再会の約束ー7


  時間を空けずに、立ち止まる事なく進んでしまう。

 これが本当に最善の選択なのだろうか。いや、最善である必要はない。二人にとって幸せな道なのか。それだけが不安だった。

 俺には二人の選択を否定するだけの知識はなく、肯定できるような割り切れる大人でもない。


  千沙と美奈子さんは出発の準備をするべく道場を後にし、二人の姿を見送ると晃司さんは大の字に倒れ込んだ。  

 体調が悪化したのかと思い慌てて傍に寄れば、晃司さんはやり切ったと言わんばかりの顔を浮かべていた。

「…本当にいいんですか?今ならまだ間に合いますよ」

「んだよ、お前まで。いいんだよ、これで。遅かれ早かれあいつはここを出て行くって言い出すとは思ってたしな」

「それでも、このまま軍に行けば千沙は幸せにはならないんですよね?」

「そうだな。母親に会えても幸せにはならねぇだろうな」

「だったら…!」

「どんなに辛かろうが真実を知りたい気持ちや愛する人に会いたいって気持ちは理屈じゃどうにもならない。お前も大人になれば分かるかもな」

 晃司さんは誤魔化すように俺の頭を撫でまわす。

「お前は勘がいいから気づいたかもしれねぇけど、軍が強引に千沙を奪いに来ようもんなら今の俺じゃ千沙を守りきれない。美奈子がここに来た時点で居場所が割れたってことだしな。千沙が行かないと決断しようが逃亡生活になる。それも長くは持たない。となれば、実はこれが最善策だったのかもしれねぇわ」

「視力、ですよね」

 抱いていた違和感をぶつけてみると晃司さんは力なく笑った。

「勘がいいな。さすが医者の息子」

「距離感が掴めないから力加減が図れない。見えづらいから反応が遅れる」

「お前は観察眼もあるな。鍛えりゃ戦略次第で千沙に勝てるだろうな」

「戦略がなければ俺は千沙にはずっと勝てないんですか…?」

  俺達二人の師匠である晃司さんに断言されてしまうと自信を失くしてしまう。

 今はまだ不可能でも俺だっていつかは二人に勝ちたいとは思う。

「まだ子供だからか精神が不安定過ぎる。けど戦闘センスにおいては天才だよ。本来相手の攻撃に対応しきるには技術、筋力、経験の差で決まる。千沙は未熟な部分や対応しきれない部分を本能で補ってくる、まあ直感だよな。それが凡人とは違う」

  たしかに千沙の試合における行動は考え、相手の動きを予測し行動に移す。というよりは反射的に動いている印象が強い。すぐさま"相手がこう来る"と判断している分、迷いがない。

 今までの試合経験や相手の癖や性格から数ある行動予測の選択肢を選ぶのではなく、瞬時にひとつだけを思い描けてしまう。そしてそのひとつにおける失敗が少ない。これに経験が足されれば精度は上がり、限りなく失敗せず、自分に有利な試合運びが可能となる。

「瞬発力がズバ抜けてる。それは喉から手が出るほど欲しい奴がわんさかいる、それをあいつは持ってるからな。佳祐、お前とは反対だ。お前は頭が良いし、見る目がある。それだって立派な才能だ。相手をよく見て、最善の一手を導き出して勝てばいいんだよ。たくさん学べ、お前も俺より強くなれるさ」 


       

  道場を出て家の玄関先に向かえばちょうど千沙が支度を終えて発つところだった。

 家の前に止まっていた見慣れない車に美奈子さんは先に乗った。車は一般車とは違い特殊な装甲が施されている。千沙が本当に軍に行ってしまうんだと再認識した。

「佳祐君。ごめんね、私のことに巻き込んじゃって」

「いや、俺は平気だけど…千沙は大丈夫?」

「…一人で不安じゃないかって言われたら嘘になるかな。私一人でここ出るの初めてだし。晃ちゃんがあそこまで怒る場所に私は行こうとしてるんだもんね。気を引き締めて頑張るよ!」

 まだ瞳に涙の跡が残っているものの、千沙は笑って答えた。 

「そうか。俺は直接力になってあげられないけど、応援してるよ」

「ありがとう。私、佳祐君には助けてもらってばかりだったね。佳祐君が困ったことあったら絶対力になるからね!」

「俺のほうが千沙には世話になりっぱなしだった気がするけど…ありがとう、俺も千沙が困った時に助けられるようにもっと強くなるよ」

「じゃあ約束だね」

  千沙が小指を立てていた。小指と小指を絡めて指切りをした。

 どこかの本で読んだ。約束を必ず守る印として互いの小指を曲げ掛け合う誓いのような物だそうだ。


 ずっと笑顔を作っていた千沙は名残惜しそうに道場を見た。

「……晃ちゃんは来てくれない、よね。散々怒らせちゃったし。それともまだ痛むのかな…」

 道場を出る前に千沙の見送りに行かないのか?と聞いたら、行かないと言われた挙句、視力のことは言うなときつく注意づけられた。

「晃司さんはちょっと急用で…顔出せないみたい…」 

 咄嗟に上手い嘘が浮かばず言葉を濁していると車のクラクションが鳴った。

「それじゃあ、行くね」

  千沙は重い足取りで車へと乗り込んだ。これで本当にお別れだ。

 車の扉が閉まり、窓越しに千沙が泣きそうなのが見えた。

  会いたがっていた母親にやっと会える。

 念願とはいえ一人が苦手と言った少女が見知らぬ土地に頼る相手なしに向かうんだ。心細く不安に決まっている。 

 でも何を言ったらいいか、彼女を勇気づける気の利いた言葉が思いつかない。

  俺が悩んでいる間にも車は緩やかに動き出してしまう。

 待ってくれと思わず呼び止めたくなるが、それは彼女の決意を踏みにじることになる。

 必死に考えて俺は自分の首に下げている物を取り外した。

「千沙ー!」

  今まで出したこともない大声を出したら千沙は車の窓から身を乗り出してこちらを見た。

 その姿を確認すると取り外した首飾りを千沙に向かって思い切り投げる。

 首飾りについている水晶がキラキラと光を反射しながら弧を描き千沙の手中に無事収まった。

「離れても一人じゃない!」

「っ…ありがとー!!」

  あの首飾りは幼少の頃に母がくれたお守りだ。

 俺を守ってもらえるようにと貰った物だったが、今度は俺じゃなくて千沙を守ってくれるように。  

 どうか晃司さんが傍に居てやれない分、代わりに守ってください。

 

   最後には堪えきれず涙を零していた千沙。

  この先、彼女の未来に笑顔が多く溢れればいい。そう願う。

  そして、大切な人を護れる強さを必ず手にしてみせる。そう誓った。

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