再会の約束ー1
列車と馬車を乗り継いで一日近くかけてやってきたのはビルのような背の高い建物が一切ない視界の開けた田舎だ。
自分が住んでいる場所も都会とは言い難い港町ではあるが、小さな村の出入り口に馬車から降り立つと絵本の世界にでも迷い込んでしまったような気分になる。
村の周囲には小麦畑、小屋の横で水車が回り、煉瓦作りの家屋や煙突のある風景。
今や世界の技術は急成長を遂げていて身近に機械が当たり前に溢れている。
しかしここはそんな時代の波からは置いて行かれたような、はたまた伝統を重んじる村なのだろうか。
最新技術はおろか、一昔前の機械すら見当たりそうにもなかった。
ふと嫌な予感がして自分の携帯端末を確認したが電波は通じていた。
…さすがにそこまで時代に取り残されてはいないか。
そのまま予め貰っていた地図を携帯端末を操作して呼び出す。
画面から地図が立体化して現れると自分の現在地と目的地が点滅していた。
どうやら村を通り抜けて少し離れた丘の上に目的地はあるようだ。
夕刻を回ったせいか家々から美味しそうな料理の匂いが溢れている。
時折すれ違う村人達は俺を物珍しそうに見てきた。
服装が違うせいか俺がよそ者だということが一目瞭然だからだろう。
村人達は麻の布を使ったシャツやズボン、女性はエプロンドレス姿が多かった。
どの服にも細かい刺繍が施されているあたり、この村独自の民族衣装かもしれない。
村の中には川が流れており、水車の規則正しい音が穏やかな印象を与えてくる。
ますます自分が普段暮らしている町とは別世界のような気がしてくる。
俺の住む港町は人口は少ないが人の出入りが激しく様々な異文化が共存する町だ。
ここは山と自然にに囲まれ独自の文化のみで生きてきた、いわば正反対の場所。
見慣れぬ土地や景色に緊張していたものの段々と好奇心も湧いてきた。
ゆっくりと村を探索したい気持ちを抑え、目的地へと向かうべく村を通り抜ける。
村を出ると驚いたことに先へ続く道はあるものの外灯は一切なく、暗くなりつつある空に少し不安を覚える。これは急いだほうが良さそうだな。
急ぎ足で緩やかな斜面を歩き始める。
やがて道の先に大きな煉瓦作りの塀が見えてきた。
この敷地の中にある家が目的地のはずだ。
少しの安堵も束の間。大きな鳴き声を上げながら丸みを帯びた白い鳥が塀を飛び越えてきた。
しかしその鳥は翼を必死にばたつかせるも全く飛べていない。
「危ない!」
塀の高さはゆうに2m以上はありそうでこのままでは落下すれば間違いなく怪我をする。
鞄を放り出して慌てて駆け出す。
滑り込みで手を伸ばし倒れ込むようにして鳥を受け止める。
「何で飛べないのに塀を飛び降りたんだよ」
手の中で間抜けな顔をして俺を見ている鶏を恨みがましく睨み返す。
「お前ここの家の鶏か?」
言葉が通じる訳がないのだが、挙動不審に顔を動かす鶏は一鳴きした。
「待てー!」
鶏を放し、座り込むと今度は女の子の声がした。と同時に塀の向こうからは木の板を思い切り踏みつける音が響いてきた。
嫌な確信を持ちつつ空を見上げれば今度は飛べるわけない人間が俺目掛けて落ちてきた。
「えっ!?わあああああ!!」
お互い視線が合うと女の子は困惑の悲鳴を上げた。
俺は立ち上がることも出来ずに後退り、衝突を恐れて目を閉じた。
振動が体を確かに伝ったのに痛みが訪れないので目を開けるとすぐ前で女の子は上半身をふらつかせていた。
どうやら俺に当たらないように脚を広げて着地したようだ。
「ひゃあああああっ!!」
女の子は踏ん張っていたがバランスは取り戻せず、そのまま俺の上に被さる形で倒れ込んできた。
「ごめんなさい!怪我してないですか!?」
「…あ、ああ」
「本当に?頭打ったりしてない?」
「してない」
必死に心配してくれるのが分かるが顔が近くてつい無愛想な対応になってしまう。
間近で見る少女の顔は愛らしくて、栗色の大きな瞳は透き通っていて吸い込まれそうになった。
自分より柔らかく温かい身体が密着していることが妙に気恥ずかしくて顔が熱くなっているのが分かる。
「いいから…早く退いてくれ」
「あ!そ、そうだね。ごめんなさい」
