想いを繋げてー5
「うおっ!?」
レナスさんの転移魔法でカルツソッドへと辿り着くと風祭先輩の驚く声に出迎えられる。
どうやら風祭先輩の横にある鏡から私達は現れたみたいだ。
「びっくりしたー。佳祐、千沙ちゃん久しぶり」
私達の姿を確認すると風祭先輩はいつもの人懐こい笑顔を浮かべた。
離れて、たった数日とはいえとても懐かしく思える。
この笑顔ひとつで涙が出そうになるくらい安堵してしまう。
「風祭先輩!御無事でよかったです!」
「おう。レナスさんも居るってことは魔導砲の砲撃はどうにかなったんだな」
「どうにかな」
再会も束の間、突然現れた私達に子供達は注目しざわついている。
魔法なんて見たことがないのだろう。興味を示す反面、私達を敵視し警戒する子も居る。
「皆落ち着け。三人とも仲間だ。悪い人じゃない」
子供達の中心に居た飛山君が皆を宥めていた。
すると途端に「どうして突然あの人たちは現れたの?」「隼人の仲間は魔法使いなのか?」と飛山君が子供達から質問攻めに合う。
勢いと元気のある子供達に圧倒されている飛山君は新鮮だった。
「ここはカルツソッドの貧困層地区。…まあ孤児の子供達が身を寄せ合って協力して生きてきた場所でさ。今俺達は子供達を安全な場所に移動させようとしてたところなんだ」風祭先輩が手短に説明してくれる。
周囲を見回すと奥で子供達を見ている赤髪の男の人。
間違いない、あの人はティオールの里を襲ったフードの人だ。
どうしてこんなところに。
「大丈夫。もう敵じゃないよ」
私の視線に気づいたのか風祭先輩はそう説明を付け足しくれる。
たしかに子供達を見守る彼の表情は柔らかく優しい目をしていた。
「ほら、早く飛空艇に乗るんだ」
「ヒクウテイって何!?」
「乗り物!?」
今度は鴻君が子供達から質問攻めにあいながらも外へと誘導していた。
二人共、子供達相手にはたじたじなのは微笑ましかった。
「子供達を乗せたらアレスはアルセア本土に戻る。ここは環境汚染が激しくて呼吸するだけでも身体を蝕むんだ」
*
子供達全員を飛空艇アレスに乗せ、この地を離れるだけだ。
ようやくここまで来た。やっと皆に青空を見せてやれる。
「レツ?」
あとは俺達がアレスに乗れば終わりなのにレツは動き出さない。
「俺は乗らない」
「どうしてだよ」
「お前達と共に居る資格はない」
「そんなことない、行こう!」
「勘違いするな。俺はお前達を苦しめた側の人間なんだ」
「そうかもしれない。けどそれはレツを置いて逃げた俺にも責任がある。だから一緒に罪を償おう」
「俺は置いて行かれたなんて思っていない。お前が逃げ延び、生きて子供達を迎えに来てくれた。100%以上の成果が出ている。過去の事実は消えはしない。俺は多くの無害な命を奪った。償いきれない罪を犯した。そんな人間と子供達は共に居るべきではない」
たしかに簡単に赦される罪ではない。
けれど全てがレツ自身が望んで行ったものではない。
悪いのはレツだけではないのに。苦しんだ筈だ、優しいレツだからこそ誰よりも。
「なんでだよ!レツだってずっと…!」
「俺のことは放っておけ。死んだと思ってくれて構わない」
「馬鹿なこと言うな!お前はこうして生きてる!俺達家族の為に一人で戦い続けてくれた。だから今があるんだろ!?」
「成長したと思ったが、まだまだハヤトも子供だな」
「っ!俺はもう子供じゃない!今度は絶対守る!子供達もレツもだ!」
「…レツ。どうしても一緒には来れないの?」
言い争いをしていると、子供達と共に乗り込んでいた筈のイズミが降りてきた。
レツは貧困層地区で生まれ、俺は3歳の頃に貧困層地区に捨てられた。
4つ年の離れたレツはいつだって俺にとって本当の兄そのものだった。
明るく、強く、優しく、面倒見も良い。
いつだって前を向き、辛い現状よりも楽しい未来を語った。
