交わる思惑ー5

  私は悠真君達に出来る限り協力することを決めた。

 けれど私の第一の目的は工藤さんの研究の阻止と月舘先輩の救出だ。

 2年前と同じ過ちは絶対起こさせない。先輩にNWAを装着させやしない。

 その意思を伝えると悠真君は「充分だ。千沙は自分がやりたいように動いてくれて構わない」と答えてくれた。

  悠真君は忙しい身だ、私の意思を確認すると無線で飛空艇に発進指示を出しながら部屋を出て行った。

  まずは月舘先輩の救出だ。熟練の操縦者がいなければNWAは使えない。

 そうすれば戦場にNWAは出撃できない。


  悠真君と入れ替わるように扉のノック音が聞こえた。

 月舘先輩の救出は強力な助っ人に頼んでいるから一緒に行くようにと悠真君が言っていた、きっとその人だろう。

 出迎えるとそこには麻子さんと鈴音ちゃんが居た。

「二人ともどうしてここに!?」

「決まってるじゃないですか。お友達を助ける為ですよ」

「麻子さんって悠真君とも友達だったんだね」

  この飛空艇アレスに乗っている人達は皆、悠真君の仲間だ。となれば二人も悠真君と知り合いのはずだ。

 さすがは悠真君、武道の達人である麻子さんと鈴音ちゃんとも親交があるなんてすごいなと感心する。

  それなのに麻子さんは肯定も否定もせず、ずっと無言で微笑んでいる。私何か間違ったこと言ったかな。

「えっと、違った?」

「全然違います」

  顔は笑っているのに言葉に棘を感じる。…どうやら悠真君は友達ではないみたい。

 じゃあ飛空艇内に友達がいるのかな。

 助けるというのはもっと直接的な意味なのか。

「もしかして、月舘先輩と友達なの?」

「ふふふ、今日も千沙さんは鈍感が絶好調で可愛いですわね」

「鈍感って褒めてないよね…」

 駄目だ。私は完全に麻子さんの意図を理解できていないみたい。

「麻子様、意地悪もその辺になさってください。私達は千沙さんの為に来たんですよ」

「私の?」

  だって私がこの飛空艇にいるのは予定外なはず。

 この飛空艇に乗っている以上、何か目的があるからじゃ。

「私達は月舘先輩の救出を依頼されたのですが、千沙さんの力になって欲しいとも言われました。きっと鳥羽先輩はこうなることを予想していたのでしょう」

「たしかに悠真さんとは幼い頃から面識はありますが、私のお友達は千沙さんです!もっと自覚してくださいな。寂しいじゃないですか」

「そっか…二人ともありがとう」

  拗ねた様子の麻子さんだったけれど、私が感謝を述べると満足したのか、柔らかく微笑んでくれた。


  二人は予め策を練ってきてくれていて、月舘先輩救出の作戦を教えてもらった。

 驚いたことに軍本部に居る南条の人に情報の提供までお願いしており、施設内の変化があるごとに把握を可能にしていた。

 本当ならば私が同行するのは勧めたくないみたいだったけど、私が言い出したら聞かないというのを理解してくれていた。

  警戒が強まっているエアセリタまで飛ぶのは危険だ。

 エアセリタから離れた場所で降ろしてもらい、そこからは地上を移動する。

 手短に作戦を聴き終えると降ろしてもらう地点まで飛空艇が到着していた。


「行っちゃうの?」

  私の傍を離れなかったリリアちゃんが私の服を掴んだ。

 できれば傍に居てあげたい。けれど彼女を危険の伴う場所に連れてはいけないし、私は行動しなければこの先ずっと後悔するだろう。

 彼女の手を包んで、自分の気持ちがなるべく優しく、ちゃんと伝わるように目を合わせる。

「ごめんリリアちゃん…私どうしても守りたい人が居るの。もう一人で苦しませたりしたくない。全部終わったら戻って来るからそれまで待っていてくれる?」 

「…分かった……ちゃんと戻って来てね……お姉ちゃんまで死んじゃったら嫌だよ…」

  リリアちゃんは純粋に寂しくて不安なだけかと思っていたけれど違ったんだ。

 この子は私が死ぬのを恐れていたんだ。

 両親を亡くして、これ以上誰かを失いたくないんだ。

 そんなことに気づけないなんてやっぱり私は大馬鹿者だ。

「うん、約束する。絶対帰って来るよ」

  するとリリアちゃんはようやくぎこちなく笑ってくれた。

 リリアちゃんの身柄は悠真君が保障してくれた。この飛空艇に居れば大丈夫。 

  



