満たされない心ー1


「昌弥君、お待たせ」

  待ち合わせの喫茶店で作業をしていると声を掛けられた。

 天沢旭。彼女こそ僕の待ち人でありアルフィード学園時代からの友人だ。

「ごめんね、仕事抜けるの時間掛かっちゃった」

  謝罪しながらも対面の座席に座る旭は軍服のままだ。

 学園を卒業後は国防軍の警察課に配属になった彼女は首都エアセリタ居住区の警備担当だ。

 平和な世の中な上に国防軍の本部がある首都で表立った犯罪をする者も居る訳が無く、住民間や観光客のトラブル処理や住民とコミュニケーションを取るのが主な仕事みたいになっている。

  学生時代から武芸に優れていた彼女の配属先にしては長閑だが、まだ卒業して1年だ。真面目でもある彼女なら出世もすぐだろう。

  彼女の貴重な休憩時間の合間にこちらから呼び出したのだ、多少の遅れを気にしたりはしない。何より旭を待つ時間は苦ではない。

「いいさ、元気そうでよかったよ」

「元気が取柄だからね!それより聞いたよ。軍の統制プログラム完成したんでしょ?

もう軍内何処に行ってもその話題で持ち切りだよ!さすが天才!」

「大袈裟だよ。君は警察課で随分と有名じゃないか。女性なのに男性顔負けに勝ち続けてるって」

「私のは内輪の模擬戦闘の話であって比べ物にならないよ。工藤君は歴史に名の残る開発なんだから」


  先日、僕が学園在籍時の2年生から開発していたプログラムが軍での正式採用が決まった。

 それは国防軍の軍人やアルフィード学園の生徒、機関の現状やあらゆる膨大な情報をまとめデータ化し、地方やアルフィードにある軍施設同士とのネットワークを構築し共有、自動処理するプログラムだ。

 これで機材さえあればどこでも必要な情報を簡単に引き出せるし、管理も容易だ。

 もちろん極秘の内容は閲覧に制限も掛けられる。


  著しい文明成長を遂げているアルセアでは、科学者達はこぞって様々な分野で新たな発明やプログラムを生み出したが、それらの情報をまとめあげ整理や最適化をする者は居なかった。

 そこで僕は情報の自動整理プログラムの基礎を作り上げ、軍の要人に必要性を訴えデータの収集に協力を依頼した。

  初めは個人情報を晒される危険性や学生の身分である若造に託す事に難色を示す者も多くいたが、利便性と保護や管理の徹底、制限を説得し続けた。

 昨年ようやく話が通り、国防軍最高司令官である鳥羽さんから正式に統制プログラムの開発を任された。

  軍の技術の結晶ともいえる様々なデータが手元に集まり、全てに目を通し不備なくまとめあげるのは時間が掛かり、先週ようやく完成型にまで辿り着き、昨日運用が決定されたのだ。

 スムーズにいけば1年で完成する見通しであったところが実質倍も掛かってしまった。

 それでも今までで最も力を入れ自信に満ちた出来、多くの者から受ける称賛の声と達成感はこのうえなく快感だった。


「次はどんな物を開発しようとか考えてたりするの?」

「実はもう始めているんだ」

「ええ!?早いね。どんなもの?」

「運転手を必要としない全自動乗り物の開発」

「すごい!そうしたら資格無しで誰でもその乗り物に乗れちゃうね」

  曇りない瞳と裏表の感じられない言葉でいつも彼女は僕の話を聞いてくれる。

 すっかり彼女が褒めてくれるだけで自分の開発の価値を見出すようになってしまった。

「いきなりは無理だろうからまずは半自動、操縦者が容易に運転を可能とする物を目指すよ」

「本当にすごいなー。同期で軍の最前線で活躍してるの工藤君だけじゃないかな、立派だよ」

「それでさ、今日君を呼び出したのは頼みたい事があって…」

「うん、何?私に出来る事なら何でもするよ」

  学園時代から変わりもしない無垢な笑顔を向けられると急に鼓動が早まる。

「僕の開発に協力して欲しいんだ」

「私が?…昌弥君なら知ってるだろうけど私機械は疎いし、力になれないんじゃないかな…?」

  旭の学生時代の成績は悲惨だった。

 模擬戦闘では誰も太刀打ちできない程の実力を発揮するのに、どうにも座学は苦手なようだった。それは周知の事実だ。

 けれど僕が求めているのは技術的サポートではない。彼女の優れた身体能力だ。


「さっき既に違う開発を始めていると言っただろう。それの操縦士を君にお願いしたいんだ」

「半自動の乗り物、だっけ。でも船も飛行機も操縦資格持ってないよ。車は学生の時に取らされたけど」

「それらは全部乗らないよ。僕が創ろうとしているのは全く新しい乗り物だからね」

「乗り物自体を一から創るの!?」

「ああ」

「ひゃー…どんな乗り物なの?」

 大きな瞳をぱちぱちと瞬きさせるとすぐに興味は乗り物に移った。

「一人乗り用の航空機さ」

「それは飛行機とは違うの?」

「そうだね…僕が思い描く物だと"乗船"というより"着用"という言葉が正しくなるだろうから」

「どういう事?」

 純粋に分からないと言った顔をする旭を見るのが楽しくてつい遠回しな言い方をしてしまうが答えは容易だ。

「専用の全身スーツないしは鎧を創り、それにエンジンを搭載する。感覚としては人間に翼を与えるんだ。鳥みたいに自由自在に空を飛び回れる乗り物を作りたいのさ」

「出来るの!?」

「理論上は。飛行速度に耐え得る衣服の制作や軽量化もあるし、人を浮かせる出力の実験もあるから完成は遠い…」

「凄い凄い!じゃあ私は一番最初に空を飛べるって事だよね?!」

  僕の話は半ば聞いていなかっただろう、それでも彼女の中では想像が膨らんだのか興奮気味だ。

「そ、そうだね。嫌になる程乗ってもらうかもしれないけど」

「素敵!協力するよ!私、空飛んでみたかったんだ!楽しみだなー!」


  確かに理論上は飛行可能だ。しかし制作費や材料、耐久性などの問題はクリアできるか算段が取れていない。

 何度も失敗を繰り返すことになるだろう。

 だけど彼女は完成すると信じ切っている。僕にそれだけの力があると思っているのか。

  開発計画の完璧な理解もできていないだろうに。

 それでも手放しで旭は僕を信じてくれている。根拠も無いのに不思議と彼女が言うと成功に導かれる気がした。

  いつだってそうだ。彼女さえ味方についてくれれば物事は上手く行った。

 そんな力を旭は持っている。

 まさに勝利の女神。今回も上手く行くに違いない、僕はそう確信していたんだ。


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