満たされない心ー2

  統制プログラム開発での功績を買われ、開発費用や場所の確保は思ったよりも順調に進められた。

 やはり一から創るとなると苦戦は強いられたものの、優秀な技師のお陰で耐久性と軽量に優れた全身鎧と身体を保護する強固なスーツは完成に辿り着いた。

  後は鎧と操縦者を浮かせ、如何に飛行、操縦を可能にするかだ。

 操縦方法を手や足では無く、脳から直にする。

 この構想を当初から考えてはいたものの、人一人分の大きさを動かすのは前例が無かった。

  当時は脳から直に命令して動かす事が出来た成功例は手に乗る様な小さな物の操作が限界だった。

 旭には幾度と脳からの信号のみで機械を操作する実験ばかり付き合わせた。

 地味で面白みに欠ける実験なのに彼女は嫌な顔一つせず、僅かな進歩にも両手を上げて喜んだ。

  全身鎧完成から目立った成果を生み出せない状況に辟易していた開発チームや

僕ですら彼女の明るさにはよく助けられた。




  そして飛行鎧の開発を始めて1年弱。

 完成の目途が一向に立たず、もはや実現は不可能なのではないかと人員を減らされ続け、とうとう僕と旭のみで開発を続ける形になった頃。

ようやく鎧は宙を浮くまで辿り着いた。

  奇跡でも見たかのような感動に、旭と共に幼少の頃に戻ったみたいに大はしゃぎした。

 統制プログラムは制作と説得に膨大な時間と労力を取られるのが分かり切っていたので着手する者が居なかっただけだ。

 正直やろうと思えば優秀な人材なら地道に行えば可能な範囲だ。

 けれど今回は違う。

 僕が一から生み出そうとしている。その興奮は一際だった。

  ここから開発は好転する。

 そんな期待と予感を抱きつつプログラムの改善を試みようと再びコンピュータに向き直った矢先だ。

 一本の電話が僕の下に入る。今思えばこれが悪夢の始まりだった。


  首都エアセリタ軍本部施設にあるタワー20階の統制室には普段とは違う空気が流れていた。

 作業に集中し時折雑談がある程度の静かな空間の筈が今は嬉々とした声で満ちている。

 用件を言われずに呼び出された自分には状況がいまいち把握しきれない。

  僕の姿に気づいた軍人が一人歩み寄って来た。

「工藤さん、聞いてくださいよ!統制プログラムの速度が数段も上がったんです!」

  僕以外の誰かがプログラムをいじったとでも言うのか。

 管理システムは僕以外の数人しか使えない様に鍵を掛けていた筈。となると手を付けたのはその内の誰かだ。

 仮に改善されたのだとしても開発者である僕の許可無しにプログラムをいじるなど許せない。

 文句を言ってやろうと思いながら平静を装いつつ現行犯の顔を探す。

「へえ…どなたがですか?」

  すると群がっていた軍人達は輪の中心を開ける。そこには細身の子供が一人。

 まさかこの子が鍵を開け、プログラムにまで手を付けたとでもいうのか。

「ほら、見てくださいよ。僕でも分かるくらい整然としたプログラミングになってますよ。子供なのにすごいですよねー」

 彼が手にしていたタブレッド型端末を受け取り目を通すと確かに僕が組み立てた物より分かりやすく、文字数、命令量が格段に減っていた。これが速度の改善に繋がったのだ。


「誰です!?こんな子供に管理システムにアクセスさせた人は。僕の許可無しに、壊される恐れもあったんですよ」

  こんな子供一人ではあり得ない。必ず手引きした大人が居るに違いない。

 無礼な大人を炙り出そうと周囲を見回すと感情のない黒い瞳が僕を捉えた。

「俺が自分でアクセスした」

「冗談はよくない。パスワードは限られた人物しか知り得ないし、三重に掛けられている。子供の君に解錠できる訳がないだろ」

  声が震えそうになるのを必死に堪える。ここで怯めば認めてしまう事になる。

 僕の技術がこの子供に劣る。生きてきた中で最も苦労し時間を掛けた成果を否定されるなど耐えられない。

「解錠できなければプログラム変更は不可能だ。疑う余地が無いだろう。安心しろ、整理して無駄を省いただけだ。大きな変更はしていない」

 少年は誇る訳でも蔑む訳でもなく、事務的に「セキュリティの脆弱性が浮き彫りになったのは確かだ。改善の余地も残されている。対策は打つべきだろうな」と付け加えた。


