破滅の光ー1
洞窟の先は運の良いことに研究施設の裏手にある下水道であった。
警戒をしつつ研究施設の内部を目指す。富裕層地区が閉鎖された場所だからか侵入者など来る余地も無いと思っているのだろうか。
周囲を警備する者は誰も居らず、すんなりと潜入できた。
施設内の一階は通路以外の電灯は全て落とされ暗く、物音すらない。
目立つことなく入れたのは有難い、不用心に思えたが助かった。
施設内で時刻を確認すると夜10時を回っていた。
一般人なら寝静まる時間とはいえ、やけに静かだ。
研究施設の一階には兵士や実験体の訓練場があったはず。
見回り位居る覚悟はあったのだが、誰も居ないのは不自然に感じた。
いや、ここに来るまで一人として富裕層地区の人間を見ていない。
何か非常事態でも起きているのか。
それとも俺が思っている以上に富裕層地区も人口が減ってしまったのだろうか。
違和感を感じながらも二階へと進むと今度は機械の音が騒々しく聞こえた。
随分と巨大な物を稼働させているのか。俺がここに居た頃には聞いたことの無い音に寒気がする。
昔と変わっていなければ実験などで利用される人達が監禁される場所はこの階の突き当りにある。
カシャカシャとやけに耳に残る駆動音が聞こえてくる。
大きなバケツみたいな形をした機械は丸くチカチカと光る瞳で俺らを捉えると全速力でこちらに向かって来る。
足部は車輪がついていて腕は蛇のようにくねくねと動いていた。
ロボットか?自立している物は初めて見た。
『侵入者ヲ発見。タダチニ排除』
「ちょっと待てって…!」
機械音声で告げると容赦なく目から光の熱線が風祭先輩に向かって放たれる。
人の言語を発するが会話は通じなさそうだ。
先輩が避けた熱線は壁に当たり金属製の壁を溶かしていた。
本当に戦争を起こす気ならば重要施設であるここに見張りがない訳ないか。
「壊すしかないですね」
躊躇している時間はない。俺はすぐさまパレットから剣を取り出す。
大半の荷物はアルトーナさん宅に置いてきたままだが、全員分のパレットが敵に回収されず、貧困層地区の子供達の手にあったのは救いであった。
弾丸みたいに次々と放たれる光線を避け、ロボットの頭部を一撃斬りつけると白煙を上げながら倒れ込んだ。
案外脆いな。光線自体は脅威だが避ければ問題ない。
先を急ごうと二人に目配せする。
『伝達、速報。侵入者凶暴。増援ヲ要請』
身動き一つしなかったロボットだったが、警報のサイレンみたいな音と共に発言する。
目立つ行動は控えたいのに増援など呼ばれたら困る、そう思い本格的に壊そうと剣を振り上げる。
しかし、遠くから多くの機械音、いや先ほども聞いた足音がどんどんと大きな音に変わってくる。
全員が嫌な予感を察しながらも横たわっているロボットが現れた先を見た。
「逃げるぞ!」
同じ型のロボットが通路目いっぱいの大群で押し寄せてきた。
一台一台は怖くないがあんなに多くを一度に相手にするのは面倒だ。
「こっちです!」
来た道を引き返し、入り組んでいる通路を縫うように逃げ回るがロボット達は苦も無く食らいついてくる。
体力勝負ではこちらが不利だ。もはや穏便に済ますのは不可能。
後戻りをし、出直す時間もない。
何でもいい、このロボット達を撒くか動きを止めなくては。
「飛山、鴻!電線を破壊してくれ!」
急ブレーキをした風祭先輩が指定したのは壁を伝う電線だ。
意図を尋ねるよりも先に先輩は天井にあるスプリンクラーに繋がっているパイプを自慢の剛腕で叩き斬っていた。
斬り口から勢いよく水が溢れ出す。そこで風祭先輩の意図を理解する。
俺達二人も電線を斬ると、線は床に溜まった水へと落下しパチパチと電流を放った。
