燈火の追憶ー1


  御影博士と出会ったのはを終わりを感じた時だった。


  長年の森林伐採や工場による排気ガスのせいで人も緑も満足に生きていけない土地となったカルツソッドはとうとうこの大陸を捨て、他国を占領しようと方針を決めた。

 侵略するには当然圧倒的な戦力が必要となる。

  ひとつは世界大戦でも用いられた手法。エルフだけが使える魔法で攻め込む。

 まずは国に属していない小さな大陸で人知れず暮らしていたエルフ達を捕まえ従属させる。

 そのために魔法を自由に使用できなくする制御装置の開発が富裕層地区に住む武力開発チームの研究が始まった。

 同時進行で行われたのが機械による筋力の増強や破壊力のある武器を生身の人間に取り付ける、人道から外れた人間兵器の作成だった。


  どちらとも前例の無い開発は当然上手くはいかず困難を極めた。

 富裕層地区での優れた戦闘能力を持った人間や貧困層地区の住人は次々に実験体とされた。

 そして多くの命が失われていった。自分もそのうちの一人となる。


  貧困層地区から拉致された時から強制させられていた戦闘訓練。

 屈強な兵士を育て上げる為の訓練はいつしか同士の命を奪い合う、兵器を作り出す為の戦闘実験に変わっていた。

  繰り返される無茶な戦闘実験にとうとう俺の身体に限界が訪れた。

 戦えない者に治療という選択肢はない。有無を言わさず人体改造の実験台にされる。

 それは解放の見えなかった日々が終わりを迎えるという意味になる。


  負傷した右腕と左脚をもがれ、機械の取り付けを行う人体改造は失敗。

無残な姿となった俺になど興味は失せ、研究員達は討論しながら離れて行く。

 彼らにとって必要なのは俺ではない。結果における情報だけだ。

 俺の身体を心配する者や実験における罪悪感を味わう者などこの場には存在しない。

  いつかこの場所から抜け出し、また皆と生きていけることを夢見ていたが、所詮夢は夢で終わってしまった。

 ハヤトだけでも逃がせてよかった。それだけが救いだった。

  そんな中ただ一人だけ俺に歩み寄り見下ろす白衣の男が居た。

 見慣れぬ男は俺を哀れみとも蔑みとも取れない、不思議な目で俺を見据えていた。


「御影博士、それはもう使えない。あとは捨てるだけですよ」

「…お前は生きたいか?」

  研究員の言葉を無視して博士は俺に問うた。

 右腕と左脚を失った。これではもう歩けないし、戦うことも出来ない。

 貧困層地区の仲間を助けるどころか自身も満足に動けない。

  生きているだけ無駄だ。価値の無くなった俺は不良品ゴミ同然に扱われる。

 あとは命の灯が消えるのを待つだけだ。

 今すぐに死んだほうがいっそマシかもしれない。 

  けれど博士の問いに心の奥底で燻っている熱が掻きたてられた。

 どれだけ辛い思いを味わおうとハヤトやイズミ達、貧困層地区で共に過ごした仲間の笑顔が頭から消えることはなかった。

 あいつらが幸せに生きていける保障ができるまで俺はまだ死ねない。

 誰かが声を上げなければ貧困層地区は一生救われない。


「…生きたい…!!」


  絞り出すように出た俺の叫びに博士は頷いた。

 自分の言葉を、想いを正面から受け取ってくれた人は随分と久しぶりだった。

「こいつは俺が預かる。構わないだろ」

「構わないですけど…もう何の役にも立ちませんよ?」

「それは俺が決める」


  素早く的確な博士の指示で医療班の手当てが始まり俺は一命を取り留めた。

 その後、御影博士が作ってくれた義手と義足は元々の手足と遜色無いほど見事に馴染み、以前よりも格段に力が備わった。

 ただの手足ではない。軽さと丈夫さを兼ね備え、博士が独自に作り上げた筋力増強まで付属されていた。

 俺の回復や博士の驚異的な技術に研究員の誰もが驚いていた。 

 そして俺はカルツソッドの二番目の人型兵器に分類された。


  確かな技術を信頼され協力してもらう形でカルツソッドにやって来たとされる御影博士は異質な人間だった。

 開発チームに知識を提供しているようだが誰にも媚びず、常に自分の意思で動いていた。

 誰もが人型兵器を開発コードの数字で呼ぶのに博士だけはきちんと名前で呼んでくれた。

 名前が無い者には別名を与え、そして俺には博士の母国の字を与えてくれた。

「お前、名前は」

「…レツ…です」

  訓練生活の間に共に過ごしていた子供達も皆居なくなってしまい、もう俺の名を呼んでくれる人は誰も居なかった。

 久しぶりに声に出した自分の名はぎこちなかった。

「そうか。俺の生まれた国では”烈”と書けるな」

  博士がペンで書いてくれた字は力強く美しくも見えた。

 俺の知らない世界にはそんな字もあるものなのかと胸が高鳴った。

「"烈"?」

「勢いが激しいという意味がある。初めて会った時、お前の瞳から強い感情を感じた。意志が強い人間の瞳だと。だからお前に合う字だと思う。自分の成し遂げたい目標を決して諦めるな。俺はお前に力は与えてやれる。だけどお前の目標は烈自身の手でしか実現できないんだ。強く意志を持ち続けろ」