「子供に開けられちゃうくらい簡単だったって事?」

「自信満々に安全性訴えてたよな」

「しかも改善点がまだまだあるのか」


  零れ出て来る周囲の陰口が嫌にハッキリと耳に届く。

 どれも直接僕に話しかけてなどいない。

  屈辱だった。

 自分の非を身内とも言える管制員達の前で指摘されたうえに、こんな子供に劣っているなど。



  噂はたちまちに広まり軍内での僕の立場は下がり、天才少年の話で持ち切りになる。

 あの子供は軍内でも実力のある御影一族の子供だが、武術ではなく頭脳が人より抜きん出ていたそうだ。

  御影は遥か昔は暗殺家業で有名な一族であったが、戦争は無くなり命のやり取りが法で厳しく取り締まられる世の中となった今、彼らが真の力を発揮する機会はほぼ皆無。

 確固たる力や家系を守る南条一族と違い、年々人数は減り御影の名を持つ者は10人に満たない。

 待望の跡取り息子として生まれ、天才少年と話題になったのが御影千彰だ。


  御影千彰は生まれながらに肺が弱く、残念ながら実戦どころか武術に触れる事すらままならない軟弱な身体を持ち一族の意向にはそぐわず厄介者扱いを受けていた。

  ところが奴は武術では無く頭脳で才を開花させたのだ。

 それに気づいた現当主であり国防軍の官僚職に就いていた父親が奴の技術を最高司令官に直々にアプローチした。

 奴は見事に司令官を取り入り僕の知らぬ間に軍の研究チームの大人と混じって研究を行い、更には僕の作り上げた管制プログラムにまで堂々と踏み込んだのだ。


  噂など一時に過ぎない。時間が経てば収まるし、僕の取りかかっている飛行鎧の開発が成功すれば、再び世間は僕を認めざるを得ない筈だ。

 気に取られている時間が無駄である。そう割り切ろうとしたが、悪い流れは止まらない。

  驚くべき事に軍は12歳の子供に統制プログラムの改善を依頼したのだ。それも全権まで奴に託すと言う。

 統制プログラムの所有権は開発者の僕には無い。軍人として国に提供したに過ぎない。

 それでも抗議せずにはいられなかった。

 開発者の僕はまだ現場で働いているのにそれを差し置いて、子供に委ねるなど信じられない。

 それは大切な宝物を勝手に改造されてしまう。そんな嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

  しかし何と申し立てようが、現時点で行っている飛行鎧の開発は半年以上が経過しているにも関わらず一向に成果を見せられていない。

 軍から僕への信頼は思っていたよりも低下しており、聞く耳すら持ってもらえなかった。

 挙句、飛行鎧の開発資金援助も止められてしまう。


  一方で御影千彰は統制プログラムの改善どころか進化にまで発展させる。

 処理速度のアップどころではない、セキュリティはより一層強固な物となり、新たなプログラムも多く開発された。

 遅延無しの映像中継や通話。最新のコンピュータと遜色ない機能が搭載された持ち歩き可能なタブレット型端末。

  革新的であったのが電子武器の開発だ。

 特製物質で作られた武器に限るが、瞬時に構築と分解を可能とし、グローブの甲部に付けられた宝石に武器の収納が出来る物だった。

 従来の武器に対応してはいないものの、重たく大きい武器を背や腰に帯刀していた事を思えばそれは魔法と言わしめる開発であった。

 "パレット"と名付けられたグローブはのちに軍人や学園の生徒は誰もが所持する物となる。

 近代の技術では不可能だと言わしめていた事柄を次々に実現していった。

 まさに歴史的大躍進である。


  僕は躍起になって開発に取り組むものの進展もなければ、仮定のアイディアすらも浮かばなくなった。

 すっかり旭に手伝ってもらう事案すらも無くなり、彼女と会う機会もめっきり減った。

 手伝いを頼む時はいつもこちらから連絡を入れていたからだ。

  何度か僕を心配してか訪れてくれた彼女に暴言を吐くこともあった。

 それでも変わらず彼女はずっと僕を励まし、成功すると信じ続けてくれていた。

 多くの人間が敵にすら思えていた僕にとって彼女だけが味方であり救いだった。


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