  着地点は街外れの草原で灯りはなく、すっかり日も暮れ飛空艇も闇に隠れられた。

 私達を降ろしたアレスはすぐに離陸して次なる目的地へと向かった。

  麻子さんが手配してくれていた車が直ぐに迎えに来てくれて乗り込むと首都エアセリタへ向かう。

「ところで服は学園の制服のままでいいの?」

 三人全員が制服を着たままだ。今更だけど生徒の格好で出歩くのは目立ってしまうのではなかろうか。

「問題ありませんわ。制服のほうが都合がいいんです。ただ…」

「ただ?」

「千沙さんは軍本部で騒ぎを起こしたそうですね」

「ま、まあ…」

 正確には月舘先輩が起こしたんだけど…私も同罪か。

「でしたら変装が必要です!」

  何故だろう。妙に麻子さんの瞳が輝いている。

 護衛任務の時も思ったけれど、麻子さんは変装が好きなのだろうか。

 準備が良いことに化粧道具に眼鏡やカツラなど変装の小道具が車内に用意されていて、鈴音ちゃんは手際よく広げていく。

「今回はどうしましょう。髪の毛巻いてみましょうか!絶対千沙さんに似合いますよ」

「麻子様。これはお洒落ではなく、あくまで変装ですよ」

「分かっています。きちんと考えていますわ」

  大丈夫かな…私の顔さえバレない様にしてくれれば何も問題はないけど。

 色々な案を提案しつつ麻子さんは終始楽しそうに私に変装を施してくれた。

 最終的には化粧で目つきの印象控えめにし、眼鏡で顔を隠しつつ、髪の毛を前に集め、顔が見えにくい状態する形に落ち着いたので安心する。

 知り合いにさえ会わなければ私に気づくことはないだろう。

 そもそも軍本部に知り合いなんていない。大丈夫だ。


  警備の目を逃げるように抜け道を使って軍本部の敷地内に侵入する。

 悪い事をしている気分だが、敷地内に入る際は軍人の手による身分確認と身体検査のチェックがある。どうしてもそれは避けたい。

  だけど隠れての移動はそこまでで、麻子さんの作戦は大胆に正面突破だ。

 堂々と軍本部にあるタワーへ入って行く。

  私が昼間に居た建物は簡易留置所や犯罪対策室などがある警察課の本拠地で、月舘先輩が捕らわれている部屋は軍の核となる設備が集結している隣接されたタワーだ。

 タワー内はアルセア国全体の軍設備と繋がっているメインコンピュータやW3Aの格納庫があり、首都勤務の電子情報課、飛行・パイロット課、特務課に所属する軍人が待機、職務をこなしている。

  今は臨戦態勢とあって人が出払っているのか建物内にいる人はまばらだ。

 かといって夜遅くに学生が訪れるのは不自然極まりない。本当に大丈夫だろうか。

 不安に思っていた矢先に道行く軍人さんが話しかけてきた。

「おや、南条さんとこのお嬢さんじゃないか。どうしたんだい?」

「こんばんは、宗二兄様に呼ばれたもので」

「そうかい、こんな時に呼び出されるなんて大変だね」

「こんな時だからこそ、ですわ」

「それもそうか。ただ会いに来るだけならこんな夜中に来ないか」

  簡単に会釈を済ますと問題なくすれ違うことができた。

 すごい、本当に麻子さんって軍内では有名なんだ。

 疑っていたわけではないけど実際に見せられると偉大さを感じる。

  麻子さん自身、軍本部には何回も出入りしているし南条家の人達はほぼ全員が軍に所属しており顔見知り程度の知り合いなら大勢居るそうだ。

 

  エレベーターを使い10階までは難なく上がる。

 これより上は一般人は立ち入り禁止で、軍関係者であろうと入るにはしっかりとした身分証明の提示が求められる。

 軍人ならば共通の証明カードを、私達学生ならば生徒証がそれになる。

 私が素直に生徒証を提示すれば即刻逮捕だろう。

  入場方法はカードをゲート機械に翳して読み取らせるだけで、一般人との簡易的な線引きなので通ること自体は難しくない。

  予め渡されていたゲストカードを使って先に進む。

 ゲストカードは一般人が先に進む為のカードで本来、身元を保証する軍人の署名などの手続きを踏まえ、上から許可を得た状態で初めて手に出来るのだけど、これも麻子さんが手配してくれていた。 

 全部用意してもらい頭が上がらない。


「あとは13階に居る月舘先輩を助けて、W3Aを奪取して逃走。スピード勝負ですわ」

  麻子さんが小声で確認したので私達は無言で頷く。

 上に上がる為のエレベーターを待っていたのだけど、突如警報が鳴り響く。

『緊急警報発令。タワー内に侵入者。現在タワー内の13階を逃亡中。なお侵入者は武器を所持しており――――』

「こんな時に…!?」

「いえ、これはチャンスかもしれません。急ぎましょう!」

  警戒態勢に入るとエレベーターは機能を停止させられてしまう、脇にある階段を使って階層を駆け上がる。

  月舘先輩が居る13階のフロアに到達すると倒れ込んでいる軍人達ばかり居た。

 明らかに何者かに襲われた後だった。

「まさかご自身で脱出されたのでしょうか」

「考えにくいでしょうね。武器は取り上げられているでしょうし、監視の目もあるはず」

  突き当りの部屋に居るという情報を信じて真っ先に確認に向かうが、やはり部屋の中には誰も居なかった。

「私達以外にも月舘先輩を助けようとする人が?」

「そのようですわね。まだ抜け出してから間もないでしょう、逃げるなら上です」

  下層には人が少ないものの、すぐに警察課の増援が来る。

 恐らく侵入者もW3Aを使った脱出を試みるだろう。


  再び上を目指して階段を昇っていると、途中見知った白衣の背中が20階に入って行くのが見えた。

 彼が研究の元凶だ。止めなければ何も終わらない。

  戦闘音が上層階で聞こえたけれど、私は彼を追わなければならない、そう本能が訴えかけてくる。

「ごめん、二人は先に行ってて!私を置いて脱出してくれてもいいから!」


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