未熟な少年の記憶-1


  人並超えた力を有する機体を作り出す有翼人計画が始まり三ヵ月が経過した。

 目立った進捗は見せないもののW3Aよりも性能を上げ、飛行鎧は兵器に変わり始めていた。

 しかし全く魔力を持たない人間に魔力を備わすなどやはり不可能だ。魔法を使用可能にする方法は未だ思いつかない。

 工藤博士は苛立ちを露わにする事が増えていったがその度に旭が上手く諫めていた。

  魔力に関する知識を求めてアルセアでエルフが住まう唯一の場所、ティオールの里に探索する運びとなった。

 けれどそれは俺一人に託された。いわば体の良い追い出しだ。

 旭を地下研究室に残すのは気がかりではあったが、工藤博士も彼女に対しては手荒な真似はしないだろう。

 彼が旭を好いているのもあるが、単純にあの馬鹿力は並みの男相手では屈しない。きっと大丈夫だ。


「めんどくせー」

「いつまでもグチグチ文句ばかり。男らしくないわよ」

「うっせえな!俺は夏休みは夏休みらしく好き勝手過ごしたかったんだよ!」

「夏季休暇は好き勝手過ごすための期間ではなく、休息を取ったり、授業の復習や予習をしたり自らの意思で有意義な時間を過ごす為の休暇よ。自堕落的な時間を過ごす為じゃないわ」

「誰が自堕落的な時間を過ごすって?俺は時間に縛られず好きなだけ寝て、遊ぶんだよ。休みってのは個人の自由だろ、解放的時間を過ごすんだよ」

「それを自堕落っていうのよ」

  信じられないと女子生徒は肩を竦めた。

 気にも留めずに先頭を行く男子生徒は欠伸をした。

  俺一人を探索に行かせたら逃げ出すとでも思ったのか、榊は俺に護衛をつけると言い出した。

 それはよかったのだが、よりによってアルフィードの学生達に任せるなど馬鹿にされているのかと思えた。

 彼らにとっては夏季の課外授業なのだろうが、俺は真剣に調査に来ている。若者のお遊び感覚でも困る。

「歳が近くていいだろう?」などと榊は笑っていたが冗談ではない。

 護衛を任された人員が旭の弟である晃司に有翼人計画を知る旺史郎、俺の見張り役であろう榊の娘、美奈子ときたものだ。

 夏季の課外授業の班員は成績順で決まるのが通例らしいがこれはどう見ても人為が働いている。

  前を歩く晃司と美奈子は口を開けば喧嘩している。これでいざという時の連携は上手く行くのだろうか。

 不安で仕方ないが、学生とはいえあくまで護衛として選ばれているのだ、実力はあると願いたい。


「…騒がしいな、先が思いやられる」

「大丈夫。二人とも仲が良いだけだから」

『良くない!!』

  二人の息が合った否定だ。なるほど、犬猿の仲でも呼吸は合うのか。

 旺史郎は慣れた様子でずっと力の抜けた笑顔を絶やさない。

「大体こんな子供に護衛なんか必要ないだろ」

「あなた御影博士の偉大さを理解できていないからそんなこと言えるのよ」

「護衛じゃなくて子守だろう。やってらんねー」

「天沢!いい加減にしろよ!…すみませんね、あいつには注意しておきますから」

「ああ、平気だ」

  この班員のリーダーでもある国防科2年の生徒が俺に怯えながらも詫びてきた。

 俺は軍内では軍に所属する天才少年博士でまだ通っているそうだ。

 W3A開発の件は伏せられているが、システムエンジニアの類だと思われている。

 世界から見てもコンピュータの技術者はまだ少ない。俺は希少な存在らしい。

 軍人の候補生である彼は年下であろうと博士である俺を丁重に扱わなければならないし、自由な晃司にも手を焼いているようだ。

  まだ行動を共にして2時間と経っていないが、彼にはリーダーの資質はないような気もするが…これも授業の一環だから仕方ないのか。


「大変な事になってるね」

  俺の横を歩く旺史郎が小声で心配してきた。

 彼と直接話すのは有翼人計画が始まって以来初めてだった。

  引き続き機体の開発を頼まれている彼は概要のみとはいえ有翼人計画を知る数少ない人物だ。

 彼が居るお陰で幾分気が楽になっているのは確かだが、面倒事に巻き込んでいる気がして申し訳ない。

「悪いな、無理難題言われてるだろ」

「最高司令官から直にお願いされたよ。言葉にせずとも有無を言わせない圧でさ。俺に選択権はないんだと思い知らされたよね。魔法が使いたいなんて最高司令官も意外とロマンチストだよね。俺は魔法について考えた事もなかったからさ、仮に理論が出来上がっても俺にそれが実現できるかどうか…」

  俺は最高司令官に会っていない。彼からの指示は全て榊を通される。

 しかし、旺史郎には直接か。俺と違い立場のある旺史郎は断れはしないだろう。

「すまない」

「千彰君が謝る必要はないよ。W3Aを作った責任もあるからさ。俺は家を裏切れないし、作ること自体は楽しいからね」

  俺もすっかり実家に戻る事はなくなったとはいえ、御影家との関係を完全に絶ててはいない。彼もまた南条という家を握られているのだろう。

  旺史郎は俺と違い家を嫌ってはいない。

 縛られているという実感はあるものの感謝をする点もあり、守るべき家族があるのだろう。

 そんな俺達は家に縛られるか最高司令官に縛られるか。結局どちらかしかないのだろうか。



  長い森を進んで行くと次第に似た風景が続いて行く。

 エルフ達が部外者の侵入を拒むべく、幻術をかけているからだ。

 仕組みを知らぬ者は森を永延と彷徨い、ティオールの里には決して辿り着けない。

 かといって仕組みを知っていようと幻術を打破する魔法は人間の俺達には使用不可能だ。

  その時に使うのが鍵となる鈴だ。

 ティオールの里から友好の証として贈られた魔力を秘めた特殊な鈴。

 予め受け取っていた鈴を鳴らすと澄んだ綺麗な高音が辺りに鳴り響く。

 鈴の音に呼応して周囲の風景も変わっていく。この先を進めばティオールの里だ。


  ティオールの里に到着し、族長に挨拶を終えただけで、一日を終えてしまった。

 里に住まうエルフ達は皆若い容貌に見えたが長寿である彼らは俺達の十数倍長い時を生きている。

 そのほとんどが俺達人間を快くは思っていない。視線は冷たく、早く立ち去って欲しいと思っているのがよく分かる。

 辛うじて族長と軍に友好関係があり里の出入りを許可されてはいるものの、過去に人間から奴隷としての扱いを受けたエルフの憎しみの歴史は変わりはしない。

 それは世界大戦が起きた500年も昔の出来事で、いくら長命のエルフとはいえ当時奴隷だった者は僅かしか生き残っていないだろう。

 しかし時の流れだけでは彼らの傷は決して癒えたりはしない。

 エルフと人間の関係は未だ深い溝が残ったままだ。


  俺達に寝食を提供してくれるアルトーナという女性はエルフの中では変わり者なのだろう。

 家族の様にもてなし、人間の住む町や文化に興味を持っているようだった。

 何でも少し昔に人間に命を救われたのをきっかけに人間に対して頑なな悪意を持たなくなったそうだ。

 その人物のおかげで族長も少しずつ考えを改め人間との関係を見直そうとしているらしい。


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