戦場を吹き抜ける風ー2


  互いの戦闘は長引き、どちらとも決着が着く気配がない。

 こちらは二対一だというのに優勢に持ち込めないのが歯がゆい。

 飛山も俺も決して手を抜いている訳ではない。

 しかし相手、ドライの動きが速く攻撃がまともに入らないうえに二人で隙を与えないように連撃を繰り返しているというのに全く息切れしないのだ。

  無尽蔵の体力でも持ち合わせているのだろうか。

 こちらも攻撃の直撃は避けてきたものの、息が上がり呼吸も苦しい。

 連携にあたって主に防御の役回りを担っている俺よりも、攻撃の為に動き続けている飛山の消耗は俺よりも数段上であろう。

 我慢比べを続けてしまえば確実にドライが勝つ。

 闇雲に攻めるだけでは駄目だ。何か手を考えなければ。


「俺が奴の動きを止めます。先輩はそのタイミングで攻撃してください」

「止めるったってどうやって」

  ドライから間隔を取って俺の真横に来たと思えば小声で指示してきた。

 俺の疑問はおかまいなしに飛山は真正面に走り出す。

 馬鹿正直に突っ込むのかと思ったが剣の構え方が変わっていることに気づく。

 飛山のやろうとしていることを察し、俺もすぐさま走り出す。

 俺、それ結構トラウマなんだけどな。

  飛山は逆手で持つ剣を後ろに引くとドライに向かって力いっぱい投げつけた。

 剣を投擲されるとは思ってもいなかったドライは一瞬意表を突かれたようだったが、見極め身体を傾けて避ける。


「おらああああっ!」

  空を切る音を立てて飛んだ剣に追随する形で俺は間髪入れずにドライへ剣を振り下ろす。

 それも予測しきっていたドライは俺の剣撃を腕で受け止める。

 義手で痛みは無かろうが、確かな衝撃はある筈だ。

  強い振動は痺れにも似た症状を引き起こし、ドライの動きを鈍らす。

 その隙にドライの背後に回った飛山が背を殴打し、ドライは初めてふらついた。

 しかし体勢を崩しながらも飛山を蹴り飛ばす。

「今です!」

  攻撃を受けた飛山は距離を取らされる形になったが、ようやくドライに完全な隙が生まれた。

 俺は迷わずにドライの胴体を渾身の力を込めて斬り込む。

 すると一際大きな金属音が空気を震わせた。

 決定的な一撃を与えた―――筈だった。

 

  ドライは倒れ込むことも膝をつくこともなかった。  

 俺達の疑問に答えるかのように斬り口からマントが破れ取り払われるとドライの機械だらけの全身が曝け出された。

  人間の肉体と呼べる箇所は服の上からでは頭部と首以外見当たらない。

 両腕両脚は全て機械。

 胸部には服を突き破るようにコードが繋がれている。

  人離れした姿に俺も飛山も思わず動きを止め固まってしまう。

 ドライは俺達の様子を当然だと言わんばかりに眺め苦笑した。

「俺の心臓は機械で機能させられている。もはや機械無しには生きていけない身体だ。いや、機械の身体になった。と言う方が正しいかもしれないがな」

  レツは右腕両脚が義手や義足になっていたが、それでも身体には温もりもあったし人間らしさが残っていた。

 アインやフィーアにも何かしら肉体の改造が施されてるかもしれないが見た目は人に見える。

 実験の一番の被害者は、彼なのかもしれない。 

「兵器として改造された俺のことを化け物だと言う人も居るが、生きているだけマシさ。死んでいった仲間を思えばな」

  命ある者を兵器にしようなどと悍ましい考え、想像だけでも気分を害す。

 そんなものの為に多くの死者や被害者が出た。

 他国の事情とはいえ決して賛同できるものではない。

 言いようのない怒りが胸に込み上げてくる。


「コレがカルツソッドの生み出した人型兵器の成れの果て。現段階での完成型だそうだ。機械の俺は疲れも物理的な痛みも訪れない。どうする?まだ戦い続けるか?」

  彼の言葉からは挑発や威圧も警告も感じない。

 ただ悲しさが伝わってくる。

 ドライは戦い続けることしかできないのか。

 違う、もっと別の生き方がある。

「ドライ、あんたはどうして戦うんだ。それほどの力があればカルツソッドの連中くらい怖くないだろ」

「俺にもエルフ達の首輪と同様の爆破装置が肉体に埋め込まれている。不審な態度はすぐさま死に直結だ」

「それだってもっと策はあっただろう。国に恨みを持つ奴だって大勢―――」

「あいつらはまず心から奪っていく。度重なる拷問に近い実験、大切な者の人質。次第に反抗する意思が削がれていく。そうして自分達に対する反抗勢力を潰し、独裁を保ってきた。俺は人並外れた力を持つことで人でなくなる恐怖から自ら命を絶つことも考えた。けれどそれは裏切りになる」