そそくさと横にずれて申し訳なさそう俯いている姿を不覚にも可愛いと思ってしまった。
「本当にごめんなさい。まさか人が居るなんて思わなくて…」
「もういいって。怪我もしてないし」
倒れ込んできた重みが少し痛かったものの当初予想していた痛みに比べれば遥かに軽いものだ。
この子の運動神経に感謝せねばならない。
「それより、こいつを追ってきたんだろ?」
今の間に逃げればいいものを横でぼけっと座り込んでいる鶏を持ち上げる。
「そうそう!もう塀は越えちゃいけないって何回も言ってるのに!」
何度言おうが鶏相手じゃ理解してもらえないだろうがな。
手渡された鶏に向かって真剣に怒っているところがまだまだ子供らしい。
「そういえばこんな時間にどうしてここに?うちに何か御用?」
「俺今日からしばらくお世話になるはずなんだけど…」
「へ?そうなの?」
おいおい冗談じゃない。
長い時間かけてここまで来たのに話が通っていないなど笑えない。
今日中に帰る手段はもうないし、頼る当てなんてこの村にない。
「うーん、晃ちゃんいい加減だからな…ひとまず家に行こう!」
駆け足で鳥小屋へと向かう少女の後ろをはぐれないよう付いていく。
塀の中には鳥小屋や物置小屋などがあったが敷地の半分は二階建ての家であった。
二階部分はあまり大きくなく一階の面積が広い印象で、大きな平屋に二階建て部分がちょこんと乗ってるみたいだった。
少女は鶏を群れの中に帰してやるとそのまま足早に玄関へ向かい、扉を開けて招いてくれた。
促されるまま玄関へと入ると少女は丁寧に自分の脱いだ靴を揃え奥へと進んで行った。
ここは家の中で靴を脱ぐのか。
またしても普段との環境の違いにぶつかる。
俺の住んでいる町は基本室内であろうが靴を脱がない。
家の中で靴を脱ぐ習慣があるという話は聞いたことはあるが実際に目の当たりにしたのは初めてだった。
俺も少女に倣って靴を脱ぎ、揃える。
「晃ちゃーん、お客さまが来てるよー」
「あ?客?誰だよ」
「えっと…お名前聞いてなかった」
「お前は本当馬鹿だな、不審者を歓迎したのか?」
「もう!すぐ馬鹿にするんだから!フシンシャじゃなくて男の子だもん」
お邪魔しますと玄関口で告げるが誰にも聞こえていないだろう。
会話は少し遠くから聞こえる。
上がったもののこれ以上進んでいいのか迷いその場で立ち尽くす。
「で、そいつはどこに居るんだよ」
「上がってもらったから玄関に居るはずだけど」
「おーい!こっち来ていいぞー!」
男性の一際大きな声が響いてきて、恐らく自分が呼ばれていると分かるが何だか行きたくない。
渋っていると廊下の向こうから顔をひょっこりと出した少女が手招いた。
俺は来る家を間違えたのではないかと不安になりつつ少女達が居る部屋へと足を踏み入れる。
「おう、よく来たな。もう少しで飯できるから座って待っとけ」
荒っぽい口調に似つかわしくない、ひよこ柄のエプロンを着けた男が菜箸で食卓を指した。
呆気にとられて何も言えなかったが一応は俺が来るという話は通ってるいるようだ。
本当に俺が預けられたのがこの家なのかと未だに疑いたくなるが。
畳が敷かれた上には丸い茶色のテーブルがあり、その上には出来上がって間もないであろう料理が並んでいた。
少女が俺の前方で座布団を置き、ポンポンと座布団を軽く叩いて「どうぞ」と手を指し、満面の笑顔を浮かべている。
俺に関してろくな説明も受けていない様子だったのに何故そこまで歓迎ムードを出せるんだ。
荷物を近くに下ろし、そろりと座ると満足したのか少女は男の手伝いをするべく隣接されている台所へと向かった。
親子…ではなさそうだが20は歳が離れていそうな二人をぼんやりと眺める。
歳の離れた兄妹なのだろうか。
母さんは何を考えているのだろう。
自分の友人である天沢晃司という人の所に一ヶ月預かってもらうことになったと伝えられただけの俺には、この家にお世話になる理由がいまいち理解できなかった。
テーブルには大家族の食事の如き量の料理が並び圧倒される。
他にも家の者が居る筈だと辺りを窺うが俺達以外の人の気配は無く、準備されていくご飯が盛られた茶碗は三人分。ひとつは丼サイズの茶碗だ。
まさかたった三人でこの量を食う気なのか?