俺だけじゃない。貧困層地区の子供達みんなの兄であり、希望だった。
イズミが貧困層地区にやって来た時から年の近い俺達三人はずっと一緒だった。
そして同じ夢をずっと描き続けた。
だからこそレツが居てくれなければ夢は叶わない。
イズミの問いにレツは答えない。
彼女は俺よりも2つ上だ。そのせいか姉のような母親のような。
皆の世話を焼いたのも、唯一レツと対等に言い合っていたのもイズミだ。
彼女の言葉なら届くかもしれない。
「私の夢はみんなとハヤトとレツと。太陽の光が見える青空の下で家族全員で美味しいご飯を食べることだよ。レツも居なくちゃ叶わない」
「……悪い。俺はもう昔のレツじゃないんだよ」
子供達に無理難題を言われ困った時の顔と同じ顔だ。
今も昔も変わらない。やっぱりレツはレツだ。
「ここが終わりじゃない。子供達はこれからなんだ。新しい土地での生活を安定させ、笑い合える日々になって初めて俺達の夢のゴールだ。けど俺はこれ以上進めない…だから後は任せた。ハヤト、イズミ」
「……分かった。行こう、ハヤト」
「お、おい!これでいいのかよ、イズミ!」
俺は全く納得していないのにイズミは俺の腕を掴んで引っ張り飛空艇へと連れ込む。
俺達が乗り込んだのを確認すると搭乗口は閉まり始める。
「私は夢を諦めない!ずっとレツを待ってる!だから絶対生きて!」
振り返ったイズミは声を張り上げた。
目を丸くして驚いていたレツだったが扉の閉まり際に困っていたが笑った気もした。
閉まり切った後、イズミは咳込んだ。
彼女の病の進行は末期だ。大きな声など出したから堪えたのだろう。
背中を擦ってやると、深呼吸し落ち着いたようだ。
そしてやる気に満ちた目で俺を見た。
「さて、ここからだよね!レツが思わず交ざりたくなっちゃうくらい幸せな生活にしなくちゃ。それで家族がいつ帰って来ても安心できる場所を築いてみせるよ」
「そうだな。俺も頑張るよ」
「うん、皆で力を合わせれば大丈夫!」
子供の頃に思い描いた夢。
まだ叶っちゃいない。途中なんだ。
今度こそ絶対に守り抜いてみせる。
*
カルツソッドの侵攻勢は全壊。アルセア国防軍の戦艦も3分の1は壊滅。
魔導砲の砲撃消失後、アルセアの機動特殊部隊がW3Aを駆使しカルツソッド本土へ上陸。
少人数で富裕層地区、指令本拠点を制圧。カルツソッドの敗北宣言で戦争に終止符が打たれた。
アルセアは二回にわたる魔導砲の攻撃と一機のNWAによる襲撃で国防軍および大陸、一般国民にも多大な被害を被った。
カルツソッドは決死の覚悟による捨て身の進軍だった為、内陸部は戦争による傷は一つも付かなかったものの資源はほぼ枯渇。生存者は100名にも満たない凄惨なものだった。
戦後、カルツソッドはアルセアの領土となり国防軍の管理下におかれる事になった。
カルツソッドに囚われていたエルフ達は解放され自由を与えられるが、多くは帰る場所を失っており人間への不信はより募り、隠れるようにどこかへ居なくなった。
数は少ないもののティオールの里の生き残りや友好的なエルフはアルセア国のシーツール復興地に留まり、人間と共に生きる道を選び復興に尽力する者も居た。
戦時中に突如行方を暗ました国防軍最高司令官、鳥羽悠一。
有能な司令官を失ったアルセア国防軍は混迷を抱えたまま軍事態勢の立て直しと国の復興を迫られることとなる。
―――こうして後に第二次世界大戦呼ばれる戦争。
人界歴835年、カルツソッドとアルセアの戦いは終結を迎えた。
戦争の終幕は復興を迎え入れない。
大地終焉への扉は開かれ、おわりへのはじまりとなる。
生きた証、記憶を無に帰し、訪れるは再誕。
大いなる力に地上は抗えるか。
世界が手にする未来は再生か新生か。
運命を決する時はすぐそばに―――
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