燈火の追憶ー2


  ハヤトの仲間、カザマツリと呼ばれていただろうか。

 エルフ達を収容している部屋に彼を放り込み、蹲るフィーアを起こす。

  少女とはいえ実験に適応し人型兵器として戦うことを義務付けられた兵士だ。

 魔導砲の魔力供給源として拉致したエルフの監視はフィーアの担当である。

 俺が代わってやってもいいが、それをあいつらは良しとしないだろう。


「起きろ。大丈夫か」

  大丈夫な筈がない。分かってはいる質問をついしてしまった。

 戦えない精神状態の少女が平気なわけがない。

 俺が声を掛けたことに恐怖したのかフィーアは平然を装おうと涙を拭い姿勢を正した。

「平気」

「なら監視は任せる」

「はい」

  俺は誰かと親しくなろうともしなければ会話も極力しないようにしている。

 そのせいか俺が視線を向けるだけで睨んでいるように見えるのか研究員をはじめフィーアも俺を畏怖している傾向がある。

 別にそんなつもりはないのだが、情を持てば辛くなるのは目に見えている。

 心の距離がある方が好都合とも言えるので特にどうにかしようとは思わない。 


  アインとドライは軽口を叩き合う間柄のようだが、俺は二人とも距離を取っている。

 俺の態度を人型兵器として先輩にあたるアインは気に食わないようだ。

 そもそもこんな望まぬ改造をされて先輩後輩もあるのかと思うのだが、彼は自分が初代だから一番偉いと思っている節がある。

  彼の場合、エルフという人種であるが故に大した改造は施されていない。

 魔力の増強とカルツソッドに逆らわぬよう体内に埋め込まれたチップくらいだろうか。

 少しでも反抗すれば内臓されたチップから遠隔操作で強い電流が発生する。


  ドライは環境が環境だけに誰がどんな態度を取ろうとさして気にしてはいないみたいだが、アインの粗暴な言動をよく咎めている。

 それもアインが研究員の機嫌を損ね、無駄に電流に襲われぬよう心配から来るものだ。

  元は軍人で戦闘能力に秀でた人物だ。

 そんな彼は俺達の中で一番人間らしさを奪われている。

 研究員曰く”最もパワーのある完成形に近い人型兵器”だそうだ。

 多くの箇所をいじられ、身体はどちらかと言えば機械に近い。

 だが幼いフィーアをよく気に掛けているし、俺にまでわざわざ声を掛けてくる。

 良心があり、誰よりも人間らしい男だ。 


  フィーアは俺達とは違った趣向の実験を課せられ生存した人間だ。

 脳波を使って物を遠隔操作出来る、超能力に近い技能を人工的に植え付けられた。

 ただ精神に左右される能力なので幼いフィーアにはまだまだ使いこなしが難しいように思える。

  彼女は俺と違い富裕層地区の生まれだ。それでも実験体にされたのは感染病に侵されていたからだった。

 実験体とされた理由も分からずに、従順に従えばいつかまた両親に会えるという研究員の嘘を信じて生き続けている。

  誰も彼女に真実は話さない。

 真実を伝えれば精神暴走を起こす恐れを考慮しているからだ。

 情がある者は残酷な現実を正確に教えるのは彼女がまだ受け入れ切れないのではないかと思っているからでもある。


  意識を失い横たわるハヤトとカザマツリに気づいたフィーアは二人を切なそうに眺めた。

「この人達は…殺すの?」

  アインならば躊躇わず障害となる者は排除する。ドライも命令されれば同じだろう。

 それが正しい行いだと教え込まれているフィーアもまたそう判断するのは不思議ではない。

「フィーアはそうしたいのか?」

  そんな問いをされると思っていなかったのかフィーアは目を見開き固まった。

 やがて自分の考えを絞り出すかのように小声で答えた。

「殺したく、ない」

  少女の答えに安堵した。

 フィーアはまだここから外に出たこともなければ、実験であろうと他者と争ったことがない。

  俺は実験で戦わされ同志の一生を奪ってしまった時を今も忘れない。

 後悔や自身の無力さに眠れない日は幾度とあった。

 自身の精神が日に日に壊れていく。

 そのうち自分と言う存在が曖昧になっていった。

 毎日を生きているのではなく動いている。そんな感覚になる。

  けれどフィーアはまだ生きている。心はまだ自分を保てている。

 それが嬉しかった。

  俺が手を伸ばすと殴られると思ったのかフィーアを目を瞑り身体を硬直させた。