俺は男の割に食は細いので目の前の光景だけで胸焼けがしそうな気がした。
更に追い打ちを掛けるように空いていたテーブルの中央に山みたいに盛られたから揚げの大皿がやってきた。
全ての支度を終えたのか各自の席に二人共腰を下ろす。
パッと見る限り二人共細身だ。これだけの食事平らげられるわけがない。
それとも胃が異常なのだろうか…。
「うっし。じゃあ食うか!」
「待ってよ!私何も聞いてない!」
「何が?」
「お客さまが来るなんて聞いてません」
「細かいこと気にすんなよ、俺特製の飯が冷めちまう」
言うや否や男はから揚げを一口で頬張る。
「あーもう!晃ちゃんはどうしてそう自分勝手なの!」
「うっへーな。ここは俺の家だ。すなわち俺がルール。俺がいいと言えばいいんだよ」
「そうは言ってもお客さまのお部屋の準備とか何もしてないよ?」
「言っとくがそいつは客じゃねえ。今日から俺の弟子だ」
「え!?」
思わず俺が声を出して驚いてしまう。
今"弟子"と言ったか、この人は。そんな話は聞いていない。
俺はこの人が誰かもいまいち分かっていないというのに。
晃司さんは尚も食べる手を休めることなく話を続ける。
「なんだよ。お前レイから何も聞いてねえのか?」
レイとは俺の母の愛称だ。
親しく呼び合うくらいだ、間違いなく友人なのだろうけど。
何で母さんも俺の知らない所で話を進めておくんだ。
「俺は母の友人の家に夏休みの間、世話になるようにしか聞いてない」
「ふーん。お前さ、強くなりたいんだってな?」
俺は生まれつき身体が弱く病気がちだ。
そのせいか同年代に比べ痩せているし力も弱い。
おかげで何度となく悔しい思いをしてきた。
強くなりたい。誰にも負けない力、両親に迷惑を掛けないような強さが欲しい。
それは兼ねてからの願望であった。
勉強は一人でもできたし、幸い寝込んでいる時間をいくらでも費やせ、学力だけは周りから群を抜いて身に着けた。
それでも肉体的強さだけは一人ではどうにもできなかった。
父が医者であり、さらには懸命な看護のおかげで病気がちな状態は歳を重ねる事に良くなっていたが、それでも身体作りがうまくいかずに悩んでいた。
体力をつけることは一人でできようが、技術だけは独学では思った成果は得られないでいた。
俺が欲しいのはただの健康な身体ではない。
屈強な奴が襲いかかってきても退けられるような強い力だ。
誰かに武道の教えを乞うしかない。
だけど、どこの道場や師を尋ねても俺の病弱な身体を知ると皆に断られた。
もしかして目の前の男は俺に武道を教えてくれるのだろうか?
「はい!」
期待が込もったからか今まで一番大きな声が出た。
すると晃司さんは満足そうな笑みを浮かべた。
「よし、じゃあまず食え!強くなるのは食うことから始まるんだよ」
「…いたただきます」
一瞬、眼前の食事の量に改めて躊躇したが意を決して食べ始める。
少女もため息をつくと詮索を諦めたのか、丁寧にいただきますと礼をして食べ始めた。
晃司さんの食べる速度は速く、また量も多かった。
食卓に並んであった料理の七割以上を一人で平らげてしまった。
少女は二割近くを食べたわけだが、それだって成人女性が食べる量はゆうに超えているだろう。
俺は生まれて初めて腹いっぱい以上に料理を入れた気持ちだが、あくまで子供が沢山食べた位の範疇だ。
強さが食べる量で決まるとは必ずしも言えないが、二人の体格を見るに食べる分だけの活動をしているのだろうと思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます