カルツソッド戦争
荒廃した国-1
「ははは…何処ここ?」
意識が戻ると手首を縄で拘束されており、視界の先は2m程の柵に阻まれていた。
左右、背後、天地は窓一つない土壁に囲まれている。これは捕まっていると言っていいだろう。
自分が投獄されるような行為をした覚えはない。
そもそも俺は学園の課外授業でエルフ達が住まうティオールの里に居た。
里に辿り着く前から事件が発生していたり、同級生が魔法を使えたり、翌晩には里が火災にみまわれる。
随分と衝撃的で濃い二日間だったと言えるが、問題は火に囲まれていた所からの記憶が無い。
一体どうしてここに居るか見当がつかない。火災の犯人だと里のエルフに誤解でもされているのだろうか。
いやはや、急展開過ぎて乾いた笑いが零れる。
「ようやくお目覚めですか。呑気なものです」
同じように手の自由を制限されている後輩の鴻はため息まじりに憎まれ愚痴を叩く。
「雅貴君。ここはどこだい?」
「分かったら苦労しませんよ。目が覚めたら突然牢屋だったんですから」
そりゃそうだ。行動を共にしていた俺もそうなのだから同じに決まっているか。
参った。情報がなさすぎる。
牢を見張る看守も居ないし、外の様子を窺う術もない。
冗談じゃない、課外授業で捕まるなんて聞いたことないぞ。
俺達が何したっていうんだよ。
「……ここは恐らくカルツソッドだと思います」
俯いて黙り込んでいた飛山が口を開いた。
「カルツソッド?おいおい、鎖国状態の国にどうやって俺達は入ったんだよ」
カルツソッドはアルセアの海を挟んで南に位置する国だ。
もう長い間他国とは交流を持たず、国土に足を踏み入れるだけで敵と見なされ攻撃されると聞いたことがある。
そんな物騒な国にどうして俺達が居る。
だが飛山を見るに冗談を言っている様子でもない。
「魔法で連れてこられたんだと」
「魔法?エルフが俺達を連行したっていうのかよ」
「いえ、連れてきたのは昨夜ティオールを襲ったカルツソッドの人間です」
ああ、そうだ。突如燃え広がった火に驚きつつも俺達は住民の避難を促したんだ。
するとエルフ達は魔法で鎮火するから問題ないと言い切った。
魔法が使える彼らなら多くの水を呼び出し火を消すことは造作もないだろう。
俺達もそれを信じ詠唱する姿を見守っていた。
ところが皆が次第に苦しみはじめ、立っていられないのかその場に蹲っていく。
状況が理解できないまま、どこからか現れたフードの男がいくつも銃弾を放ってきた。
頑丈な大きいシャボン玉のような銃弾を当てられたエルフ達は光の粒子となって消え去っていく。
すぐにフードの男と交戦になったが、鴻も俺も順に同じように銃弾を当てられた。
意識がなくなったのはそこからだ。飛んでいた記憶が戻って来る。
しかし飛山はどこでカルツソッドだと判断したんだ。
俺が見た限り、この牢屋は殺風景で特徴的な構造をしていないし、フードの男をカルツソッド人だと判断する要素はどこにもなかった。
だが、飛山にはこの場所と男に心当たりがあるのだろう。
「飛山の知り合いか?」
「…ええ、まだ確証は得られてませんけど…俺の知る人だと思います」
先ほどから飛山にしては歯切れが悪い喋り方だ。これは何か訳アリそうだ。
今ここで深く追求しても仕方がない。まずは自分達の自由の確保が優先か。
「そうかー。で、ここがカルツソッドだとしてどうしたもんか。このまま監禁って訳でもないだろ。抜け出すか」
「抜け出す方法があるんですか?」
「さあ。今のところなさそうだな」
「…風祭先輩に期待した僕が馬鹿でした」
「けどここを出なきゃ何も始まらないだろ。佳祐達が居ないのも気になるけど、とにかく情報を集めたい…俺達が生きてるってことはティオールのエルフ達も生きてる。助け出してやらないとな」
「こんな見知らぬ土地でおまけに敵陣なんですよ?無謀です。まずは脱出して救援を求めるのが先決では」
「おやおや雅貴君、御待望の実践だぜ。ビビってんの?」
「ビビってなんかいません!」
相変わらず威勢のいいお坊ちゃまだ。
飛山に覇気がないのは気になるが、じっとしてる訳にもいかないか。
「隊長が居ない以上、二人には副隊長の俺の指示に従ってもらおうか。まずはここから出るぞ」
「大変大変!誰かいないのー?大変なんだけど!」
わざとらしく大声を上げて叫べばようやく奥から看守らしき少年が一人やって来た。
看守は俺達よりも幼く見える。
こんな子供にまで働かせるとはカルツソッドは人手不足なのだろうか。
「どうしたんだ、騒がしいな」
「後輩がお腹が痛いって言い出して苦しそうなんだ!ちょっと様子見てやってよ」
「仮病じゃないだろうな」
「仮病なもんか。あんなにも辛そうだろ!」
「あーもう死んでしまう」
鴻のあまりの棒読みな演技に俺は顔が引き攣りそうだった。
二人が揉めるもんだから仮病役をじゃんけんで決めさせたのはまずかったか。
看守も真偽を疑う目で奥に居る鴻を檻越しに見下ろしている。
