迷いの中ー1
「将吾、どこへ行くの?」
「…どこだっていいだろ、もう子供じゃないんだ」
感情が高ぶっている母の声に少しウンザリしながらも俺は投げ捨てるように返事する。久しぶりの自宅だろうと心が休まる時は多くない。
「今学園は休校です。家で大人しくしていなさい」
「それでも生徒は被災地の復興支援に当たってる、俺だけ怯えて家に引きこもってろって言うのか?」
過保護な母親に俺は嫌気がさしていて、つい乱暴な物言いをしてしまう。
「母さんはあなたにあまり無茶をして欲しくないのです。戦争の真っただ中に、それも敵国に居て、あなたは命を落としても不思議ではなかったのですよ?休養も大事な義務です、外出は許しません」
課外授業中に巻き込まれた形とはいえ戦争時、敵国のカルツソッドの本陣で戦闘した俺はお偉いさんに随分と事情聴取をされた。
かいつまんでだが、自分の息子が危険に晒された事実を知った母は普段以上に俺に神経を使っている。
意図的ではないとはいえ心配させたのは悪かったと思ってはいる。だからって自宅から外出禁止はやり過ぎだ。ここまで母親を過保護にさせてしまった要因は自分が大きい自覚もある。だからこそ人当たりのいい面を使い分けるようにした。でも家でじっとしているのはやはり性分に合わない。
「動ける身体があるのに休養してろっていうのか?学生とはいえ軍人予備生だ、働くよ」
アルフィード学園は現在休校という体を取り授業は全て中止。基本生徒は自宅または寮に待機、希望者に限り軍に混ざって復興支援のサポートをする任務にあたっている。
「将吾!待ちなさい、将吾!」
背後からの母親の制止を無視して家を出る。扉を締めて声を遮ると思わずため息が零れた。
カルツソッドとの戦争は魔導砲の機能停止、エルフ達の解放、元々の軍事力の差が重なりカルツソッドが降伏する形で終戦を迎えた。
国としてカルツソッドは残されることになったが、しばらくはアルセアの管理下に置かれ、空気汚染の対策もアルセアが中心となって行い、カルツソッド民は一時アルセアに移り住むことになった。
感染病の重患者以外は魔導砲の被害に遭ったシーツール村の住民と共に生活を送っており、シーツールも再建に向けて軍の支援と共に復興作業に取り組んでいる。
戦争に勝ったとはいえアルセアの被害も多くあった。
魔導砲の砲撃が最大ではあるが、その他にも元国防軍最高司令官鳥羽悠一の失踪、アルセア国への反逆行為としてカルツソッドに知的支援をしていた御影千彰博士、破壊と妨害行為で天沢旭や工藤昌弥博士は罪人扱いだ。捕まっている罪人達の中には悠真や千沙ちゃんも含まれている。
大勢の軍人の命を失くしたのはカルツソッドの攻撃ではなく自国の者による妨害が大きかった事を指摘され、国は大きな罪の対象を定め、反感を買う相手を絞るつもりなのだろう。
二撃目の魔導砲を防げたのは多くのエルフ達とその場に居合わせた者達のおかげだ。その功績に目も向けず、エルフ達だけを救世主に祭り上げて終わりだ。
何が正しくて間違っていたか。真実を知れば明らかだろうに。
そもそも工藤博士の研究は鳥羽悠一が発端だと言うではないか。
彼らの行いが全て正しかったとは言わない。しかし、ただ極刑に処すのは違うのではないだろうか。皮肉にも彼らの研究があったからこそ、救われた命も多くある。
皆が選んだ国防軍最高司令官の間違った行いを誰も止められなかった。即ちそれは軍人全員の責任でもある。潔白を主張する為に自分達に不都合な責任は全て他者に押し付け、切り捨てているようでは国の未来が思いやられる。過ちが一つもない
「元気そうだね、将吾」
いつ会っても爽やかな笑みを携えている軍人が軽やかに手を振った。
風祭家長男の統吾兄さん。人当たりの良い人相に物腰、おまけに何事も器用にこなす。アルセア建国時より軍人一家の風祭家にとって実に親孝行なご子息。
