未熟な少年の記憶-3
それぞれに思う所があったのだろう、美奈子は考え込むように泉を見つめ、旺史郎は改めて壁画を眺めていた。
俺は自分の行いから目を背けるように集めた壁画や泉、環境の情報解析を進めていた。
「あなたは私に壁画を解読しろとか、探索に協力しろとは言わないのね」
「本来立ち入りも許せない場所に居させてもらう上に、こちらの調査を手伝えとは言えないだろ」
「義理堅いのね」
「仮に聞いてもお前は答えないだろう」
「どうして分かるの?」
「人間に友好的な態度は里内のエルフ達は良しとしない。となれば協力など期待するほうがおかしいだろ。あまり俺に喋って情報を与えるのはまずいんじゃないか」
「私何も言ってないのによく分かるわね。すごいな。実はね、杖の記憶を見せたのがバレたら大目玉なんだ」
舌を出して誤魔化すように笑うレイチェルは種族の壁も脅威も感じられない。
こちらとしては気取らない彼女は助かるが、守り人としてはどうなのだろうか。
「でもいいの。私、あなた達と友達になりたいから」
「正気か?」
「ええ。ずっと迷っていたんだけど、晃司の言葉で決心がついたわ。人間かエルフかで善悪を判断するのはもう止める。どんな人かは私の目で見て判断するの。だからもう周りの意見や風習に縛られたりしない」
「無茶はしないことだな」
「心配してくれるのね!千彰は優しい!」
俺は優しい言葉をかけたつもりはないのだが、レイチェルは無垢に喜んでいた。
調子を崩される、マイペースな彼女は旭に少し似ているかもしれない。
「そうだ、これを持って行くといいわ」
レイチェルがそう言って手渡してきたのは泉に木の様に生えている大きな水晶の破片だった。
「わざわざエルフの里に来たという事は魔法が盛んだった過去か
たしかに
しかしそれは有翼人計画の進行を意味する。
この調査で収穫がないと工藤が無理な実験に移行しかねない。
ならば正しい
「……ありがとう」
躊躇ったものの、俺は断る勇気を持てず受け取ってしまう。
皆で洞窟を出ると日は落ちかけており、橙色が空を染めていた。
その空を背景に一人佇む長髪の女性エルフは絵画のようだった。
先に遺跡を出ていた晃司と2年生二人が地に倒れていた。この女性がたった一人で男三人相手どったのか。
「これはどういうことなの!?母さん!」
「レイチェル。お主こそ泉から離れて何をしている。外に出る許可は出していない」
「私のことより彼らです!何故彼らに乱暴をしたのですか!?」
「無礼な態度を取ったから相応の返礼をしただけだ」
晃司のことだ、容易に想像ができる。いつもの乱暴な言葉で彼女の気分を害したのだろう。
レイチェルに母と呼ばれた女性は切れ長の瞳で俺達を見据えた。
「人間とは慣れ合うなと教えた筈だが」
「彼らは歴史に残る人間とは違います。きちんと話し合える」
「口答えするな。そのような隙を見せればいいように利用されるぞ」
「そのように聞く耳を持たないのは母さんの悪いところです!母さんも彼らと話してみてください、決して私達を利用しようなどと考えておりません」
「黙れ!後悔してからでは遅いのだぞ!生きる価値すらない生き物などと」
「それ以上、私の友の侮辱は母さんでも許しません!」
レイチェルの友という言葉に女性は目を見開き、すぐに突き刺す勢いの眼光を俺達へ向けてきた。
「貴様ら、娘を誑かしたか…!」
「違います!母さん、どうか話を聞いてください!」
「即刻里を立ち去れ!そして二度とこの地に足を踏み入れるな!」
レイチェルの言葉は届かず女性の周囲の空気が怒りで震えて見えた。
もう一度彼女の機嫌を損ねれば攻撃魔法を放たれそうだ。
「うっせえな…出て行きゃいいんだろ?下らねえことで親子喧嘩すんなよ」
