想いを繋げてー4


 ―――駄目だった。

 皆が力を合わせて立ち向かったというのに、大きな力の前では抗うだけ無謀だったというのだろうか。

  とうとう音がまるで聞こえない。

 命を終えると無音の空間にでも飛ばされてしまうのかな。

 静まり返った世界に恐怖を感じつつも自分の意識が存在し、肌から伝わる温もりで感覚が消えていないことを知る。


  まだだ。終わってなんかいない。私は生きているんだ。

 理由はどうあれ、意識も感覚もある。

 では魔導砲は、共に立ち向かっていた皆はどうなったのか。

  恐ろしい現実を目の当たりにするのが怖くて目を開くことを躊躇う。

 けれど温もりを感じたということは生きているのは私だけではないはずだ。

 一人ではない。その実感が勇気を与えてくれる。私はゆっくりと瞼を上げた。


  最初に広がったのは澄み渡った青い空で戦争の真っただ中なんて嘘みたいだった。

 あまりに綺麗な空で思わず眺めていると蝶が気ままに舞うかのように淡い緑色の光が宙を泳いでいた。

  幻想的な光景に私はやはり天国にでも辿り着いてしまった気になる。

 でもこの緑の光はずっと私達に寄り添ってくれた光、精霊だ。

 大勢のエルフ達が一斉に魔法を唱え、膨大な魔力マナを携えた魔導砲撃が衝突したこの場所は今、魔力マナの濃い地帯となっているのだろう。

 誘われるように集まって来たのかな。それとも私達に力を貸してくれていた精霊達かもしれない。

  顔を横に向けると隣で月舘先輩も倒れ込んでいた。

 意識はまだ失っているみたいだけど呼吸はしている。

 そして自分が先輩の腕の中に居たことにようやく気づいた。温もりの正体はこれだ。

 死に直面するかもしれない、そんな時ですら自分より人を守ろうとしたのだろう。本当に頭が上がらない。


 

