未熟な少年の記憶-2

  一晩眠り、ようやく本来の目的である遺跡の調査へと向かう。

 遺跡には遥か昔、人間とエルフが共存していたという今にしてみれば夢の様な歴史が記されている。有翼人とはその時代の者達が神と崇めた神話に登場する背に翼を持ち天変地異を起こして見せる程の巨大な魔力を秘めた種族だ。

 有翼人の事が記されている文献などは残されておらず、アルセアではこの遺跡だけだろう。有翼人の存在は伝承や作り話でしかないと俺は思っている。

 しかし有翼人計画は実在の真意を問うものではなく、近い物が創り出せればいい。

 大袈裟に言えば人間が神を創ろうとしているということになる。

 それが最高司令官達の目指す有翼人計画だ。

  物語ではなく実体化させようとするなど馬鹿げている。

 だが彼の期待にそぐわない行動や下手な実験をしようものなら旭の安否に関わる。

 手を抜くつもりはないが、気乗りがせず成功の可能性を一切見いだせないのも事実だ。


  遺跡の中は薄暗いが、多くの精霊達のおかげで明かりを灯さずとも先へ進めた。

 宙に浮かぶ光の球体をエルフは精霊と呼ぶ。

 精霊は主に自然豊かな地や魔力マナの濃い場所に多く生息しているが、実際は世界中どこにでも存在しているそうだ。

 魔力マナの無い人間には視認できないだけでエルフには見える。

 精霊が多く人間の俺達にも見えるという事はこの地の魔力マナが濃い証拠だ。


  洞窟に近い道や階段を下りて行くと、開けた空間へと辿り着き奥には泉が見えた。

 水面には精霊が多く飛び交い、強い魔力マナが備わっている事が人間でも理解できる。

 泉の手前にある祭壇には一人の女性が居り、俺達の存在に気づくと振り返り階段をゆっくりと降りてきた。

「こんにちは、人間の皆さん。残念ですけど、ここは里の者以外立ち入り禁止なの。お帰り願えますか?」

 エルフの女は穏やかではあるが、きっぱりと立ち退きを要求してきた。

「んだよ、何で駄目なんだよ」

  この展開は予想していた。人口が少ないエルフがわざわざ番人を用意してまで守り抜いているような場所だ。

 忌み嫌う人間に神聖な場を見せてやる義理などないだろう。

 誰もが出直すなり説得を試みるなど考え出しそうな所で真っ先に不快そうな反応をしたのは晃司だった。

「あなた、人間とエルフの過去を知らないの?」

「馬鹿にすんな、つまらねえけど授業で聞かされた。過去がどうだろうとそれが今と同じだって決めつけるのが阿呆らしいんだよ。過去の人間が確かに胸糞悪い奴だったとしても、それは俺と関係ない。俺とお前が違うように、俺は過去の奴らとも違う。俺は人づてに聞いた情報なんか100%で信じねえ。参考程度にしとけってんだよ。相手がどんな野郎かはてめえの目で見て一個人で判断しろってんだ」

  言葉遣いが悪いものの俺も概ね晃司の意見に賛同だった。

 どんな情報も自分の目で確かめなければ100%で信用などしない。


「でもあなた達もエルフを決めつけで判断しているでしょう?」

「一緒にすんな、俺は自分で見てきた里のエルフやお前を見て気に食わなねえって判断した。だからって他のエルフも同じとは思わねえよ。人間だって山ほど居るのに同じ奴なんて一人としていねえ。全部同じだったらそりゃ機械だ。大体、どいつも人間とエルフで分けたがるがどっちも大差ねえだろ。どっちも喋れるんだからよ。俺から言わせれば良い奴、悪い奴に種族も性別も年齢も関係ねえ。過去にも周りにも振り回されずに自分の意思で判断しろ」

