
大勢に危機を報せ、歩み寄ってもらう機会を与えるチャンスは多くない。
どうか未来へと繋がってほしい。
同時にもう戻れなくなってしまった。私は己の家族へ敵対宣言をしたに等しい。
身体が震え出すのを堪えるのに必死だった。
どこまで自分が地上を守り戦い抜けるか分からない。
私は攻撃性のある魔法を家族に向けたことなどない。
地形に変化をもたらすほどの魔力とぶつかり合うのだ。
怯まずに脅威と戦えるだろうか。想像するだけで身の毛がよだつ。
予期せぬ珍客が空からやってきた。
上空から獣の姿をした生物二匹が飛んでくる。
獅子の形をした獣はこちらの頭上で留まると迷うことなく口から青白い炎を勢いよく吐き出した。炎は私に目がけて真っすぐに襲い掛かる。
「私は焔を司りし者。火は味方よ」
飛んで来た炎をかざした掌で吸収する。
するともう一方の獣が今度は氷の息を吐き出す。
「そんな氷で私は凍てつかせられない。魔獣を使うなんて回りくどいことしないで姿を現してください!」
二匹の魔獣の間に主と思わしき男性が舞い降りて来る。
腰まで伸びる長い金色の髪に、背には白い翼、耳は垂直に長い。
瞳は怒りでも敵意でもなく、哀れみの色をしていた。
「アポロン兄様」
「ヘスティア、お遊びはここまでだ。帰ろう、もうこの地上はお終いだ」
「嫌です。私は決めました、この地上を護るって」
「我儘もほどほどにしておけ!お父様も心配なさっているぞ!」
「嘘!だいたい心配ならご自分で迎えにいらっしゃったらどうなの?アポロン兄様に迎えに来させるのがいい証拠です」
「これ以上自分の立場を悪くするな!皆もお前の勝手に怒っている」
「私の勝手を許してもらおうとは思わないし考えを変えるつもりはありません。この地上は、ここに生きる人達は兄様達が思っているよりもずっと素晴らしい!」
「こんな公の場で見世物のように人を殺そうとする生き物がか?」
私を取り押さえようとしていた軍人達はすっかり怯え切り身動きできずにこちらを見ている。彼らもまた上の人間から命令されただけで自分の意思で命を奪おうとしているわけではないかもしれない。話せば分かり合える余地がある。
だけどアポロン兄様の言うような人間がいるからこそ、今の処刑が執り行われようとしたのも事実。
「それは…」
「もう手遅れなんだよ」
「手遅れなんかじゃないわ!彼らはきっとやり直せる!お願いです、もう少し時間をください!」
「ヘスティア、頼むから俺の言うことを聞いてくれ。お前を殺したくないんだ!」
かつての私は生き物の生死は単なる命の循環だと認識していた。
けれど、死の重みを友は痛いほど教えてくれた。
アポロン兄様は私を連れ帰れないようなら殺すように言われたのだろう。
お父様にとって私もスピカと同じ不穏分子に分けられた。
あの人からすれば正しい循環を行うに過ぎない。
「分かりました…お父様がそのようにお考えならば私も引きません。覚悟はできていましたから。私の帰る場所など、もうないのでしょう?」
「お前がきちんと反省して謝ればまだ間に合う!今しかないんだ、帰って来い!」
厳しい物言いをしつつも端々から兄様の優しさが滲み出ている。
私を心配してくださっているのが分かる。
家族想いの兄様なら、私が真剣に謝れば一緒になって許してもらえるよう働きかけてくれるだろう。それでも、やはり今帰ることはできない。
「アポロン兄様はお優しいですね…でもごめんなさい。私は自分が間違ったことをしているとは思えない。だから反省も出来ないし、自分の保身の為に地上を見捨てられない。私はもう、お父様の下へは帰りません!」
決意を込めて言い切ると、アポロン兄様は片手で頭を抱え、大きく息を吐いた。
「もう、後悔しても遅いからな」
アポロン兄様は鋭い目つきで民を見下ろした途端、待機していた魔獣が地上に急降下しつつ火炎や氷の息吹を吐き出した。
「させない!」
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