ふたつの軌跡ー6

  突然、外から大きな衝突音が聞こえ、船が揺れる。

 慌てて飛び出すとW3Aが一機、船の甲板に打ちつけられたように落下していた。

 操縦者は負傷しているようで立ち上がれずにいた。

 あのW3Aは先ほど画面に映っていた物と同一だ。

「天沢君!」

  顔色を真っ青にした美奈子さんはW3Aに駆け寄った。

 壊れたフルフェイスの隙間から痛みで表情を歪める晃司さんの顔が見えた。

「くっそ…化け物かよ…!」

「やっぱりW3AとNWAじゃ性能差が大きいのよ」

「NWAの飛行速度も異常だけど、何より反応が追いつけねえ…腹立つけど姉貴の人並み外れた反応の良さには勝てねえや…」

  晃司さんはふらつきながらも立ち上がろうとするが辛そうですぐに月舘先輩に支えられる。

「もうこれ以上は無茶よ!」

「姉貴を止めなきゃ俺が出てきた意味が無いだろ。人を呼びつけたなら止めんじゃねえ!」

「確かに助けてほしいとあなたに頼んだのは私だわ。でもそれは命を無駄にすることではないのよ!」

「あれに対抗できる飛行士は今の軍にいない。それに今アルセアは戦力を欲している、戦場で暴れ回るあいつを止めようなんて思わないだろ」

「それでも今は手当てが先!」


  私は何をしているんだ。ここまで来たのは工藤さんを止め、旭さんをNWAに乗せない為だ。

 自分は何一つできていない。こんなにも傷ついて一生懸命に立ち向かう人達の傍に居るだけだ。

  ふと旭さんが飛び出した格納庫を見るともう一機NWAが見えた。

 あれは私にとって罪の象徴。二度と乗る事は無いだろうと思っていた。

 だけど迷っていられない。私は一直線に歩き出す。

「美奈子さん、あれも動きますよね?」

「ええ……駄目よ!それは試作段階のままで千沙ちゃんが防衛戦で乗った以来誰も乗っていないのよ!」

  私がNWAを使おうとしている事を察したのか美奈子さんは声を荒げた。

 けれど説得している時間は無い。こうしている間にも旭さんは戦場で猛威を振るっているに違いない。絶対に止めなくちゃ。

 躊躇いに決断を揺らがせないようにNWAに手を伸ばす。

「でも使えるんですよね?」

「整備自体はアルフィードを出る前に私がしたけれど…そのNWAは完全じゃない、

また記憶を失う恐れもあるのよ!」

  美奈子さんを無視して装着を始める。

 私の鮮明に残っている記憶は約2年。短いけれど多くの人に出会い、色んな出来事があった。

 どれもが今の私だけの大切な思い出。かけがえのない宝物。失いたくはない。

  だけど、だからこそ、私は旭さんを止めなくちゃならないんだ。

 ここまで私を信じて支えてきてくれた皆の為にも、母を慕う"千沙"の為にも。

 旭さんだけに苦しみを抱え込ませるわけにはいかないんだ。


「乗るなって言っただろ」

  フルフェイスを被ろうとする手を月舘先輩に掴まれる。

 先輩はどことなく怒っているようだった。

「どうしてお前はすぐに自分だけで行動しようとするんだ、少しは周りを頼れ!」

「そんなの先輩には言われたくないです。自分だって誰にも頼らず抱え込むじゃないですか」

「…約束したんだ…今度は俺が助けるって…」

  きっとその約束は"千沙"にしてくれたんだ。

 記憶のない私にでもその約束を果たそうとしてくれている。

  思い出せないけど不思議と確信があった。

 時折霞んだ様に思い浮かぶ少年はいつも同じ子だ。その子は月舘先輩だと思う。

 少年の言葉が何度も支えてくれた、ペンダント同じように。

「これ、先輩が"千沙"にあげた物ですよね?」

  私は首にさげていた魔石のペンダントを取り出す。

 思い当たる節があるのだろう先輩は驚いた表情をした。

 ティオールの里で先輩が持っていた首飾りと同じ形。

 それは初めての友達が"千沙"に渡した物だ。

 記憶のない私が今も手放せずにいたお守り。

「"千沙"はこれをずっと大切に持っていたそうですよ…私はもう充分過ぎる位、先輩に何度も助けてもらいました。だからNWAに乗るのは私の我儘です。きっと"千沙"もそうすると思うから」

 私の手を掴む先輩の手にそっと触れる。

「大丈夫です。私、負けず嫌いですから絶対勝ちます!」

  出来る限り笑って見せると月舘先輩はようやく手を引いてくれた。

 フルフェイスを装着し甲板へ戻ると美奈子さんが私を心配そうに見ていた。

「やっぱり駄目よ。あなたにばかり…」

「止めたって聞かねえよ。こいつはそういう奴だ…絶対に二人で帰って来いよ」

  美奈子さんを止めてくれた晃司さんに感謝しつつ、ひとつ頷くと私は空へと飛び立った。

 誰かを傷つけるのではない。私は助けるために飛ぶんだ。


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