決別ー1
「電波ジャックオーケー」
「いつでも配信可能です…美奈子さん、準備はいいですか?」
恐怖を空気と共に強引に胸へ押し込む。
明確に父へ反抗するのはこれが初めてだ。
こんないい歳になってようやく反抗期かと笑えてしまう。
大人の私よりも頼もしい女学生達は私の背を押してくれる。
「…ええ、お願い」
もう後戻りはしない。
自分の意思で、自分の言葉を語ってみせる。
張り詰めた空気の中を一歩一歩、着実に歩み出す。
自分の地位か、父の権威のおかげか。
軍人しか立ち入れない場所なのに、ここまで潜り込むのには何の苦労もなかった。
けれどそんなものも今ここで消え失せる。今までの自分とはさようならだ。
処刑を公開で行うなど趣味の悪い。それも国中に中継放送までするなど誰が考えたのか。でも、今回に限っては都合が良い。ここが私の戦場になる。
絶望を希望へと変える。
そんな奇跡みたいなこと、卑怯者の私にできるのか。
ううん。変えられなくたっていい。ただ自分に正直でありたい。
私が何を望んでいるか、どうしたいか。それが大切だ。
もう自分を守る嘘は重ねない。父を言い訳にしたりしない。
でも、できればほんの僅かでも希望への足掛かりになればいい。そう願う。
公開処刑場の舞台上には罪人と称された者達が拘束されて並んでいる。
まずは自国のアルセア人からだとカルツソッドの罪人はまだいない。
本来ならば私もその並びにいるはずなのに。
彼らを悪の象徴としてアルセアの不祥事を済まそうとしている。
軍の主要人物達は一切責任を負うつもりはないようだ。
舞台上の周囲を囲む軍人達が、何食わぬ顔で現れた私達に気づく。
「止まれ。間もなく処刑執行の時間だ」
私の前に立ちはだかった軍人が敵意を向けてくる。
ここからは張りぼての仮面は役に立たない。
「通してちょうだい。処刑を取り止めます」
「何の権限があって言っているんだ。いくらあなたでもそんな勝手は通りませんよ」
強引に通り抜けようとすると肩を掴まれる。
「これ以上進むようなら手荒な方法で止めるぞ」
凄みをきかせようとも怯まない。
ここで怯むくらいなら初めからこの場には訪れない。
「悪いわね、意地でも通らせてもらうわ」
彼の手を払いのけ歩みを再開する。
すかさず軍人は私を止めようと動いただろう。だけどその手は私には届かない。
旧友の妹とその友である少女が私の道を切り開いてくれる。
たった二人の少女が軍人たちを抑え込んでいる。
後ろは振り返らない、前だけを向く。私の仕事を、託された思いを伝えにいく。
心から敬愛した人を、研究理念に尊敬した人を、実の妹のように育てた少女を、父親に立ち向かい続ける勇敢な少年を。そして、形だけでも夫となった哀れな男を。決して見捨てない。
彼らが罪を犯したというならば私もその罪を共に背負おう。
幾度と彼らを傷つけ、裏切ったのは私だ。一番赦されてはならないのは私。
だから今度こそ、守りたい。
視界に私を捉えた彼らは一様に驚いた顔をしていた。私は皆を一瞬だけ見据える。言葉は投げかけない。嘘を重ね続けた私の言葉など彼らにとって薄っぺらい。
彼らへの思いは行動で示してみせる。
意を決して振り返れば、公開処刑を見物にきた国民が大勢居た。
誰かの死を目の当たりにするなど進んで行いたいものではないが、珍しさかそれとも憎しみの対象の苦しむ姿を見たかったのか。
そんな野次馬たちも処刑に関係の無い私が出てきたことに興味をもって眺めている。
民衆の後ろには巨大なモニター画面が舞台上にいる私を映している。
私が乱入さえしなければ、今頃あの画面には凄惨な光景が映っていたのだろうか。
大きく息を吸い込む。恐怖と緊張が入り混じり冷静さを欠いてしまいそうな気持ちを鎮める。もう逃げ場も味方もない。さあ、ここからは愚かな女の懺悔の時間。
