再会の約束ー2
「皿洗ったら道場集合な」
「はーい」
晃司さんは食べ終わるとさっさと部屋を出て行ってしまった。
少女は食器を台所に運び始めたので俺も食べすぎで苦しい体をなんとか立ち上がらせ、片付けを手伝う。
「いつもより食べる終わるの早かったから、きっと嬉しいんだなー」
「何が?」
「晃ちゃん、あなたのこと教えるのが楽しみなんだよ!あ、お名前まだ聞いてなかったね。私は千沙っていいます」
「俺は佳祐。よろしく」
千沙はこれまた丁寧にお辞儀をするので思わず同じようにこちらもお辞儀をする。
「佳祐君だね!これからよろしくね。晃ちゃん、料理作るのは好きなんだけどお皿洗いとかお掃除が嫌いなの。だからお掃除は全部私がやるんだよ」
腕まくりをして千沙は慣れた手つきで皿を洗い始める。
「これから道場に行くってことは稽古をするのか?」
「そうだよー」
「あれだけ食べたばかりなのに元気だな…」
「いっぱい食べて、動いて、お風呂入ってすぐ寝るのが最高だーって晃ちゃんは言ってた。私は小さい頃からこの生活だから慣れちゃった」
自分達の生活が変わっていると思っているのか少し恥ずかしそうに笑った。
俺は洗い終えた食器の水気拭きをし、お互い流れ作業をすればすぐに皿洗いは終わった。
そのまますぐに千沙は道場へと俺を案内すると着替えて来るからと居なくなってしまった。
道場の扉を開ければ、広い部屋いっぱいに畳が敷かれていた。この家屋の面積半分は道場だったのか。
そこで道着姿の晃司さんが型をしていた。動きは力強く、一切の無駄がなかった。
この姿を最初に見たならば弟子入りをこちらから志願したくなっていただろう。
空手を習うことになるのだろうか、そう思うとこれからの期待で胸が高鳴った。
一通り終えたのか礼をすると俺を見てニッと笑ってきた。
「お前もこれ覚えろよ。毎日朝と夜一回ずつはやることだな」
「はい!」
「実践はしばらく出来ると思うな。ひたすら基礎だ。型と筋トレ、それから素振りだな」
「素振り?」
「おう。ほらよ、それはお前にやるよ」
そう言って放り投げられたのは竹刀だった。
たしかに気になっていたのだ。
晃司さんの道着は袴だ。しかし先程は空手の型をしていた。まさか…両方するのか?
「うちは元々剣道一家だ。けど俺が教えんのは総合格闘技だ」
総合格闘技。剣と素手の戦い方を両方学ぶなんて考えたことのない選択肢に戸惑った。
「ひたすら強くなりてーっていう俺の我流を教えることになる。お前が格式あるやつがいいっていうなら天沢一刀流の剣技を教えることも出来る。ただ俺は型にハマんのは好きじゃねえけどな」
「それでおじいちゃんと散々喧嘩になったんでしょ?」
袴に着替えた千沙が入口で一礼して入ってきた。
「親父のことはいいだろ。ったく姉貴から聞いたこと一々覚えてんな。お前だって剣道極めてないだろうが」
「残念ながら私の師匠は晃ちゃんなので、こっちが慣れてるの。さて、今日こそ勝つんだから!」
「俺に勝つなんて100年早えーんだよ…お、そうだ。今日は剣道でやってやるよ」
「へ?」
「佳祐。今から俺と千沙で試合する。俺は天沢一刀流のみで戦って千沙は俺らが普段やってる何でもありな戦法で
千沙は試合に合わせて身体を解すように動かし、晃司さんは壁に掛かった自分の竹刀を取り出して感触を確かめるかのように素振りをする。
「久しぶりで大丈夫なの?」
「なめんな。こちとら剣道一筋で13年はやってたんだ。簡単に忘れっかよ」
そのまま晃司さんは両手で竹刀を握り相手に定めて構え、背筋をピンと伸ばした体勢に入る。
千沙も壁に掛かった竹刀を取り出して構えるが、こちらは片手で竹刀を握り、腰を落とした低い姿勢で竹刀の剣先は地面に向いていて腕は引いた体勢だ。
「俺達の試合はシンプルだ。反則やルールは一切無し。相手に致命傷を与える手前、王手をかけた時点で勝ちだ」
相対する二人の目つきは真剣そのものだ。
見た目だけで判断すれば当然、男性で大人な晃司さんが圧勝するのが目に見えている。
それなのに子供で女の子の千沙が凛とした佇まいで晃司さんに引けをとらない覇気を放っていて、もしかして勝ってしまうんじゃないかと思えてしまう。
