救いたい人ー4

  W3A2が満足に飛び回れるように作られた地下の広大な空間を旭は飛行し始めた。

 どんな飛行士よりも速く綺麗に飛ぶ姿に驚かされたが、次第に彼女が手の届かない場所に行ってしまう気がした。

 宙を飛び回る姿がもはや人間に見えない。目で追えなくなる程速く、空を切る音が力強く空飛ぶ凶器だ。

 これが何の役に立つんだ。この力がどこで必要になる。


「もっとだ!もっと速く、限界を超えて見せてくれ!」

  工藤博士は興奮した様子で手元の操作で出力を上げた。旭のスピードはさらに速くなる。

 通常のW3Aならば操作は全て搭乗者しかできない。

 けれどこれは試作機で遠隔操作でパワーをコントロール出来る仕様のようだ。

「データ収集だけならもう十分じゃないですか!飛行を止めさせてください!」

  旭の飛行にブレが生じてきている。あんな速度常人に制御しきれる訳が無い。

 こんな乱暴な飛行は大事故になりかねないし、何より搭乗者の脳に異常が生じてしまう。 

「何を言っているんだ。やっとあいつのW3Aが出す最高速度を超えたうえに常時速度も上がっている。それを僕の作った飛行鎧は実現できている!こんな喜ばしいのに止めるなんてとんでもない!」

 駄目だ、この人は旭の安全よりも自分の成果に夢中だ。

「美奈子さん、止めさせてください!このままじゃ旭が壊れてしまいます!」

  傍観を決め込んでいるのか、ずっと後ろで実験を見ている美奈子さんに助けを求めるが顔を逸らされてしまう。

 人の、旭の命を何だと思っている。国の為だとか知った事ではない、こんな実験俺は認めない!

