戦場を吹き抜ける風ー1


  気が付くと見覚えのある場所だった。映りこむ白さに過去へタイムスリップでもしたのかとぼやけた頭が錯覚する。

 ここはカルツソッドの実験に利用される子供達が収容される部屋だ。

 家具や窓など物が一切ない殺風景な空間は俺達に逃げることも死ぬことも許さなかった。汚れの無い真っ白なタイルに囲まれているが悪夢が覆われた場所。

 監禁されていた時の記憶が色濃く蘇り、悲しみと怒りで気が狂いそうになる。

  現在では魔導砲のエネルギー源とされていたアルトーナさんをはじめ多くのエルフ達が囚われていた筈だが、彼らの姿は一人もなかった。

 手首や手足が重い。拘束具の重みがお前は地獄から抜け出せはしないと宣告してくるみたいだ。

 また俺はここに囚われているのか。


「…生きてるのか…?」

  そう呟いた後にいっそ死んでいた方が良かったと罪悪感に襲われる。

 これが現実ならばアルセアはもう――。

「何でか生きてるな」

  隣に居た風祭先輩が笑って「おはよう」なんて呑気に両手を上げる。

 貧困層地区の子供達に捕まった時とは違う。今度は厳重に捕らえられたうえに助けは期待できない。

 帰る場所も大切な人すら失ってしまったかもしれないというのに、よく笑えるものだ。

「…すみません。俺、魔導砲を止められなかった…」

「飛山は悪くない。それと反省は後な。外が騒がしい」

 注意深く耳を澄ますと確かに足音や機械音が騒々しく動いているのが分かった。

「エルフ達が全員移動させられていた。恐らくまた魔導砲に魔力を溜めさせているんだろう」

「まだ撃つ必要があるのか!?」

「初撃の砲撃だけどな、発射は防げなかったけど方向は変えられた。恐らくアルセアの大部分はまだ無事だろう」

  その言葉に少しほっとするが、止めれらなかったのは事実だ。

 必ずアルセアに被害や死傷者が出ている。俺のせいだ。

「ほらほら、まだ落ち込む時間じゃない」

「けど俺達捕まってるんですから…もう何もできないじゃないですか」

「俺達は殺されてもおかしくない状況だったんだぞ。それなのに生かされてる。何かしら理由がある筈だ。まだ生きてるうちから諦めてどうするんだよ。イズミちゃん達を助けるんだろ、しっかりしろ!」