試合を間近で見るのが初めてなうえに異種な戦いに、観戦するだけのはずが緊張と興奮で胸の高鳴りはより強くなった。
「始め!」
晃司さんが力強く試合開始の合図をした瞬間、まるで鉄砲玉のように千沙は晃司さん向かって飛び出した。
跳躍するといきなり晃司さんの頭目掛けて素早く竹刀を薙ぎ払う。
いきなり頭を狙うなど容赦ないなと俺は度胆を抜かれたが、晃司さんは微動だにせず竹刀で攻撃を受け止めていた。
竹刀と竹刀が当たる衝撃音の大きさだけでも怯んでしまいそうだ。
防がれることを読んでいたのか千沙は空いている左手の拳で追撃を行う。
拳での追撃はしゃがまれて避けられるが、攻撃は止まらず今度は捻った体の反動を利用して右足で蹴りを入れる。
蹴りは避けきれず晃司さんは竹刀を放した左の腕で千沙の蹴りを受けた。
素人目にも分かるほどに千沙の蹴りは大人並みの威力はあっただろう。
それでも晃司さんは試合が開始してから一度もふらつくことも一歩も動くこともなかった。
着地した千沙はすぐに後方に跳んで間合いをとった。
二人の動き、特に千沙の動きが早くて目で追うのが精一杯だ。
「相変わらず動きだけはすばしっこいな」
「うーん…蹴りは入ったと思ったんだけどな」
「悪いが経験値が違うんだよ。お前の動きなんか読めるっての」
「じゃあ、これはどう!」
続いては竹刀での高速な突き連撃だった。
どの箇所を攻撃しているか俺には全く分からなかったが、晃司さんには分かる様で竹刀で弾き返しているのだろう竹刀同士の独特な高い衝突音がいくつも鳴り響いた。
すると千沙は突きの体勢で晃司さんの横を通り抜け背後を取り、竹刀を両手で握り大きく振りかぶる。
そしてそのまま勢いよく振り下ろす。
「はああああっ!」
「甘いな!」
晃司さんは振り返りつつ竹刀で千沙の攻撃を受け止めるとそのまま鍔迫り合いになる。
純粋な力比べではやはり晃司さんのほうが強く、千沙は見る見る押されていく。
押し負けてしまうと思った矢先に千沙は晃司さんの足を足払いする。
すると晃司さんも不意をつかれたらしく体勢を崩す。
千沙は隙を逃さずもう一度竹刀を振り下ろして追撃する。
しゃがんだ状態だった晃司さんだったがすかさず竹刀で攻撃を受け止め再び鍔迫り合いになる。
「足掛けは剣道だったら反則だぞ!」
「私は何使ってもいいんでしょ…っ!」
そもそも最初から剣道のルールに則るならば千沙は反則だらけだ。
今度の鍔迫り合いは千沙が優勢に見える。
しかしそれも長くは続かず、渾身の力を出した晃司さんが千沙の竹刀を力尽くで払いのける。千沙は勢いでふらつき後退した。
僅かな隙に体勢を整えた晃司さんが素早く前進し目にも見えない速度で竹刀を振り切る。
防御出来ずにもろに攻撃を受けた千沙が衝撃で壁まで吹き飛んだ。
今更だが防具を一切着けずに試合をして平気だったのだろうか。
蹲ったままの千沙に不安を覚えて座って観戦していたが思わず立ち上がる。
二人は毎回負傷するのを覚悟でやっているのか…。
「まだまだ!」
決着がついたものだと思い込んでいたのだが、千沙は諦めておらず持ち前のスピードを維持したまま再び晃司さんに向かって飛び出した。
晃司さんは千沙が突進してくるのを予測していたのか深く息を吸い込むと待ち構えていた。
「天沢一刀流、
次の瞬間、俺は自分の眼を疑った。
二人の剣捌きが速すぎて竹刀が見えないことは何度もあったが、今は晃司さんの竹刀が歪んで見えたのだ。
そして歪んで見えた竹刀の剣筋は何度かの攻撃を仕掛けていたのだろう、その剣撃を千沙は食らい晃司さんの目の前で膝をついて体勢を崩していた。
千沙が顔を上げたと同時に晃司さんの竹刀の剣先は千沙の喉元に向けられた。
「今日も俺の勝ちだな」
「うー…!悔しいっ!」
晃司さんの満足げな勝利宣言を聞くと体を起こし千沙は悔しそうに叫んだ。
どうやら俺が心配した程には怪我を負っていないようだ。
それにしても二人は強い。
晃司さんのずば抜けた強さはもちろんだが、千沙だって相当だ。
確実に同年代と比べれば圧倒的な実力がある。
俺も…ここで修行すれば強くなれるだろうか。
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