迷いの中ー2


「やあ風祭君じゃないか、もう動いて平気なのかい?」

「ああ、大した怪我なんかしてないからな」

  アルフィード学園の生徒会室を訪れると国営科の制服を着た同学年の見知った顔の三人組が居た。

 中央を陣取る鵜苫うとまは両手を広げ少々大振りな態度で俺を出迎える。

 三人組の壁の先、最奥のデスクには今日も凛とした姿の奏が座っているのが見えた。強気な彼女は涼しげな表情を保ってはいたが、疲弊しているのが窺えた。  

「とにかく、会長を決めるのはまだ先です。お話は学園が再開されるまで待ってください」

 早く会話を終わらせたかったのか奏は強引に彼らを突っぱねた。

「しかし鳥羽悠真の処刑が決定された。もはや罪人である彼は戻ってこない。ならば迅速に新たな生徒会長を決め、生徒達の士気をまとめねば」

  生徒会長である悠真が反逆罪で捕らえられ、副会長である佳祐も音信不通で行方が知れない。その為、今は奏が代理として生徒達の先頭に立っている。

 頼もしい風紀委員のメンバーらも居るので大半の生徒は彼らを手本に行動している筈だ。

 トップ二名の不在やよからぬ噂で生徒達は不審には思っているだろうが、基本は先生であり本物の軍人である上官が居る。大きな混乱とまではなっていない。

  だと言うのに新たな生徒会長に立候補する鵜苫は貴族の中でも過激派の子息で地位に固執している傾向がある。昨年の生徒会選挙では悠真に大敗したのに懲りない男だ。


「それに。女性の君にその席は少々荷が重いだろう?」

  奏の座る椅子は生徒会長の定位置。学園のトップのみが座ることを許された座席。

  鵜苫のあからさまな挑発に奏は目を細めた。穏やかで上品な女性を普段見せてはいるが、彼女は何だかんだ短気だ。貴族の過激派は女性を軽視する風潮も濃く、奏はそれを嫌っている。

「俺達だって何も考えていないわけじゃないさ。だからもう少し待っててよ、な?」

「君もいつまでもそんな能天気でいると生徒会からおろされてしまうよ」

  余計なお世話だ。欲しけりゃくれてやるよ、こんな役職。

 俺はもともと進んで生徒会に入ったわけでもない。

 推薦されたから過保護な母親の抑止剤にでもなればいいかなんて軽い気持ちで入った。去年の入りたてならすぐにでもこの地位を明け渡したかもしれない。

「簡単にどかねぇよ」

  生徒会に入った動機は不純だった。だけど俺だって半年以上、癖はあるが真面目な奴らに囲まれながら生徒会を務めたんだ。自分が認めない相手にくれてやるほどプライドがないこともない。

「将吾」

  ため息まじりな奏の声でようやく俺は鵜苫にガン飛ばしていたことに気づいた。

 昔の癖がつい出てしまった。三人組の顔は強張り怯えてしまっている。

「あ、ごめんごめん。ちゃんと先生と話し合ってから知らせるからさ。今回はこのくらいで勘弁してよ」

 いつもの"俺"をだしてやれば彼らは足早に部屋から出て行った。

「お願いだからこれ以上問題を増やさないでよね」

「わりぃわりぃ。けど奏だって鬼みたいな顔してたぜ」

「失礼ね。私はそんな顔してないわ」

 

  人に対する評価を性別や生家、成果に重きをおくのではなく、能力や人格を重視する革新派。それは鳥羽悠一が最高司令官に就任してから軍内で確立され広く浸透した。

 悪習が根付いていたアルセア国政治のトップがようやく過激派の多い貴族政治から入れ替わったいわば庶民達の悲願とも言えよう。

  対立する過激派は現代において貴族の中でも一部であり、時の流れと共に減ってはいた。それでも政治の実権を有するのはやはり昔からの名家で、彼らは独自の繋がりで貴族有利の政治を守り続けていた。

  国民とは国を守る貴族や軍人を敬い、守られる弱き存在。明確な上下関係があるべきだ。これが建国当初のアルセアであったのは事実だ。

 しかし疑問を感じた者達が身分は関係なく、国民は誰もが共に国を守り支え合う等しい存在であると考えを提示した。それがやがて革新派として形になり、賛同する者も増え、今のアルセアが作られている。軍に所属しない一般国民の多くもその思想だ。

 だが過激派の貴族が有する領地内で暮らす民や優遇を享受する一部の民は貴族を支持する者もいる。その為、未だに対立は終結していない。過激派は昔のような政治の主導権を取り戻そうと目論んでいる。

  そんな派閥争いは軍人養成であるアルフィード学園にまで影響している。

 両派閥トップの子息が奇しくも同学年だったこともあり、水面下の争いは凄まじい。

 昨年の生徒会長を決める選挙の裏は酷かったそうだ。過激派の票操作が表立ってはいないものの、陰で圧力を掛けられた者も居たと聞く。まあそんな手を回そうが、悠真のカリスマ性は強固で圧倒的な差で勝敗はついた訳だが。

 そんな経緯もあり、鵜苫にとって今は絶好の反撃タイミングなのだろう。


「今生徒会長になったって任期は短い。本来ならもうじき1年生に代変わりする時期なのに」

  生徒会の人員入れ替えは冬になる手前に行われ、約一月かけて仕事を引き継ぎ2年生は引退。新春からは新体制だ。

 秋にも大きな行事があるが体育祭ほどではない。そもそも今の状況で行事が行われるかも怪しい。もう生徒会の残された仕事など僅かだ。今生徒会長になろうが、任期は四ヵ月。固執してやる意味は無いだろうに。