俺は事ある事に「統吾兄さんのようになりなさい」と教え込まれげんなりした少年時代を送った。
一方次男の啓吾兄さんはその言葉通り統吾兄さんを見習い、馬鹿真面目に育った。
俺は真逆に反発して育ったいわば不良息子だ。
兄二人は国防軍の警備課で功績も残している。ご立派なこった。
おまけに統吾兄さんはエースパイロット駿河涼一を有する班の隊長を勤め上げ、日々軍の広報部隊として持ち前の爽やかさを世間にも振りまいている。
目の前で微笑む品行方正な男など俺には到底無理だ。
「統吾兄さん。家に戻ってる暇なんてあるの?」
「ちょっと資料を取りに帰っただけだよ。すぐに任務に戻るさ」
「任務って?」
「被災地回り。復興作業を手伝う名目だけど、俺達の班は精神ケアが優先かな」
なるほど。メディア露出の高い知名度ある者にはうってつけだな。
「民のケアはいいとして、上官のケアはちょっと面倒だな。大抵愚痴を聞くだけだし」
相変わらず笑顔で毒を零していく。
それでもこの人は他者から聖人かと思わせる人の良さを演じきれるのだから、本当にすごい。
「あと母さんの愚痴も、ね」
意味ありげに付け足してきた。
「…なんだよ、止めたって家には戻らないけど」
母さんの俺に対する愚痴はほとんど統吾兄さんが受け答えし上手く誤魔化してくれている。この人は自分どころか他人も良く見せる話術がある。
そのおかげか母さんの中で俺は"今だに反発するが本当は良い子"を保っている。
それで何度も助けられている分、統吾兄さんにはあまり強くも出られない。
「将吾は自由を制限されるのを嫌うからね。昔から重々理解してるつもりだよ。だから俺は釘を刺すだけさ」
「家には迷惑かけない」
両親は俺自身の安否も案じてくれるが、それ以上に"風祭家"の名を気に掛ける。
下手に問題を起こされて傷をつけられたくないのだ。
代々守り受け継いできた家名を大切にしたい気持ちは分からなくないが、俺は俺だ。優秀な兄が二人もいる、俺は自由にさせてもらいたい。それは俺の自分勝手なのだろうけど。
「どうかな。将吾は人情に厚いからな」
「それは関係ないだろ。大体俺はどちらかと言うと人間関係はドライなほうだぜ」
「いやいや、お前は目の前で困っている姿を見ると放っておけない人間だよ」
分かり切っているような物言いに少しムッとしたが、当て嵌まらなくもないので言い返せない。
「…用が無いなら行くけど」
「くれぐれも鳥羽悠真や天沢千沙を助けようなどと考えないことだ」
俺の思考などお見通しと言わんばかりに見透かしてくる。
大罪人として取り上げられている二人を救おうものなら俺も反逆罪で罪人だ。
名家の風祭家から罪人が出ようものなら家の名を汚す。
国防軍で父は政治課に在籍し、長男は広報部隊の優秀なリーダーとして国中に知名度があり、次男は警察課で町の最高責任者を務めている。
兄さん達もやがては父や先代のように政治課で国の中心を動かすような位に就くのだろう。風祭家は代々国防軍の中で高位の地位を獲得して生きてきた。そうやって風祭のブランドを守って来た。
俺一人がそれを壊すわけにはいかない。しかし縛られて生きるのはどうにも納得は出来ずにいた。それで俺は一時期、家に帰らなかったり、売られた喧嘩は片っ端から買い、礼節を欠いた言動をしたりと"やんちゃ"をしていた。
今では家に対して理解をしてはいるつもりだし、無茶しようとは思っていない。
しかし、家族や家名を守る為に仲間を見過ごすのは果たして正しい行いだろうか?
「考えるのと実行に移すのはべつだろ」
統吾兄さんから逃げるように俺は歩き出した。
特に行く当てがあった訳でもなく、俺は母親から離れる為に家を出た。
ならば被災地のどこかを手伝いに行くか、そう思い携帯端末を取り出すと奏から連絡が入っていた。
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