「放送をご覧の皆さん、私はアルセア国防軍、工藤美奈子と申します。元国防軍最高司令官であった鳥羽悠一が企てた恐ろしい計画に加担し、計画を止められなかった者の一人として真実をお伝えすべく、今公共の電波をお借りして皆さんにお話しています。どうか事実を聞いてください」
「おい、この放送を早く止めろ!!」
「できません!電波をハックされてます!」
「発信源はどこだ!?直接乗り込んで止めさせろ!」
「特定もできないです、今情報処理班が対処に当たっています」
「急がせろ!榊の娘め余計な真似を…!」
私の発言により直接手を下すことができなくなったのか、放送を止めるように動き出した。だが、それも無駄だ。
厳重な地下研究室の機密データにハックした少女が電波を乗っ取りロックしており相当優秀な技術者でも解除に時間を要する。
「先の戦争は元最高司令官が企てた計画によって被害が増大した。皆さんはそのような認識でしょう。確かに彼の計画によって戦場は乱れ、多くの命が失われました。ですが同時に多くの命も救いました。ここに居る彼らは大切なものを守るべく戦った、決して争いや殺戮が目的ではありませんでした。それでも私達の行いが許されることはありません、裁かれるべきでしょう。ですが本当に死で全てが解決しますか?失われた命は命で償えますか?私はそうは思わない。失われた命の重さが量れないように、今失われようとしている罪人達の命も決して軽くはない。失われた命は二度と戻りません、だからこそ奪った罪は重い。計画に加担していた私が処刑に異論を唱えるのは仲間の命乞いにも聞こえるでしょう。それでも考えてもらいたいのです、命の行方をもう一度」
民衆達は耳を傾けてくれてはいるが伝えた内容を正しく理解してもらえているのか分からない。でも今は時間が惜しい。こうしている間にも私が妨害されないようにと少女達は戦い続けてくれている。伝えるべき思いを続けるしかない。
「責められるべきは彼らだけではないはずです。元最高司令官を支える政治課の者達にも止められなかった責任があります。そして国民の皆さんは信じていた最高司令官に裏切られたとお思いでしょう。知り得なかったとはいえ、彼を信じ国を託して、異を唱えなかったのも私達国民なのです。自分達には一切の責任が無いとお考えでしょうか」
静まり返っていた民衆から不満や野次が飛んでくる。
構わない。罵詈雑言を浴びる覚悟で来ているのだから。
どんなに罵られようと私の罪はそれ以上に重い。
「国の決定を疑いもせず受け入れ続けその結果招いてしまったこの現状を、私達国民の責任を、全ての非難を、自分達を救ってくれた者の死で片づけてしまっていいのですか!?このままでは私達は命を持ってしか過ちを解決できなくなってしまいます。今一度考えてください!少しでも疑念を感じたならば押し込めないで声を上げて。国の、自分達の未来を守るのは皆さん自身であることを忘れないで!」
「構うな!処刑は予定通り行う!まずその反逆者を殺せ!」
とうとう痺れを切らしたのか、この場の指揮官である男が声を荒げて命令を下す。だが、一部の軍人達は二人の少女の手により戦闘不能状態。また一部は処刑に躊躇いがあったのか、事態の変わりように動き出せずにいる。
さらに一部は従順に上官の命令に従おうと武器を構えるが、榊の娘に手を出すことに恐れ固まっている。
私はここで命潰えようと構わない。彼らを守る為にこの場を逃げ出したりはしない。
銃声が一発鳴り響き、銃弾が私の頬を掠める。迷いがあるのか狙いが定まっておらず致命傷には至らない。私が攻撃を受けたからか麻子ちゃんが急いで私の傍に立った。そんな彼女を制し、銃を放った軍人を見据える。男の瞳は揺れ、視線が合うと体が震えていた。
私よりも屈強な男がまるで小動物のようだ。迷いはこんなにも人を弱くする。
「今の銃撃はあなたの意思?それとも上官の命令だからした攻撃?…どうか考えることを止めないで。一人の人として自分の意思を尊重して生きて!」
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