傷ついた身体で立ち上がった晃司が乱暴な言葉遣いだが語気は柔らかくそう告げた。2年生二人も美奈子と旺史郎に支えられながら立ち上がり、何とか歩けそうだ。
「晃司!」
「俺達に構うな。邪魔したな、ほら行くぞ」
彼なりの優しさだろうかレイチェルを突き放すような言い方をして里とは反対の方向へ歩き出した。他の皆も黙って晃司に付いて行く。
「連れが気分を害して悪かった、謝罪する。俺達はもう里を出る。どうか彼女を責めないでやって欲しい」
恐らく俺達を庇ったレイチェルは非難を受ける。
多少でも非難が軽減されればよいかと付け加えたが、人間である俺の言葉はあまり効果はないかもしれない。
先を行く晃司達を追いかけるように俺も早歩きで立ち去る。
「はあー野宿かー、おまけに荷物は全部里に置きっぱなし。誰かさんが無礼な態度をとらなきゃこんなことにはならなかったのに」
「過ぎたことをグチグチうっせえな!謝っただろ!?」
焚火を眺める美奈子のわざとらしい呟きが零れると晃司はすかさず噛み付いた。
たしかに先程、晃司は現状に至ってしまった事について詫びている。
しかし美奈子はまだ腹の虫が治まらないのだろう。
案の定、レイチェルの母と晃司は口論になり、宥める先輩を他所に戦闘になりかけた。しかしレイチェルの母の圧倒的な魔法を前になす術も無く、彼らはすぐ地を這いつくばる形になったそうだ。
結局あのまま里を去り、森を進むが日が完全に暮れてから荷物を全てアルトーナの家に置いてきたことにようやく気づく。今から戻るのも危険と判断し、野宿する事になった。
俺は初めから荷物は全て持ち歩いていたのであまり困ってはいないのだが、彼らは明日どの面下げて里へ戻るのだろう。
「旺史郎を見習えよ、お前と違って文句言わねえぞ」
「南条君!ひとつくらい、いや日頃の分全部ひっくるめてこの馬鹿に言ってやっていいのよ!」
「まあ、過ぎてしまったことは仕方ないしね。明日皆で頑張って謝ろう」
この二人と居たら疲れるに決まっている。旺史郎はよく愚痴一つ零さずいられるものだ。
その証拠にたった二日で2年生二人は晃司に辟易していた。
「本当、天沢君は軍人に向いてないわよ、別の仕事目指したら?」
「余計なお世話だ」
「私、晃司は先生に向いてると思うわ」
居る筈のない、明るい声音が突如会話に割り込んできた。
『レイチェル!?』
つい先程まで喧嘩していたとは思えない息の合った二人の声にその場にいた全員が同調した。
にこやかな笑顔を浮かべながら手にしていた大量の荷物を地に降ろした。
それは彼らが里に置いてきてしまった私物だ。
「これで全部あるかな?」
「わざわざ届けに来てくれたんだ、ありがとう」
「ううん、荷物はついで。私ね、家出してきたの。さらについでに言うと里を追放されちゃってさ」
旺史郎が御礼を述べると清々しい笑顔でレイチェルは衝撃の事実をさらっと言いのける。
「はあ!?馬鹿じゃねえの!?」
「あれからお母さんと大喧嘩しちゃってさ。売り言葉に買い言葉してたら追放まで発展しちゃって」
「それ笑顔で報告することじゃないわよ!」
「えへへ、これを機に人間や外の世界を勉強しようと思って」
「前向きだね」
「前向きなのが取り柄だから!しばらく皆と一緒に居させてくれると嬉しいな」
レイチェルの報告に晃司も美奈子も動揺しているのに旺史郎は少し驚いたものの穏やかな様子で彼女を迎え入れていた。
2年生二人は頭を抱え、事態をどうしたものかと手に負えない様子だ。
やはり人間だろうとエルフだろうと、生き物の思考はまだよく分からない。
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