ふたつの軌跡ー1


  首都エアセリタを抜け出し追手を撒き、海岸へと辿り着いた直後。

 それは闇夜を切り裂き、容赦なく地を抉って行った。

 赤い巨大な光線はアルセアの西部を直線状に突き抜け全てを破壊した。

 シーツールの村やティオールの里は跡形もなく消え去り、西部の軍基地は半壊。

 正確な被害は計り切れない。

  カルツソッドの方角からやってきたあの強烈な光はなんだったのだろうか。

 台風や地震など比ではない。地を抉り、建物も自然も消滅させていく破壊の光線。

 抗いようのない脅威に言葉を失った。

 あれがもし魔導兵器の力だとするならば、再びあの光はアルセアを襲うのだろう。

  だけど私達はあの力にどう対抗すればいいのか。

 麻子さんは理央ちゃんと連絡を取り情報を得ていたけど、軍も予想だにしないカルツソッドの攻撃に対応するべく慌ただしいようだった。

 即刻アルセア国民には緊急の避難指示が出されていた。


  そして私達も選択を迫られる。

 戦争は嫌。でもそれは私だけが思っている訳ではない。

 心から戦争を望む人なんて僅かだ。けれど大きな流れに逆らうのはとても難しい。

  もう誰かの命を奪ったりしたくはない。

 だからって私だけが戦場から逃げるのは狡い行いだ。

 このまま戦いから目を背けて工藤さんから逃げ出すのか。

 それとも軍人として戦うのか。はたまた一個人で立ち向かうのか。


「もう夜も遅いですし、夜が明けるまでここで休憩しましょう。動き出すのは

それからでも遅くはないでしょう」

  日付も変わり麻子さんは時間を与えてくれたが、私は夜明けまでに答えを出せるだろうか。

「俺は別行動をとる」  

「どちらに向かわれるんですか?」

「目的がある。ずっと子供のお守りをしてる余裕はねえんだよ」

  私達を手助けしてくれた男性は麻子さんの問いには答えず、立ち去ろうとした。

「待ってください。目的は旭さんの救出ですよね、だったら俺も連れて行ってください」

  月舘先輩が呼び止めると男性は眉を顰めた。

「言っただろ、お前らに構ってる時間はない。お前はお前のやるべきことをしろ」

「俺が居なければ工藤博士は必ず旭さんを使います!」

「馬鹿か!お前を連れて行ったら助けてやった意味がなくなるだろ!」

「ですが…」

「どうしてお前は弟子のくせに師匠の言うことが素直に聞けないんだよ」

  男性は月舘先輩の頭を容赦なくグリグリと拳を押し付け無理矢理黙らせた。

 あの月舘先輩を馬鹿呼ばわりしたりなど、言葉遣いも気性もこの師匠さんはすごい荒っぽい人だ。

 二人の関係がよく分かっていない私と鈴音ちゃんは気が気でないのだけど、麻子さんは相も変わらずにこにこと微笑んで様子を見守っていた。

「俺はな、誰かの面倒を見るなんて苦手なんだ。それなのにどいつもこいつも好き勝手しやがって。佳祐、お前はそっちの大馬鹿の面倒を見とけ。これ以上俺の手間を増やすな」

  そう言い残すと今度こそ師匠さんは居なくなってしまった。

 大馬鹿とは…私のことだろう。

 彼は私を知っている様子だったが今の私にとっては初対面に近いのに。少し不服だ。

「随分と荒っぽい方ですね」 

「ふふふ、お噂通りですわ」

  そうだ、私は工藤博士に捕まっていた所を助けてもらったんだ。

 まだそのお礼を言っていない。

 でもそれだけじゃない。このままあの人と別れてはいけない気がして、反射的に彼の後を追った。


  海岸沿いを歩いて移動していた彼には走ればすぐに追いつけた。

「あの!」

「…何だよ」

 呼び止めると男性は立ち止まってはくれたがこちらを向いてはくれず、不機嫌そうだった。

「さっきは助けてくださってありがとうございました」

「それをわざわざ言いに来たのか?」

「はい」

「……そうか」

  男性の声はどこか寂しそうだった。私は何か間違った行動をとったのだろうか。

 それとも、これは"私らしくない"行動だったのかもしれない。

「…"千沙"はこういう時なんて言いますかね」

「お前…」

「ごめんなさい、憶えていなくて」

  ようやくこちらを向いてくれた男性を私は直視できなかった。

 彼は私の母とされる旭さんを姉と呼び、旭さんと私を似ているとも言った。

 すなわち彼は私の叔父にあたる人、天沢晃司さんなのだろう。

  私に深く触れないのは、私が"千沙"ではない。

 今の私に幼少の記憶が無いことを理解しているからだ。

「…お前が悪い訳じゃない。決めたのは千沙自身だ。止めなかった俺にも責任はある」

「でも…私が憶えていないせいで多くの人に迷惑を掛けています。私は天沢千沙ではない。優しくしてもらう理由なんてないんです」

  ずっと胸に突っかかっている。知っている筈の事を思い出せないもどかしさ。

 記憶を手放した自分の弱さが憎らしい。"千沙"を知る人は私を支え続けてくれている。

 それでも一向に思い出せない。私は皆が知っている天沢千沙になれない。