下手したら俺達も巻き添えを食うのではないか。
急いで俺達は走り去ろうとするが、風祭先輩は動かず大剣を構える。
そしてその場で大きく薙ぎ払うと剣圧から突風が生まれ、電流を含んだ水はロボット達の方向へ吹き飛んで行く。
電気を含んだ水に当たったロボット達は次々と感電し、焦げた臭いを放ちながら機能を停止させた。
狭い空間でまとまっていてくれたおかげで一気に片が付いた。
「相変わらず馬鹿力ですね」
言葉に棘はあるが、鴻は安堵していた。こんな力技普通は一人で出来ない。
アルフィード学園の力自慢と言えば体格や腕力からも加地先輩を想像しがちだけれど、風祭先輩も相当だ。
長身ではあるが細身な先輩のどこにそんな力が秘められているのか疑いたくなるが、身体の使い方が上手いのだろう。
全身を駆使して力を籠め強力な一撃を生み出すことに長けている。
その点は天沢にも通じる所があるが、彼女は人並み外れた反射神経と身体の柔軟さから繰り出す瞬発力のある素早い戦いが得意だ。
彼女はここぞという時にしか強大な一撃を放たないが、風祭先輩はそれを涼しい顔で連発するから馬鹿力であり体力馬鹿なのだ。
風祭先輩は決して頭の悪い人だとは思わないが、どうにも使い方が強引だ。
豪快で見応えはあるのでデジタルフロンティアや模擬試合で見れば爽快だが、実戦では時に冷や冷やする。
「また増援が来たらたまったもんじゃない、急ごう」
これだけの騒ぎになれば誰かしら人間が駆けつけてくるだろう。
遠回りになったが、目的のフロアまではもうすぐだ。
大急ぎで監禁部屋まで辿り着くが、そこは昔と変わらず電子扉にはパスコードが掛けられていた。
肝心の解錠キーが分からない。
本当はもっと落ち着いて調べるつもりではあったのだけど、そんな時間は無くなってしまった。
「飛山知らないのか?」
「知りませんよ。第一知ってても変わってるに決まってるじゃないですか」
錠前のタイプで開けるものなら鍵を探せば済むのだが、数字を入力するタイプでは形として存在している可能性は低い。
それにどこかに鍵があろうが探している時間的余裕が無いし、ハッキングしてこじ開けるような技術も残念だが持ち合わせていない。
どうしたものかと数字キーの前で考え込む。
「これ旧式ですね」
キーボードをまじまじと見ていた鴻が呟く。
「お、どうにかできそう?」
期待を込めて風祭先輩が鴻に寄る。
「僕の知る物と同型であれば壊し方は分かります」
「違うと?」
「さあ。警報が鳴るか解錠不能になるか、とにかく面倒なことになるのは間違いないですね」
「同型だったら?」
「機械がエラーを起こして強制解錠されます」
「よし、試そう!」
おいおい、本気かよ!
俺が冷静になろうと割り込みたかったが、鴻は風祭先輩のGOサインに間髪入れず応えた。
鴻は受け答えの間一度たりとも風祭先輩を見ずキーボードを眺めていた。
恐らく会話しながらも壊し方とやらを思い出していたのだろう。
迷うことなく指を滑らせ数字を次々と打ち込んでいく。
仕方ない、鴻を信じるしかない。
暗記するには苦労を強いられる20を超える数が打ちこまれた後に鳴き声のようなキュルルルという高い音が鳴る。
そして光を帯びていたキーボードや扉が暗くなる。機械の電源が落ちたみたいだ。
「こんなところで麻子の悪知恵が役立つとはな」
悪態をつくように小声で呟いた鴻は「これで開く筈です」と付け加えた。
鴻の言葉を信じ、風祭先輩は扉に触れる。
自動で動作するであろう扉は何も反応を示さなかった。
だが手動で横に引けば、いとも簡単に扉は開かれた。
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