 そんな少女の頭にできるだけそっとまだ血が通う手を置いた。

 これからも兵器としてではなく人として生き続けて欲しい。そう願いつつ。

「それでいい。自分の意思を信じろ」




  魔導砲の警備に戻ると研究員も兵士と言う重責を押し付けられた一般人も居なくなり、夜の闇に包まれた静寂があった。

  魔導砲が発射されたなど夢みたいだな。

 今頃異国の地は破壊され、多くの命は失われ涙が流れているなど想像に難くない。

 間違った道を進んでいる。その自覚はある。

 でも何が正解だったかなんて、例え過去に戻れたとしても分からない。

 

  ハヤトは大きくなっていたな。

 俺は改造された時から身長が伸びていない。

 まるで俺だけ時間に取り残されてしまったみたいだ。

 それだけ時間が経ち、ハヤトは立派に成長した。

 あの日逃がした家族はちゃんと人間として生活していた、嬉しく思えた。

  だからだろうか、人の笑顔がみたいなんて思ってしまうなど。

 俺は随分と誰の笑顔も見られていない。


  何の為に戦っているかと問われた時、俺は答えが出なかった。

 そもそも俺は何の為に生きていたのだろうか。

  俺は自分の存在意義を失っていた。

 博士に命を救われた時、俺は生きたいと強く思ったのに。

 いつかは貧困層地区に居る家族である皆を救い出したいと誓っていたのに。

 全て消え失せたかのように己の意志ではなく、ただ言われるがままに動いていた。

  今は博士の頼みに応えている。それは確かだが、恩返しの思いがあろうとも俺の中に強い信念はなかった。

 昔の熱情が蘇るうちに俺は自分が分からなくなってきた。

 俺はこれからどうしたいのだろうか。


  淡い星の光に誘われる様に一番外側へと歩むと暗闇に紛れて夜空を見上げる白衣の姿があった。

 暗闇と同じ髪色をした博士は儚げで、どこかに消えて居なくなってしまうのではないかと思えた。

  

「空はどこまでも繋がっている。だから遠く離れても決して一人ではない」

 低く落ち着いた声は星空に溶けて広がっていく。


「馬鹿な奴の受け売りだが、空を見上げれば会えたような、力を貰えた気が不思議とする。科学的には全く証明されていないが俺はこの受け売りを結構信じている」

  いつもたった一人で弱さを見せずに目標に向けて歩み続ける御影博士。

 どんな事態も冷静に対処する博士からは想像もできないほど、優しい笑みを浮かべて俺を見た。

 彼をそうさせる人が居る。博士の柔らかい温もりを垣間見る。

  博士は俺の言いようのない不安や寂しさを察したわけではないだろう。

 それでも博士がくれた言葉と微笑みが俺の錆び切った心に沁み込んだ。

 きっと同じように、博士もその受け売りをしてくれた人物から温もりを分け与えてもらったのだ。

 不思議だ。温もりは広がっていくものなんだな。


  俺は、家族の笑顔を守る為に無様でも汚れようとも生き続けた。

 もう戻れないし、変われない。

 俺に出来ることをするだけだ。迷いはしない。

 今も昔も。俺は家族の笑顔を守る為に生きている。

「ありがとう、烈。もう充分だ」

 いつもの様子に戻った博士が俺に向き直ってはっきりと言う。

「どういう、意味ですか」

  何も充分ではないだろう。

 博士が普段通りになっただけなのに胸騒ぎがした。

「もうお前は自由だ。自身の目的の為だけに動け」

「まだ博士の目的は達成されていないのでしょう?それにまだ博士に何も恩返しできていない」

「言っただろ、もう充分だ。お前は俺なんかの為によく働いてくれたよ」

「ですが!」

「魔導砲やエルフの使い方次第で戦況は変えられるだろうが、今のカルツソッドに策士は居らず戦力はアルセアの足元にも及ばない。必ず不利な状況に追い込まれる。カルツソッドを崩すなら今が絶好の機会だ。お前の家族を助け出してやれ。それが心を殺してでも生き続けたお前の目的だろ。見誤るな」


  どうして博士こそ俺なんかに優しくしてくれるのだろうか。

 きっと訊ねても答えてはくれないだろう。

  博士は充分だと言ったが俺は充分だなんてちっとも思っていない。

 例え世界が敵になろうとも俺は必ず彼の味方になる。


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