  今の私に優しくしてもらう理由なんてないのに、優しさに応えらなくて苦しい。

 みんなが待っているのは"千沙"なのに。


「なあ。お前は昔の自分の為にみんなが優しくしてくれてると思ってるのか?」

「…違うんですか」

「違えよ!たしかにそれもあるがそれだけじゃない、みんな今のお前も大切に思ってる。言っとくが記憶があろうがなかろうがお前は千沙だ。俺の家族だ」

  家族。それはずっと自分には無いものだと思っていた。

 私には帰る場所が無い、ずっと一人ぼっちなのだと。

 旭さんも晃司さんも"千沙"の母と叔父であり、私はただの部外者。

 だけど、この人は記憶が無くても私を家族だと言ってくれた。

 不意に涙がぼろぼろと零れていく。

「泣くな!」

「…っ、はい!」

「言っとくがお前は根本的な部分は変わってねえからな!すぐ泣くところなんかガキの頃からちっとも進歩ねえ!」

「…ごめんなさい」

「体育祭の試合。お前、直感頼りで動く所が昔とまるで変わってない。単独ならそれでもいいが、団体戦だと連携をとってくれる仲間がお前に合わせづらい。少しは考えて行動する癖をつけろ」

  体育祭、見てくれていたんだ。

 その事実だけで嬉しいような申し訳ないような、胸がきゅっとなった。

「それから他人の心配よりもてめえの心配をしろ。他人の感情に流されやす過ぎだ」

  語気が強い怒涛の説教に私は何も言い返せない。

 思い当たることが多すぎて、晃司さんの言う通り私は昔から大した成長ができていないのかもしれない。

「あとは笑ってろ。そうすりゃ大体うまくいく」

  急いで涙を拭う。そうだ、泣いてなんかいられない。私はまだ立ち止まれない。

 エルフの人達を助けるのも、工藤さんの研究を終わらせるのも私がやらなくては。

 涙が零れそうになったけれどなんとか笑って見せる。

 すると晃司さんも初めて微笑んでくれた。

「あー柄にもねえことした。もう俺は行くからな」

「…また会ってくれますか?」

「家族なんだ、会いたきゃいつでも会いに来い」



  晃司さんを見送り戻ってくると、皆は灯り用に置いてあるライトを囲んで座っていた。

 私の姿を見つけるなり麻子さんは「お帰りなさい」と微笑んだ。

「晃司さんにはお会いできましたか?」

「うん。あれ、麻子さんは晃司さんのこと知ってたの?」

「はい、エアセリタで口実に使った宗二兄様は晃司さんと学園の同期なのです。

随分とやんちゃだった晃司さんは当時有名人だったそうですよ」

「そうなんだ…鈴音ちゃん、大丈夫!?泣いてるの?」

  麻子さんの傍で隠れるように座っている鈴音ちゃんの様子が少しおかしいと思い覘き込むと瞳が潤んでいた。

「いえ、泣いていません!」

「でも目が赤いような…」

「鈴音は家族は素晴らしいなと思っただけですわ。こう見えて鈴音は人情味溢れる子なのですよ」

「麻子様!余計なことはおっしゃらなくていいんです!」

  なるほど。私と晃司さんの会話は聞かれていたんだな。

 気づかなかった自分も悪いのだけど、情けない姿を見られてしまったのは少し恥ずかしい。

 泣き止んだばかりの私もまだ目が赤いだろう。少しでも鈴音ちゃんの気が紛れればと笑顔を作る。


「私、決めたよ」

 皆が私の言葉を待ってくれている。

「工藤さんの研究を何としても終わらせたい。例え軍を敵に回してしまったとしても、あの研究で辛い思いをする人をこれ以上出したくないから。もう現実からも過去からも目を背けずに戦って見せる。…だけど、私一人の力じゃきっと工藤さんを止められない。だから、皆の力を貸してほしいです」

  軍の命令を無視し、共に戦ってくれ。

 私は危険な協力を求めている。それもその人の一生を変えてしまうような頼みだ。

  自分一人でも工藤さんを止める覚悟はある。

 でも、私一人の力など大したことない。自分の弱さは痛いほど自覚している。

 現実は覚悟だけではどうにもならない。皆に返せる見返りもない。

 それでも、この気持ちだけは偽りがない、"私"の願いだから。

「もちろん。お手伝い致しますわ」

「微力ですが千沙さんの為ならお力添えします」

  迷うことなく二人は答えてくれた。

 二人の頼もしい返事に感謝しつつ、ずっと無言で居る月舘先輩をそっと見る。

 何度も"千沙"を危険な目に遭わせないようにしてくれたのに、私は先輩の努力を無下にしようとしている。

 怒鳴られるか、呆れられるか。

 その覚悟をしていたのだけど先輩の表情は柔らかい。

「お前のしたいようにすればいい。どこでも付いて行くさ」

「…ありがとうございます」

  反対されるかもしれないと思ったけれど先輩は文句ひとつ言わずに私に協力してくれるようだ。

 本当にどこまでも優しい人なんだな。いつか必ず恩返しをしなくては。

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