  この人はどうして精神を強く保てるのだろうか。上手く行く根拠などないのに。

 いつもはふざけているが風祭先輩の頼もしさはこういうところなのかもしれない。

 先輩の言う通りだ。ここで諦めたら本当に何も変わらず終わってしまう。

「チャンスは必ず来る」


  まるで先輩が引き寄せたのかと思えるくらいのタイミングで部屋の扉が開かれる。

 開かれた先にはフードで顔を隠すことなく特徴的な燃えるように赤い髪の男が立っている。 

「…レツ」

 現れたレツは無言で俺達に近づき手早く拘束具の錠を解錠していく。

「どういうつもりだ?」

「時間が無い。次の魔導砲を止められなければ間違いなくお前達の国は滅ぶ」

  全ての錠を外し終えたレツは簡潔に告げるとすぐにその場を立ち去ろうとする。

 やっとまともに話しかけられる場面に遭遇したのに、俺はどう声をかけたらいいか分からなかった。

 感謝を述べるか、再会を喜ぶか。彼の現状を問うか、非難するのか。

 やはり敵同士なのか。

 聞きたいことなど山ほどあって口だけ動くが声にはならない。

  すると見慣れたパレットが投げ渡される。俺達がアルセアから装備していたパレットだ。

「大半の戦力は戦地に赴いているが警備ロボットが施設をうろついてる。魔導砲まで強行突破する」

 そう告げるとレツは走り出した。

 これは信じて付いて来いということなのだろうか。

  家族として手放しに信用したいが、彼は俺達と敵対しているはず。

 どうして急に俺達を助けるようなことを。

  躊躇っていると風祭先輩がいつもの負けん気な笑顔を浮かべ頷いた。

 彼もレツを信じてくれるのか。

 感謝の気持ちを込めて頷き返し、急いでパレットを装着しつつレツを追いかける。



  道中には警備ロボットが待ち構えていたが、三人で協力すれば突破は簡単なものだった。

 しかしロボットの数が多く、時間は削られていく。

  駆け込んで魔導砲のある屋上まで辿り着くとエルフ達は魔力を吸われた後で皆が疲弊した様子で地べたに座り込んでいた。

『魔導砲エネルギー充填完了。発射準備完了まで残り75%』

  恐ろしいカウントダウンが無感動に告げられる。

 すぐさま管制室へ向かおうとすると出入り口を塞ぐように04と呼ばれていた少女が立っていた。

「フィーア。そこをどけ」

 レツの言葉に幼い少女は下唇を噛みながら首を横に振った。

「カルツソッドはこの戦争に負ける。もうあいつらの命令なんて聞く必要はない」

  大きな瞳は宙を彷徨うように動く。しかしその場を動く様子はない。

 力ずくで通るしかないのか。レツは迷わずに真っすぐと歩き出す。

 動揺しながらもフィーアは攻撃を仕掛ける。

 彼女が複数に放った薄い円盤型の刃物はレツ目がけて襲い掛かるがレツは全て的確に一発ずつ弾き落とす。

  動きを乱さず歩み続けるレツにフィーアは怯む。

 精神状態が不安定な少女からはもはや脅威を感じられない。

 再び攻撃を試みようとしているが手が震えていて円盤は反応していない。

「もう止めろ。これ以上自分を傷つけるな」

  レツはフィーアの震えた手を包み、柔らかい声色で語り掛けた。

 それは俺が昔幾度と聞いた家族を慰める懐かしく優しい響きだ。

 やはりレツの本質は変わっていなかったんだ。

  フィーアは大粒の涙を流しながらレツにしがみついた。

「きちんと言うこと聞いたらパパとママに会わせてくれるって!…でも、戦うのは、もう、嫌だっ!」

  泣きつく少女の頭を撫でてやれば、大きな声で泣き出した。


  フィーアが泣き止むのを見守ってやりたいが、今は時間の余裕が無い。

 今度こそ管制室に向かおうとするが、またも俺達の進行を遮る者たちが現れる。

 空間の切れ目から炎が放たれレツとフィーアに向かって飛んでくる。

 レツはフィーアを抱えて飛び退き、直撃を免れる。しかし出入り口が炎で塞がれてしまった。

 そして炎が飛んで来た場所と同じ所からアインとドライがやって来た。

  転移魔法か、タイミングが悪い。

 この二人相手では隙を見て抜け出すのも難しいし、出入り口の炎を鎮火させる手段も無い。

「やはり子供は戦いに向いていないな。容易に情に流される。お前が働かないから俺達が戻される羽目になった。いや、裏切者が居るせいもあるのか」

 アインは苛立った様子でレツだけを見た。

「悪いが俺はお前達の仲間だったつもりはない」

「だから始末すべきだと言い続けた。まあいい、これでお前を容赦なく潰せるということだ。ドライ、残り二匹は任せたぞ」

「周囲にはエルフ達も居る。あまり派手に暴れるなよ」

  アインは素早く詠唱を始め魔法攻撃でレツに襲い掛かる。二人は戦闘状態になってしまった。

「俺達に与えられた命令は魔導砲の死守だ。抵抗しなければ危害は加えない」

 ドライはあくまで冷静に俺達に投降を勧めてくる。

「ここまできて、"はい、そうします"になると思うか?」

 風祭先輩と俺もパレットから武器を抜く。

「愚問だったな」


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