  随分な極論だ。泉の番人である女性は口をぽかんと開けて驚いていた。

 これには誰もが番人の怒りを買ったであろうと思ったのだが、彼女は愉快そうに笑い出した。

「…ふふふ、面白い!ねえあなた名前はなんていうの?」

「名前が知りたきゃまず自分から名乗れよ」

「私はレイチェル。あなたみたいな人間初めてよ」

「天沢晃司だ。俺達は別にここを破壊もしねえし、手を加えたりもしねえ。

ただちょっと見たいだけだ、いいだろ?」

「わかったわ。ここの遺跡を傷つけないと約束してくれるなら構わないわ」

「だそうだ、ほら早く調べちまえよ」

  礼儀の欠片も無いのに、晃司の言葉が頑ななエルフの心を開いた。

 晃司には乱暴だが、どこか人の心を揺さぶる力があるみたいだ。



  広間の壁一面には絵や文字が描かれていたが、エルフ特有の言語か、はたまた太古の文字か一見では理解できそうになかった。

 持ち合わせていた少ない資料を手に解読を始める。

「あなたは何の為に調べているの?」

  俺の隣に来たレイチェルは興味津々に俺の手持ちの道具や俺自身を見比べながら問うた。

  真意を探りたいのだろう。

 恐らく俺の回答次第では即座に出ていけとなる。

 少なくても有翼人を創り出すためだとは言えなかった。

 しかし嘘を吐くことはエルフ達に誠意を見せていない事になる。それは避けたかった。

「…大切な人を救いたいからだ」

  俺を見定めるように瞳をじっくりと見ると、納得したのかレイチェルは晃司達の傍に行った。

 生徒達はエルフや人間の生活の違いを比べて楽しそうに会話していたがしばらくすると晃司は厭きてきたのか遺跡の外に居ると言って出て行った。

 それに合わせて2年生二人も出て行き、この場には四人が残った。


「どうだい、収穫はありそう?」

 旺史郎は俺の隣で壁画を見上げ芸術品でも見るみたいにじっくりと目を走らせていた。

「今のところはないな。純粋に考古学として興味はあるが」

 分かったのは昔の農耕の手法や生きる為の雑学など生活における術だ。

「不思議な話だ。魔法が使えるのに、魔法を使わずして生きる術を残すなど。非効率だ」

「それは魔力マナを持たない子供達のことを思って編み出し、遺した物だからよ」

 レイチェルは壁画を愛しそうになぞりながら呟いた。

「エルフなのに魔力マナを持たない子が産まれたということか?」

「正確には魔力マナに頼らずとも生きて行けるように地上で生きたリオス神とタナトス神が子孫達を思って遺した」

  神の存在は形が違えど様々な文献や遺物で目にしてきた。しかしその二つの名は初めて耳にした。

 俺の疑問に答えるようにレイチェルは祭壇の上にある石板を指さした。

 そこには翼を生やした二人の人物が描かれていた。

「創世の神。エルフや人間、全ての父であり母である神様。恵みのリオス神と安息のタナトス神。昔に人間は神を信仰する事を止めてしまったから、知らないのも当然、かな。遺跡の壁画は全てお二人が生前に遺した知識。この祭壇は子孫が二人を崇拝して作った物なの。そしてこの泉は私達の祖先達が大切に守ってきた魔力の泉。いつか役に立てば、とね。私達は今も大事に守り続けているの。とても人間の皆さんに有益な情報は無いと思うわ」

  分かり切っていたからこそ俺達に遺跡を見せる許可を出したのかもしれない。

 それでもこの遺跡がティオールの民にとって神聖な場所に変わりはない。

 何故見せてくれたのだろうか。晃司の言葉だけが理由ではないだろう。

「お二人は予見していたんじゃないかな。いつか魔力マナを持たない子が、人間が生まれることを。そして皆で手を取り合って生きて行ってほしいと願っていた」

  手を取り合って、か。エルフと人間だけではない、人間同士ですら分かり合えない事が多くある。

 互いの違いを理解し受け入れ協力して生きていく、物理的に不可能ではない話だ。

 しかし、それが夢物語のように絶望的に不可能だと俺達は知っている。

「無理よ…人は絶対的な力の前では畏怖を感じる。エルフには私達に使えない魔法がある。それだけで十分な脅威、力は人を醜く変える。私達が対等に生きる道なんてありえない」