続いては俺達二人の顔色を窺う。
悪意がないことをアピールするべく必死に笑みを張りつける。
鴻は追い打ちのつもりか呻いているが、残念ながらあまり痛そうに聞こえない。
もういい、鴻。喋るな、黙ってろ。
心で念じているとようやく看守が動き出した。
「……その場から動くなよ」
予め看守に表情を見せなければ大丈夫だと助言したのが功を制したのか看守は牢の鍵を開け、蹲る鴻に近づく。
飛山はそっと背後に周り同時に看守を殴りつける。
気を失った看守から鍵の束を奪い、辺りを警戒しながら脱獄する。
他にも牢屋はあったが俺達以外に誰も捕らわれてはおらず、看守も気絶させた一人だけだったようだ。
「お前演技下手過ぎだろ」
「だったら君がすればよかっただろう!」
「絶対嫌だ。俺は嘘をつくのが好きじゃない」
「この場合は仕方ないだろ、君と言う男はどうして協調性に欠ける言葉が多いんだ」
「お前がそれ言うか」
協調性がないのはどっちもどっちだが、鴻と口喧嘩できるくらいには飛山が持ち直してくれたのは助かる。
ここから先は全員で力を出し合わなければならないのだから。
「なんだよ…これ」
近くの階段を昇ると扉も何もなく、すぐに地上へ出られた。
けれどそこは俺達が知る地上とはかけ離れていた。
民家や施設の人工物も川や木々などの自然も一切無い。
荒れ果てた大地に壊れた建築物や機械の廃棄物が散乱しているだけだった。
出歩く人も動物の姿も全くない、まるで世界の終わりを見たかのような気分だった。ここが現実なのかと疑いたくなる。
蔓延る淀んだ空気は呼吸するだけで気分が悪くなりそうだ。
厚い雲に覆われ太陽の光が届かない。今が薄暗い景色で昼か夜かも分からない。
「…ここはカルツソッドの貧困層地区です」
「貧困層地区?こんな場所に人が住んでいるのか!?信じられない、まるでゴミ溜め場だ」
鴻の言葉はあんまりだが、それだけ俺達が知る常識とはかけ離れた場所であることに間違いはない。
確かにここに長く滞在すれば身体を壊しそうだ。
見渡す限り人が住んでる様子は見られない。
靄ががっているせいで遠くが見えないが荒んだ場所がこの狭い一帯だけではなくまだまだ広がっていそうだ。
この状況を国が認可しているのか。カルツソッドのお偉いさん方の神経が恐ろしい。
「地区っていうなら他にも地区があるんだろ?それはどこだ?」
歩を進める飛山に付いて行くとすぐ先に崖があり、その崖下の奥に巨大な施設が見えた。
異物の侵入を拒むような高い壁が周囲を囲み、ドーム状の天井に包まれている。
大きなシェルターなのだろうか。
汚れた空気の中に浮かび上がるように見えるシルエットは温かな救いの地ではなく冷酷で閉ざされた地に見えた。
「あれが限られた人間しか立ち入ることを許されない富裕層地区です。腐り切った大気を遮断する為に作られ、中は人工の清浄な空気で満たされ、不自由ない生活を送れる居住地になっています」
貧困か富裕かなんて物差しで人を図ってる時点で好感が持てない国ではあるが、国民をないがしろにするなんてトップが相当いかれているとしか思えない。
「自然を食い物にした結果がこれだ…もうカルツソッドで青空が見られる日なんてこないだろうな」
遠くを見つめる飛山からはいつもの勢いがまるで感じられなかった。
しかし今はカルツソッドの国情について議論している場合ではない。
一刻も早く脱出するか、外と連絡が取りたい。
「近くに電話とか外と連絡できる物はないのか?」
俺達は私物を全て奪われていた。
先ほどの牢屋でも見つからなかった以上、どこかで落としたか別の場所にあるか。
とにかく俺達の手持ちには武器もなければ携帯端末も無い。
「残念ですけど、国の動力は全て富裕層地区に集約されています。あそこ以外は荒廃とした地が広がっているだけです」
「海岸まで出て自力で脱出は?」
「不可能でしょうね。富裕層地区を越えた先が海と繋がってはいますが、乗り物は全て建物の中。他の海沿いまで出るなら迷路になってる鉱山地帯を抜ける形になりますが、遭難するのが分かり切っています。仮に辿り着いてもカルツソッドには港がなければ船や飛行船の類もありません。生活機能が果たせているのは富裕層地区のみですから」
「結局助かりたきゃあの敵陣に乗り込むしかないってことか」
頼る道具や人物もなければ食い物もない。
のんびりとしている時間はなさそうだ。
「ちょっと待ってください!僕達丸腰なんですよ!?それなのに敵陣に潜り込んで助かるわけないじゃないですか」
鴻の言い分も分かるが、この状況で充分な物資は宛てに出来ない。
まだ情報が足りないが飛山が知る限りの情報を話してもらって作戦を立てるか。
あとは使えそうな物を探してみるとしてだ。
そう考え込んでいると辺りに人の気配を感じた。
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