  鵜苫はただ生徒会長という肩書きが欲しいのだろう。

 短い時間でも大きな集団のトップに立ち能力を発揮したと言い張りたいだけだ。

  奏のため息が静かな生徒会室には妙に大きく聞こえる。

「まったく。国中が混乱してるっていうのに、どうして生徒会長なんかに拘るのよ」

「人それぞれ価値観が違うように大切な物も違うんだよ。鵜苫にとっては復興よりも名誉が大事だってだけだろ」

「信じられない。今はもっと気を回すべき所が多くあるのに」

  メディア映えする奏は悠真に代わり生徒代表としてよく取り上げられている。

 学園の生徒達も頑張っています。協力していますよ。そんなアピールをさせられるのは彼女だけになってしまった。

 生徒として援助活動をしつつも、生徒会役員としての振る舞いも求められる。

 風紀委員の奴らが補助に回ってくれているだろうが、俺が家に軟禁されていたせいで生徒会役員としての責務は全て奏に回っていただろう。

 だからといって奏はそれに文句を言ったり、弱音を吐いたりはしない。

 自分のすべき仕事だと受け入れ、全うしてくれている。

  鵜苫は今回で三度目の来訪だそうだ。精神的に堪えていたのか、可能ならば顔を出して。とヘルプの連絡を寄越してきたが、それも強制ではなかった。

 奏は能力もあり頑張れる気力もある。つい無理をしがちではあるが、頼りがいのある人だ。


「けど休校が明けたら考えなきゃならない問題だろ?どうすんだよ」

「佳祐が戻ってくる。そうしたら考え始めるわよ」

「お前佳祐と連絡ついたのか?」

「…ついてたら将吾に助けの連絡なんか入れないわ」

「そうですか。あいつ…何してるんだろうな。生きてりゃいいけど」

  佳祐は強い。そんなことは分かり切っているが、どうにもふっと消えてしまいそうな儚い印象もある。今もどこかで一人無茶をしている。そんな気がした。

「馬鹿、生きてるわよ!佳祐は絶対戻ってくるわ!」

  きっと誰よりも彼の安否を心配しているのは奏だ。

 彼女は声を荒げたが、それは怒りと言うよりも願いに聞こえた。

 本当、佳祐に対してはどこまでも健気だ。


  夕暮れに染まり始めた生徒会室に沈黙が落ちる。

 佳祐の身も心配だが俺達のトップも気にかかる。けれど互いに理解していて言葉に出来ない。どんなに案じようと抗議したくとも子供である俺達には変える力は無い。

 国の決定は絶対。決まってしまった以上逃れられない。

「…正しいのよね?」

「罪は罰せられる。それが法律だ」

「法無き国は無秩序な世界。秩序を保つために法はあり、法に従いて平穏は訪れる。国に混乱と破壊をもたらした罪人は裁き、国を正しく導く」

  奏は俺に語り掛ける訳でもなく、教科書や軍法書に書いてあるであろう構文にも似た文章を呟く。

「彼らは思惑に振り回されたけど国を護りもした。報道では随分と悪役みたいに言われていたけど、戦地に居た者なら誰もが事実を目にした。それでも命を代償に罪を償わなくてはならない?私は報道が全てだとは思わない。絶対まだ真実が隠されてる」

  報道ではカルツソッドと手を組みアルセアを殲滅させる最高司令官の陰謀に工藤博士、天沢旭、天沢千沙は進んで賛同したものとされている。

 しかしどうにも腑に落ちない。短い期間とはいえ行動を共にした彼女はこんな危険な、アルセアを陥れるものに率先して協力をしない。

 だが実際にアルセア国防軍の戦艦を破壊し被害を出したのは天沢親子だ。それは逃れようのない事実だ。

  戦時中であったとはいえ失われた多くの命に対して償いが全く無いのも違う。

 けれど戦地に赴くということは皆が最悪の場合、命を落とす覚悟はあった筈だ。

 それを必要以上に悪だと責めるのもどこか間違っているようにも思える。

 などと口にすれば一斉に非難にあうのだろうな。


「私ね、ずっと国や親の言うことが正しいと信じて生きてきたの。他者や世間から評価されることが全てだと思ってた。でもアルフィードに来て私の価値観は狭い物だと思い知らされた。評価に拘らず懸命に生きている人達を見て本当に国が正しいか分からなくなってきた。全てが間違いだとは思わないわ。今まで大きな戦争は無かったし、他国に比べて内紛は極めて少ない。国民は幸せそうな笑顔を浮かべる者が多い。だからって必ずしも正しいとは限らないのかなって…。国の平和は全て軍が守ってくれる、ならば軍の決定に何の疑問も抱かずにただ従うのが幸福。そう考えるのは少し異常なのではないかと思うくらいに。私はおかしくなっちゃったのかしら」

  奏は整理しきれていない思考を言葉にして、どうにかまとめようとしているようだった。俺は奏の考えが正しいとも間違っているとも言い切れなかった。

「おかしくなんてないさ…ただ俺達は皆、きちんと現実に向き合ってこなかった。そういうことじゃないか」

  俺自身も何が正しいか判断しかねている。

 そして自分が今何をしたいのか。それすらも分からない。

 自分のことなのに自分が理解できないなど随分と不思議な話だ。


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