  美奈子は何かと葛藤しているかのように自分の腕を掴み、悲しげにそう言い切った。 


  するとレイチェルは手にしている長杖で地を一度軽く叩く。

 それを合図に一瞬で周囲が別の風景に変わる。どこか別の場所に移動したのかと錯覚してしまう。

 緑豊かな森に囲まれその中でエルフと人間が談笑しながら生活している。

 彼らは俺達の存在に気が付いていない。どうやらこれはレイチェルの手によって映し出されている映像のようだ。

「これは…?」

「あなた達が世界大戦と呼ぶ戦争が起きるよりもさらに昔の地上よ。人間とエルフは同じ場所で笑い合って生きていた。けれど―」

 再び長杖を一突きすると映像が変わり、煙の昇る工場や自然を刈り取る人間が多く映り込んだ。それは人間の産業発展の過程。

「人間達は知恵をつけ、自然を消費しつつも利便的な生活を手にし始めた。自然を魔力マナの源であり、生命の恵みと考えるエルフと自然は自分達が生きる為の材料でしかないと考える人間とで考え方に大きな違いが生じ始めた」

  杖を叩く音が俺達の知らなかった真実をこじ開けて行く。

 どんな文献にも残されていない世界の歴史や情報量に声も出せない。

 

  次に映し出された映像は無残なものだった。

 人間に虐げられたり罰せられるエルフ達。扱いは道具と変わらない、いやそれ以下とも言える。どのエルフからも笑顔は消え、憎悪や悲痛な表情ばかりだ。

 歴史として理解はしていたものの、その光景を見せられると感じ方はまるで変わる。同じ人間であろうと嫌悪の感情が湧き上がってくる。

「人間はみるみる力をつけ勢力を広げていった。考えの違いや魔法は邪魔で恐怖の対象になるエルフを迫害していき、辺境の地へと追いやった。エルフを差別し、恋愛も友好も罪の扱い。エルフが大半を占めていた世界人口も人間が上回り、世界は人間の物だと言い張った」


  地を突く高い音がもう一度鳴る。

 今度はルイフォーリアムとリーシェイの国旗の下、戦い争う大勢の人間とエルフの姿が映った。

「人間は国という集合体をふたつ作り上げていた。そして今度は人間同士で争い始めた。その際に追いやったエルフ達を今度は兵器として利用しようと目論んだ。協力ではなく、力や脅しでエルフを従わせ奴隷として扱った。それが世界大戦。互いに甚大な被害を被り、先陣を切らされていたエルフ達はより多くの生命が奪われ、大地や自然も壊滅した。人間とはどこまでも争い、力を誇示する事でしか己を満たせない醜い生き物だ。エルフはそう認識し見下した。悲しいことに人間達はこの歴史を殆ど残しはしなかったけれど。私達は子孫へと語り継いだ」

  この場に居た誰もが歴史を真の意味で理解はしていなかっただろう。

 それを映像で生々しく伝えられる。エルフ達の悲鳴や怒声が体の奥底に刻まれていく、彼らの想いを一生忘れることはない。

  もしかしたらこれは彼女やエルフが作り出した嘘や私情に塗れた史実かもしれない。けれど、これらが紛い物だと疑う者は誰も居なかった。

 美奈子は静かに涙を流し、旺史郎は焼き付けるように映像を眺めていた。

  知らなければならない事実がここには映し出されている。

 俺が作り出そうしている有翼人は同じような惨劇の原因になる。

 有翼人計画は止めなくてはならない。その確信と恐怖が身体を駆け巡った。


  映像はゆっくりと消えていき、視界には遺跡や泉が捉えられた。

 時間にしたら短い映像体験だったのだろう。しかし大勢の一生を一気に流し込むように見せられた、そんな疲労感がある。

 皆が口を開けず、静寂が辺りを包んだ。

「…ありがとう、真剣に考えてくれて」

  レイチェルは俺達の姿を見て、穏やかに微笑んだ。

 きっと彼女は俺達を信頼して映像を見せてくれたのだろう。

「この杖は"記憶の杖"。初めての持ち主が生きていた時間から現在いままでの主の記憶を刻み続け、記憶を映像として映し出す力があるの。たしかに美奈子が言った通り私達は分かり合う事がとても難しいのかもしれない。それでも私は信じているわ。いつかまた昔みたいにエルフも人間も手を取り合い笑って生きていけるって」

  レイチェルの眩しいくらいの理想に俺と美奈子は何も言えなかった。

 自分達の行いに後ろめたさがあるからだ。

「できますよ。俺らは今同じ悲しみを共有できている。大丈夫、心がある限り、少しずつでも分かり合える筈です」

 旺史郎の祈りみたいな言葉にレイチェルは嬉しそうに笑った。

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