  俺に名前と力を与えてくれたのは御影博士だ。

 クズみたいな研究員たちの中で彼だけは俺の味方で居てくれた。

 博士の傍に置いていてもらえるおかげで研究員も俺には不用意に手出しはしなかった。

 だからこの人に恩返しできるならばどんな苦行も耐えられた。



  ―――2年前。

 大気汚染が悪化していくカルツソッドはとうとう新たな土地を求め隣国のアルセアに攻め込むことを決定した。

「アルセアと戦争?」

  アルセアと言えば海を越えた先にある異国。御影博士の母国だ。

 戦争など躊躇うのかと思えば博士はいつもの口調で一蹴した。

「無駄だ。今のカルツソッドではアルセアに勝てはしない」

  博士の言った通り、カルツソッドは多くの死者や損失を被っただけでアルセアはほぼ無傷で戦争は幕を閉じた。

 海を渡った先遣隊があっさりと敗北を喫したので海上で待機していた本隊は戦わずして撤退した。  

 どんなに武器や兵器を投入しようが使い手が未熟では勝てはしない。

 分かり切っていた結果に俺はカルツソッドの愚かさを改めて感じずにはいられなかった。


  戦争結果を断言していた博士だが、先遣隊の戦闘映像を見るなり顔色を変えた。

 最初は圧倒的な戦力差に驚いていたのかと思ったのだが、どうやら違う。

 戦場を目にも止まらぬ速さで飛び回る機体に釘付けになっているのが分かった。

 普段から表情の変化がないに等しい博士にしては珍しく狼狽えていた。

「工藤のやつ…!」

  近くの機械を乱暴に拳で叩きつけた。冷静な博士が取り乱す姿に俺は動揺した。

 あの機体に何かあるのは明確だが博士は自身について多くを語らない。

 彼の苦しみを分かりたいが俺には不可能だった。

  感情を抑え込み、しばらく考え込んだ御影博士は俺を見据えた。

「烈…頼む、力を貸してほしい」

  俺は恩人とも呼べる博士と長い時間を共にした。

 そんな博士からの初めての頼みを断る理由などなかった。

 

  それからだった。研究ばかりしていた博士が自発的に開発をするようになったのは。

 この人にも成し遂げたい目的があってカルツソッドに居ることは言葉にされなくても理解していた。

 しかし目的を達成する方法を変えたのだと察した。もう手段を厭わないようだった。

  やがて博士は俺に二つの発明品を託した。

 ひとつは"ゼロプログラム"と名付けられたディスク。

 ディスクをアルセアの軍本部にある巨大制御コンピュータに読み込ませれば5分も経たずにアルセアのメインシステムを全て強制シャットダウン。

 さらにはシステムに鍵を掛け、再起動させることが不可能になるプログラムが入っていると言っていた。

  もうひとつは"魔銃"だ。

 ハンドガンの形をしてはいるが魔力を制御する為か少し大きいのが特徴だ。

 棒状の特製弾に魔法を封じ込め、それを任意で放てる武器だった。

 魔法が使える者に魔法を唱えてもらい魔法の効果を弾に込める。

 魔力が無い人間でも詠唱無しに魔法が使えるようになる世紀の発明品だ。


  カルツソッドの研究員達は御影博士の魔力に関する研究データを基に魔法を封じる煙を完成させエルフ達の拉致を実行し、さらには膨大な魔力を蓄え放出させる大型魔導兵器"魔導砲"まで作り上げた。

 人間どころか国をも破壊してしまう威力を持つ恐ろしい魔導兵器。

 カルツソッドは今度こそアルセアを陥落させようと躍起だった。

「本当にいいんですか?今度こそアルセアは滅んでしまうかもしれませんよ」

「構わない。俺にはもう失う物は何もない。それに、これは俺の責任なんだ…あんな物作らなければよかった」

  きっと博士の後悔は2年前に見たあの機体に関係している。

 あれを破壊しなければ博士の目的は達成されないのだろうか。

  戦争ともなればまたあの機体は姿を現すだろう。博士は今回に賭けている。

 博士が覚悟しているならば俺がどうこう言う筋合いはない。

  アルセアを攻め込むのは決して正しい選択ではない。

 でも俺は博士からの信頼が嬉しかったし意思を尊重してあげたかった。

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