「何をする!?」

  俺は工藤博士を突き飛ばし彼をその場から離す。

 卓上には多くの操作ボタンがあり、どれが旭を楽にできるものなのか躊躇ってしまう。

 こんな事なら機械の勉強ももっとしておくべきだった。工藤が触れていたであろう箇所のレバーを全て下げた。

「このガキが…!」

 戻って来るなり工藤は俺を後ろへ投げ飛ばしレバーを最大出力まで上げる。

「いやあああああああああああ!!」

 すると同時に旭の激痛を叫ぶ悲鳴が響き渡たり、とうとう旭は墜落した。


「旭!!」

  俺は堪らずに実験室へと駆け込んだ。

 倒れ込んでいた旭は俺が声を掛けても揺さぶっても何も反応しない。

 飛行鎧が邪魔で心肺の確認が取れない、外そうと手に掛けると黙り込んでいた美奈子さんがやって来た。

「外したら駄目よ!」

「でも、意識が無いんだ!」

「あなたが素手で触れたら電磁波で感電するわよ」

  そこで俺はようやく自分の手のジンジンと痺れた感覚に気づく。

 旭の周囲からはパチパチと電気の破裂音が小さく聞こえた。

「離れて」

  装備を整えた美奈子さんはそっと鎧の留め具を外し、電気を逃がす機械を鎧の中に滑り込ませ纏わりついている電気を取り除いて行った。

 そして手際よく応急処置を施し、旭の一命を取り留めてくれた。

 彼女の窮地に何ひとつ動けない自分に腹が立った。自分に苛立ったのは初めてだ。

 俺がもっと早くに実験を止めていればこんな事にはならなかったのに。

「……旭さんを運ぶの手伝ってくれる?」

  遠慮がちに頼んできた美奈子さんの表情は傷ついている旭みたいに痛々しく、どうしてもっと早く助けてくれなかったと問い詰めたり反発ができなかった。

  二人で旭を担送車に乗せてやり、実験室を出て行く。

 横目で見た工藤博士はこちらに目もくれず、ぶつぶつと呟きなら実験の失敗の原因を考え込んでいた。

 この人は旭なんてどうでもいい存在なのだろうか。


  地下にある旭の居室のベッドに彼女を寝かせてやると穏やかな寝息を立てていた。

 安らかな表情はまるで少し前の実験のことなどなかったみたいだ。

「こんな実験を繰り返していては彼女が壊れてしまいます」

「…そうね。でも命を奪うまでは出来ないことをあの人も理解してる。現段階で彼女無しではこの計画は進められないから」

「命を落とさなければ何をしてもいい理由にはなりません。彼女は…無事なんでしょうね」

  目に見えるような怪我はしていない。

 それでもあれだけ強い電流に襲われ、体を酷使すれば無事でいられる筈がない。

 自分の問いは祈りにも似たものだった。

「ええ。肉体に問題はない。ただ……脳に障害が出ていないかは、判断しかねるわ」

「だったら病院に…!」

「できないのよ」

「どうしてですか!?」

「旭さんが生存確認されては困るから」

  なんと身勝手な理由だ。

 けれど害の出る研究だと理解しつつも黙認していたのだから自分も同罪だ。

 文句が言える立場ではない。

「彼女の人生を犠牲にさせてまで、あなた達は何を作っているんですか」

「…人間兵器よ」

「そんなもの作って何になる。もう戦争なんて500年も起きていない。まさかどこかを攻め込もうとでも考えているんですか!?」

「目的なんて知らないわ。私達はただ最高司令官の命令で動いているだけの軍人に過ぎないのだから」

  涼しい笑顔で軍を取り仕切る父は家族であろうと隙を決して見せない。

 そして俺が知っている誰よりも本音を隠すのが上手い。

 笑顔の裏で何を考えているのかまったく読めないのだ。

 周囲からは完璧な人だと褒め讃えられる男だが、俺はそんな父を恐ろしく思う。

 父は強い力を手にして何をしようというのか。

 どんな理由があろうと力を手にするために誰かを犠牲にするなんて間違っている。

「命令なら何だってするのか?人の命を弄ぶようなことでもか!?」

「そうね…本当に。弱い人間は過ちだと気づいていても、いつだって絶対的な力には逆らえない。聡明な悠真君なら間違いだと主張できるのかしらね」

  自傷するかのように美奈子さんは自分を腕を力強く掴んでいた。

 この言葉に俺は何も言い返せなかった。


  俺は今までどんな理不尽も声を上げて間違いだと言えたことはない。

 それが当たり前で世界の常識なんだと見過ごして生きてきた。

 そんな俺が果たして父に「あなたがさせていることは間違いだ」と反論できるか。

 きっとできやしない。この人も同じだ。多くの間違いを分かっていながら見過ごして生きてきたのだろう。

  アルフィード学園理事長の御令嬢。

 旧姓榊 美奈子は自分の意思を尊重できずに息苦しい世界で自分を殺してしまったのかもしれない。

「人を助けるために生み出された機械が人を殺す機械になってしまう。皮肉な話ね」

  W3Aは飛行を可能にし操縦者の筋力補助もする飛行鎧。本来は人命救助を目的に開発された機械。

 それが今は一個人の欲望を満たす為に兵器へと改造されている。開発者が知ったら悲しむに違いない。


 やがて小さな呻き声を出して旭が目を覚ました。どこか痛むのかもしれない。

「旭!大丈夫!?どこか痛い?」

  目覚めたばかりの旭はまだ脳が覚醒しきっていないせいかぼんやりと辺りを見回していた。

 俺は落ち着いていられなくなって、つい矢継ぎ早に質問してしまう。

 彼女は上半身を起こし、自分の手や腕を見回しもう一度俺達を見つめた。

 ただの寝起きにしては様子がおかしい。

「…旭?」

 恐る恐るもう一度声を掛けると彼女の瞳は不安そうに揺れていた。

「……あなたは、誰?」

 旭の口から絞り出された言葉は俺にとって残酷なものだった。

 

  脳に負荷を掛け過ぎた結果、彼女は記憶障害を起こした。

 それは工藤の実験において初めての大きな失敗だった。

 この日、彼女は記憶を全て失くした。

 自分についても何も思い出せず、旭を使った実験はしばらく中止となった。




  W3A開発者の個人名は世間には公表されず、国の開発室が作り出した事になっていた。

 水面下で続く計画や開発に直接関わっていた人物を表舞台から隠す為だろう。

  W3A2は違う開発者によって作られていた物を工藤が途中から手を加えた。

 しかし機体の起動には旭の血の鍵が掛けられており、他の誰も操縦できない状態であった。

 まずは鍵の解錠を試みたがどうやっても解けず、工藤は行方不明になっていた旭を探し出し、見つけたのが6年前。

  そこからは旭にW3A2を起動させ、データの収集を始めた。

 開発に関するデータは全て消されていた為に工藤は全て一から解析していった。

  W3A2の解析と改造が進む一方でもうひとつ工藤のオリジナル飛行鎧が開発されていた、それが"WingAngel"。

 父と工藤が企んでいた有翼人を作り出す計画の初号機になる。

 WAの動力には魔力の込められた魔石を用い、W3A2を遥かに凌駕するパワーとスピード。最終目的は搭乗者に魔法を使えるようにする。

 まさに有翼人そのものを人間から作り出そうしていた。


  WAの第一起動実験に工藤は記憶を失くして間もない旭を使った。

 動力となる魔石を鎧に着けるのではなく、旭自身に埋め込んだのだ。

 魔力を一切持たない人間が魔石を扱うのは不可能。魔石は人間を異物と判断し拒絶する。

  当然実験は失敗。

 旭は自我すらも失い、言葉も話せない生きた人形となった。

 工藤は人間に魔石を埋め込んだらどうなるのかのデータが欲しかっただけだ。 

  WAの実験を行う数日前、旭の娘である千沙を見つけ出した美奈子さんは彼女に実験の協力を要請しアルフィードの地下研究室へ連れてきていた。

 そしてW3A2の起動が千沙でも可能であることを確認してからの第一起動実験だった。代わりを手中に収め、失敗を承知の上での実行だったのだ。

 第一実験は俺も美奈子さんも居ないタイミングを見計らわれ、成果を急ぐ工藤の一人のみで行われた。


  俺は二度も旭を救えなかった。

 悔しさは今も色濃く俺の胸に刻まれて色あせることは無い。

 誰かがこんなくだらない研究の犠牲になるのはもう嫌だ。そう思って力をつけてきた。

 けれど、同じように有翼人計画に利用されている千沙も佳祐も俺は守れていない。

 この連鎖を止める為には実験の阻止じゃ駄目だ。根源を絶たなければならない。

 



  アルセアとカルツソッドの戦争。

 その日を境にアルセア国防軍最高司令官、鳥羽悠一の姿を見た者は誰も居なかった。

 彼は国も肩書も計画も捨て、一体何処へ消え去って行ったのだろうか。

 歪んだ欲求を抱えた男を野放しにしてしまった。

 俺はまた彼を止められなかった。

  いっそこのまま行方を暗ませ、人知れず一生を終えてもらいたい。

 そうはならない。そんなことでは彼の心は報われない。

 俺は自分を悔やんでも悔やみきれない未来を迎える事をまだ知りもしない。

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