「裏切り?」

「生き長らえたくとも叶わなかった仲間達に対する裏切りだ。俺は多くの犠牲の上に生きている。ならば身勝手な理由で命を手放すわけにはいかない。そう教えてもらったからだ」

 そう語るドライは生きると宣言したにも関わらず、理想を諦め、辛い現実から目を背けているように見えた。


「あんたとは戦いたくないな」

「俺も戦いたくはない。しかし、俺は兵器である以上、戦いが生存意義だ」

「それじゃあただの言いなりだろ!?指示通りに動くだけならそれこそ機械だ!自分の意思を尊重しないで生きてるって言えるのか!?俺はそんなの認めない!」

  それは結局家の言いなりの範疇でしか生きていない俺自身だ。

 言われるがままに習いを受け、好きでもない社交や興味の無い芸術の知識を深め、指定された学校に進学、交友関係も名のある家柄の者を優先させ、夢中になる趣味も持たず、無難に過ごすことに徹している自分。

 アルフィードに来る前までは親に反抗し、やんちゃをしていた時期があったにも関わらず、結局再び人当たりの良い子息を演じる風祭家の三男坊。

  風祭将吾は作り物でしかないのだろうか。

 俺はどこに居る。俺は何がしたい。 

 ずっと掛け替えのない何かを求めている。

 俺は何者にも屈せず、己の意思を貫いて生きる人が羨ましい。

 夢中になれる何かに没頭できる時間が素晴らしいと思える。

 だからこそ誰もがそうであって欲しい。

  大きな力には抗わず、自らを殺して生きるのが利口な時があるのも分かる。

 それでも自分の全てを犠牲にしなければ生きられないなんて、そんな人生まっぴらごめんだ。


「他国の内情に口出ししてどうにかしようとする程、正義の味方になれると思わないけどさ…俺だって目の前の辛そうな人を見過ごす訳にはいかない」

「この姿を見てもまだ俺を人扱いするか」

「当たり前だろ。たとえアンタが全身機械だらけだろうが、こうして話せて感情がある。それなら人間もエルフも機械だろうと、俺にとっては同じ"人"だよ」

「…変わった奴だな」

「変わり者でいいさ」

  するとドライは穏やかに微笑み、戦う姿勢を解いた。

 そして自分の胸にグッと手を食い込ませた。

 彼の手中にある機械仕掛けの心臓がドクンドクンと脈打つ音が響く。

「おい、何する気だ…!?」

「ありがとう風祭。消え失せたと思えた自分を最期に取り戻せた気がするよ」

「止めろ!!」

  ドライの言葉が去り際の挨拶にしか聞こえない。そんなことさせてたまるか。

 俺は形振り構わずドライに向かって走り出す。

「アンタはこれからも生きるんだ!仲間の分も、自分の意志で"人"として生き抜くんだよ!」

「もう戦いはウンザリなんだ。兵器としてではない、"人"として死ぬ。俺の意志だ」

  彼の決意を妨げるべく必死に手を伸ばす。

 もう少しで伸ばした手が届く。それなのにドライは一思いに拳を握りつぶした。

  破壊される金属音に紛れて微かに聞こえる生々しい液体の溢れ出す音。

 手の中から零れ落ちる赤い人間の証。

  崩れ落ちかけたドライを抱きかかえると全身機械だらけの身体がズシリと腕に重みが圧し掛かる。

 あんなにも素早く動けていた彼とは思えない重さ、血の通っていない機械の冷たさが伝う。

 わずかに残る人間としての肉体部分がほんのりとだが温かい。もうピクリとも動かない顔。

  ドライの時はもう進まない。それなのに何とも清々しい顔で固まっている。

 

  止められなかった。

 俺が彼を死に追いやった?

 あんなことを言わず、戦い続けていればよかったのか?


『魔導砲、発射準備完了まで残り25%――』


「っ…あああああああああああっ!!」

  無情なアナウンスに堪らず大声で叫んだ。

 生きている俺達の時間は構わずに進み続ける。決して待ってはくれない。

 どんなに後悔しても、やり直すべく巻き戻ってもくれない。

「…先輩」

「分かってる…分かってるよ!」

 飛山の呼びかけに必死に冷静さを取り戻そうと努める。


  戦争だ。今もどこかで絶えず人が生き死にのやり取りをしている。

 そして今の俺達のすべきことは彼の死を嘆き悲しみ立ち止まることではない。

 魔導砲を止め、アルセアの国を、大切な人達を守ること。

 怒りも悲しみも悔しさも無念も。全ての感情は後だ。


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