交わる思惑ー6

  私は二人の返事を待たずに20階のフロアへ入るとすぐに真っ白な壁に阻まれる。

 ここは何の場所なのだろうか。先に進める箇所は扉がひとつだけ。

 情報保護の為だろう奥に入るにはカードをかざす必要があったが、その機械が壊されていた。


  恐る恐る入口から中を窺うと薄暗く機材や画面の明るさだけが照明だった。

 そこは巨大な通信室みたいで大きな機械が部屋をほぼ占領し、壁一面にはモニターがぎっしりと並んでいる。

  設備の担当軍人と思われる人達は皆眠っているようで全員意識が無かった。

 私が追いかけてきた白衣の男は最奥に居るフードの人に銃口を向け、互いに睨みあっていた。

「貴様、何をしようとしていた」

「お前には関係ない」

「ここには僕が開発したプログラムも多くある。それに手を出そうと言うんだ放ってはおけない」

「なら工藤とはお前のことか」

「そうだ。貴様も名乗ったらどうだ?」

「お前に名乗る名はない」

  フードの人は動き出し、工藤さんに襲い掛かろうとする。

 もちろん工藤さんは銃弾を放ったが狙いが定まっておらず簡単に避けられる。 

  工藤さんが実戦で強いとは思わない。私は咄嗟に武器を抜き、間に割り込み工藤さんを庇う。

「…あの時の人間か。また邪魔をする気か」 

  やはりこの人はティオールの里を襲った人と同一だ。瞳から強い意志を感じる。

 殴りかかって来た拳を受けた剣で弾き返すと、彼は距離を取った。

「どうしてアルセアを襲うんですか!?戦争なんかして何になるっていうの!?」

「俺は戦争に興味はない」

「…どういうこと?」

「恩人の望みが達成できればそれでいい」

「それが戦争に至ろうともですか?」

「戦争は無能共が勝手に始めたことだ。俺の目的は別にある」


  途端にモニター画面が一斉に全て真っ青になる。

 工藤さんは慌てて近くの機械を操作するが何も反応しない。

「終わったか」

「貴様、何をした!?」

「ゼロプログラム。システムの強制シャットダウンだ」

「馬鹿な!メインシステムにはパスワードが掛けれている!それも膨大な数だ!この短時間でありえない!…こんなことができるのはあいつくらい…まさか生きているのか!?」

「お前達のふざけた計画を阻止するのが博士の目的だ」

「ふざけるな!!どこまでも僕を侮辱しやがって…!絶対に許さないぞ!」

  取り乱した工藤さんは機械を乱暴に叩きつけた。

 いつもの温和さの中に含むおぞましさは消えてなくなり、まるで別人のように怒り狂っている。

 ゼロプログラムという物を作り出した人物は工藤さんにとってそれほどに憎い人なのだろうか。


  再び素早く距離を詰めたフードの人は両手に銃を持ち私と工藤さんそれぞれに銃口を向けた。

 しまった、工藤さんに気を取られて反応が遅れた。

「さあ、言え。お前の研究の在り処と旭さんの居場所を!」

  冷静だったフードの人が声を荒げた。あまりの気迫に工藤さんが怯んでいる。

 きっと研究の在り処とは有翼人計画かNWAのことだろう。だけど旭さんを求める理由はいったい…。

  私達が動けずにいると刃物が空を切った。

 入口方向から飛んで来たナイフがフードの人の肩に刺さる。

 刺し口から赤い血が滲む。肉体の箇所を的確に狙い打ったのだ。

  彼が痛みで顰める視線の先には軍服を着用していない男性が立っていた。

 一般の人間でそこまでの技術があるのか。それよりもどうして一般人がこんなところに。

「…っ」

  分が悪いと判断したのかフードの人は後退しながら私に向けていた"魔銃"の弾を詰め替えた。

 まずい、また逃げられてしまう。 

「根暗野郎に伝えな。人に頼まず自分で助けに来い!」

  ナイフを投げた男性はフードの人に向かって声を張り上げ言い放った。

 フードの人は魔銃を放つと光に包まれ姿を消してしまう。

 銃弾には魔法が込められており、自在に使いこなしていたのは特殊な銃、"魔銃"のお陰ではないかと推測されていた。今フード男の使ったのは転移魔法の類だろう。


  すると工藤博士は真っ先に私を捕まえ、こめかみに銃を突き付けてきた。 

 油断していた、私が警戒しなくてはいけないのはフードの人だけじゃなかったのに。

「今更何をしに来た!?」

「化けの皮剥がれてんぞ」

「黙れ!お前は御影が生きているのを知っていたのか?」

「知らねえよ、あんな男。生きてたならぶん殴りたいくらいだ」

「クソッ…どいつもこいつも僕を馬鹿にしやがって…絶対に許さない!!」

「お前のことなんかどうだっていい。うちの馬鹿弟子返してもらおうか」

「君は立場が分かっていないようだね?少しでも動けば僕は撃つぞ!」

  突き立てられた銃口から金属の冷たさが伝わる。

「無理だな、姉貴に似てる千沙をお前は撃てない。いい加減諦めろよ」

「僕は本気だ!あいつより僕が優れていると証明してみせる、そうすれば旭も笑って喜んでくれる!」

「ふざけんな!姉貴を笑えなくしたのはてめえだろ!」

「平気さ。僕の研究が成功すれば彼女は永遠の命と強大な魔力を手にする有翼人になれるのだから!」

「これ以上てめえの我儘に俺の家族を利用するな!」

  男性が怒りの叫びを上げると軍人達が現れた。


「動くな!」

「いたぞ!侵入者だ!」

 迷わず男性へ銃口を向ける軍人達。私はどうしたらいいか判断に迷う。

「千沙、目ぇ閉じてろ!」

  私の名を知る彼の言う通り目を瞑った。

 次の瞬間、瞑っていても分かる程に眩しい光が襲ってきた。閃光弾を放ったのだろうか。

 身体が宙を浮き抱え上げられたのを感じ、走り出したのを振動で理解した。

  眩しさが収まってから瞳を開けば、彼は階段途中にある窓を蹴り割っていた。

 助けてくれたと思うのだけど怪力なうえに無茶苦茶な人だ。

 そして窓の縁に足を掛ける…まさかと思うが飛び降りる気なの!?

 生身で20階から飛び降りるなんて正気ではない!


「ちょ、ちょっと待ってくださいいいいいい!」

  私の静止を願う言葉よりも先に身体は宙へ飛び出していた。

 生身で空を切る感覚を味わうなんて。

  半ば絶望を感じていたのだが、頭上から急降下してくるW3Aが一機、手を伸ばしてきた。

 その手を彼は何とか掴み、落下が止まる。

「でかした、ナイスタイミング」

「…まったく、俺が気がつかなかったら落ちてましたよ」

  W3Aから聞こえる声は月舘先輩だ。よかった、脱出できたんだ。

 不敵に笑う男性の無茶な行動はよくあるのだろうか。月舘先輩のため息が重い。

 やがてもう一機、W3Aがやって来て私を抱えてくれる。

「お待たせしました、逃げましょう!」

 

  多くの銃撃が行く手を妨害したり、追手のW3Aがあったが、鈴音ちゃんのサポートで何とか逃げ切る。

 臨戦態勢で人手が割かれていなければ絶対に逃げきれていなかっただろう。

  私達を抱えてくれているW3Aの二人は生身の私達を気遣って全速力は避けてくれたが、やはり風を切るのは皮膚が痛かった。

 予定外の出来事が多くあったけれど、私達は全員で軍本部を脱出しエアセリタを後にした。

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