破滅の光ー6
「あんた、レツって言うんだろ?」
攻撃の意志が消えた男に俺も構えていた大剣を降ろしてしまう。
機械みたいに表情の硬かった男は名を呼ばれて明確な反応を示した。
襲い掛かってはこない。対話に応じてくれるのだろうか。
「飛山は、あー…ハヤトはあんたのことを兄貴みたいに慕ってる。今でも貧困層地区に居る子供達を救おうと立ち向かい、あんたも同じ志だと信じてる。もう過去とは違って富裕層地区の味方なのか?」
「違う」
俺の問いに迷うことなく即答した。
となると完全に敵というわけでもなさそうだ。
宙に浮く刃物を操っていた少女のように彼も脅されているのだろうか。
「じゃあ」
「けれど、お前達の敵であることに変わりはない」
「どういう意味だよ。国の意向とは別に目的があるのか?」
「説明する必要はない」
「なら、あんたは何の為に戦ってるんだよ」
飛山の知るレツという人物その人であるならば、味方として共に分かり合えるのではと僅かながら期待していた。
しかしそれは現時点では不可能なのだろう。
それでも戦う目的が理解できれば彼の行動基準を把握する材料になると思った。
ところが間髪入れず受け答えしていたレツが言葉を詰まらせた。
「……本当に、俺は何の為に生きているんだろうか」
ぽつりと力なく呟いた彼の言葉にようやく敵としてではなく、レツとしての心が垣間見れた気がした。
きちんと話し合えば分かり合えるのではないかと希望を抱いた時、背後から空間を
裂く異質な音が聞こえた。
正体を確認しようと振り向くと頭に重い衝撃を食らう。
意識が飛びそうになるところを堪えるが身体に力が入らず倒れ込んでしまう。
「何だ、事は済んでいるではないか」
「アイン、ドライ。どうして戻ってきた」
転移魔法から現れたのはレツと同じコートを着た男二人だった。
「どうしたではない、フィーアとお前の不手際を怒鳴り散らされた挙句、尻拭いまでする羽目になった」
不機嫌に言い放つ男の耳は先端が尖っており、瞳は澄んだ翠色をしている。
エルフの特徴そのものだ。
まさかカルツソッドに協力的なエルフが居たのか。
それとも彼もまた実験とやらで自由を奪われているのだろうか。
「だが、俺らは必要なかったみたいだな」
俺を見下ろした男は次に周囲を見回していた。
ここで俺に意識があるとバレても面倒なので気を失っているフリを続けた。
それにしてもレツが咄嗟とはいえ俺を気絶させようとしてくるとは。
彼らに誤解されたくなかったのか、俺を守ろうとしてくれたのか真意は分からないが、勝ち目の低い争いを回避できたのは有難い。
「先頭の部隊で待機してろと命令したわりに今度はすぐに戻って来て侵入者を始末しろとは魔法使いが荒い」
「アイン、口が過ぎるとまた要らぬ負荷実験を課されるぞ」
「魔力は無限ではない、無駄遣いは効率が悪い。やはりあいつらは科学者のわりに知能が低すぎる」
アインの暴言は留まらず共に来たドライは諫めるのを諦め、ため息をついた。
「ここは問題ない。持ち場に帰れ」
そう告げるとレツは俺を抱え上げて立ち去ろうとする。
「そいつ、殺さないのか?」
アインの低い声音に冷や汗が伝う。そいつとは間違いなく俺のことだ。
この屋上にカルツソッド勢でない人は俺だけしかいないからだ。
レツはなんと答えるのだろうか。
俺達とは敵だと明言した彼が助けてくれる保証はない。
まだ身体は上手く動きそうにないが逃げ出すべきだろうか。
立ち止まり、口を開かないレツを不審に感じたのか嫌な空気が流れる。
そんな中、新たな靴音がもう一人の来訪者を知らせた。
「二人とも手間を取らせたな」
「御影、お前からもう少しマシな指示を寄越すようあいつらに言ってくれ」
「悪いが俺にその権限はない」
「同じ科学者でも御影とあいつらは知能に差があり過ぎる。本当に同じ人間か?」
「あまり同じ分類にされるのは気分が良くないな。ただ人間には色んな奴がいるってだけだ。それより不具合はないか?」
白衣の男性は俺達の横を通り過ぎる時に小声で「行け」とレツに指示した。
レツは素直に従い歩き出す。
尚も男性と会話を続ける二人はそんなレツを気にする様子はない。
「問題ない。御影の造った武具は総じて不調を起こさないし効果もある。俺に与えられた魔力増大装置は驚く一方だ」
「そうか。ドライはどうだ?」
「俺も大丈夫です。御影博士のくださった手足は軽くて丈夫、それにとても身体に馴染みます。以前とは比べ物にならないくらい」
「やはりあいつらの発明は劣化品。いや、ゴミクズばかりだ」
「カルツソッドは技術の進化に取り残されている。そのうえで無謀な挑戦をし過ぎなんだ」
御影と呼ばれた男は感情に乏しく冷たい印象に見えたが、どうやら彼らに信頼されているようだった。
遠くに彼らの会話を聞きながら俺は御影博士という名が引っかかっていた。
どこかで聞いたことのある名だが、それがどんな人物だったか思い出せない。
御影と言えばアルセアでごく一部に有名な一族の名だ。
南条は軍内、国内ともに力や地位で有名な貴族ではあるが、御影は軍内のごく一部ではあるが南条以上に恐れられた名。
御影一族は暗殺一家として名を知られていたからだ。
依頼一つで独自の手腕で証拠も残さず対象の命を奪う。
戦争が起こらないとは言え、自分の思うがままに政治を動かしたい輩とはいるもので。水面下で暗躍していたのが御影一族だと言われている。
でもそれも昔の話。
一族なんて言われているが近代で御影の名を持つ者は減り、現在に至っては都市伝説に近く、末裔は誰一人生き残っていないとされている。
けれど、大人達の中ではまだ生存し、幻の暗殺者として活動しているなんて噂があるそうだ。
だが俺は暗殺者として気にかかったのではない。
"御影博士"という名を文面で目にした筈なのだ。
暗殺なんて物騒なものではない、もっと偉大な何かで。
アインやドライに彼は自身の開発品の調子を訊ねていた。
論文や発明など小難しい物に俺は興味を持たない。
そんな俺でも博士の名で見覚えがある物とすれば数は少ない。
答えに辿り着きそうな衝動に駆られていると再び同じような痛みが頭部を襲う。
「あの人のことはそっとしておいてくれ」
今度こそ俺は完全に意識を手放してしまった。
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