「先輩、月舘先輩」

  熱、疲労、痛み。様々で重い身体を動かし、先輩の肩を揺する。

 気が付いた先輩は辛そうだが起き上がった。  

「大丈夫ですか?」

「…ああ…お前は?」

「私は平気です」

「他の皆は?」

  飛行機の残骸の上に飛ばされていた私達は立ち上がり、端まで歩いて周囲を見渡した。

 魔導砲が直撃したであろう孤島の先端は抉られていて、その数十メートル先で多くのエルフ達が散り散りに倒れ込んでいた。

 孤島が消し飛んでいない以上、どうやら砲撃の消失と反射壁の崩壊はほぼ同時だったのだろう。

 けれど皆がその場から動けずに居たり、痛みに苦しむ唸りも聞こえ始める。

  無残な惨状に手放しに無事を喜べない。

 全員がまともに動けないうえに治療も期待できないこの状況では命を落とす者も出てくる。

 国としての被害が抑えられたのは事実だろうと、多くのエルフの犠牲が引き換えだ。

 これでは再び人間がエルフを利用したと言われても仕方のない結果だ。

  破壊兵器の糧として使われた挙句、国を守る為に命を落とす。

 こんな終末を誰が望んだ。

 エルフと人間は分かり合える筈なのに、どうしてこんなことになってしまうのだろう。

 やはり戦争なんて誰も幸せになりはしない。愚かな行為だ。


『泣かないで』


  そう囁かれ私は自分の頬に涙が静かに伝っているのに気づく。

 しかし一体誰が私に話しかけたのだろう。

 不思議に思いキョロキョロと見回すが月舘先輩以外に私の近くには誰も居ない。

 ところが隣の月舘先輩は驚いた様子で私の目の前に居る精霊を凝視していた。

  まさか…この子が私に話しかけたのだろうか。

 私の視線に答えるかのように精霊はふわふわと左右に揺れた。

『貴方達は皆同じ神の子供達。どうか今の気持ちを忘れないで』

  精霊はそう告げると私達の周りをくるくると飛び回り始める。

 すると途端に温かい光に包まれ身体は軽くなり、傷は癒え痛みも消えていく。

 染み渡る治癒はまるで悲しみすらも優しく溶かしてくれるようだった。

  孤島を彷徨っていた多くの精霊も同様にエルフ達を温かい光で包んでいった。

 誰もがみるみる回復していき辺りからは歓声が溢れる。

 精霊が自ら力を貸してくれるのは滅多にあり得ない、「奇跡だ」と呟き涙する者も居た。

 癒し舞う精霊達の光景は光溢れ美しく幻想の空間のようだった。

  月舘先輩が声も出せずに驚いたのは精霊から語り掛けてきた行動だそうだ。

 精霊にも自我や感情はあるとされているが、言語を使った交流が可能なのは精霊の中でも極僅か。しかもエルフ相手にすら積極的に意思の疎通はしない。

 それなのに人間である私に話しかけたのは本当に珍しい光景だったようだ。

 

 人々の体調が回復した所を確認すると精霊達は孤島を離れて行ってしまう。

「ありがとう!」

 飛んで行く精霊達に向かって感謝の言葉を述べると私に語り掛けてきた精霊がまたくるりと回り、挨拶してくれた気がした。



  精霊達を見送ると遠くで白衣の男性に寄り添われる形で目を覚ました母親の姿も確認できた。

 よかった、と言っていいのか。少なくてもこの場に居た全員は生存しているようだ。

「行かなくていいのか」

  月舘先輩が言っているのは私の母親の元へということだろう。

 だけど、傍らの男性に子供みたいに飛び付いた母は私の知らない母だ。

 きっと二人は特別な関係なのだろう。今は割り込むべきではない。

 私は頭を横に振った。

「相変わらず意地を張るな」

「私はさっき会えましたし…今のお母さんはとても幸せそう」

「素直じゃないな」

「先輩に言われたくないです」

  たしかに長年千沙は母親に再会する為に頑張り続けてきた。

 本当ならもっと話したいし抱き締めて欲しい。

 だけど、母自身がそう望む相手もいる。まさにその相手にきっとあの人も含まれている。

 そんな大切な時間を邪魔する勇気もなかったし、母が娘を思って遠ざけ守ってきた研究に加担するという裏切る行為をしてしまった自分では顔向けができないと後ろめたい気持ちが募った。

  結局は臆病で素直になれないだけなのだけど、ほとんど人に頼らず甘えない月舘先輩には言われたくなかった。

「お前には負けるよ」

「私は先輩よりは素直です」

「どうだか」

「だって先輩は昔も今もどんなに辛くても辛いって言わないじゃないですか」

「それは本当に辛くないからだろ」 

「嘘ですね!昔、稽古の後は毎回この世の終わりみたいな顔してるのに絶対に辛いとも苦しいとも言わなかった。体育祭の時だって結局倒れました!人がどれだけ心配したと思ってるんですか!」

「あのくらいなら自分一人でもどうにかなると思ってだな…」

「ほら!意地張ってるじゃないですか!」

「…もういいだろ。風祭達が心配だ」 

  話を逸らされた。だけどまだ全てが終わった訳ではないのも事実だ。

 戦争も終結していないし、カルツソッドに居る飛山君達も心配だ。

 動けるならば休んでいる暇は無い。


「私が連れて行こう」

  思わぬ申し出に私達はそろって驚いた。

 月舘先輩の祖母であるレナスさんは海の水面に転移魔法を展開させる。

「…どうした、仲間の元に行くのだろう?」

  水面に映る先は薄暗く土壁しか見えないがそこがカルツソッドなのだろう。

 レナスさんがあんなに恨んでいた私達に手を貸してくれる。

 少しは人間と対話しても良いという気になってくれたのなら嬉しい。

 私達は揃って頷いた。

「千沙!!」

  私達が水面へ足を踏み入れようとしたところで母の声がする。

 呼び止める母に何と答えるのが正しいか分からなくて思わず視線を逸らしてしまう。

「……母をお願いします」

  必死に考えるがやはり答えは出なくて。母の後ろに立っていた白衣の男性に託してしまった。

 誰かは分からないけれど母が心を許している相手だ、大丈夫。

 何か言いたげな母から逃げるように水面に映し出された空間へ私は飛び込んだ。

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