交わる思惑―4

  天沢とリリアを連れ去った人物はアークを装備していた。

 アークは鳥羽の仲間が作り出した、W3Aを速度重視に改良した型だ。

 そうなれば二人は鳥羽の元に送られているだろう。ひとまず安心できる。

  飛び去って行く姿を確認して抵抗を止めた途端あっという間に拘束され、監禁された。

 工藤博士との関係や隠している内容について問い質されたが、黙秘を貫くと牢屋に入れられる。

 どうせなら暴行や逃亡の罪が償えるまでここに居られたらいい。そんな楽観的な発想もすぐに壊された。


「随分と派手に暴れたみたいね」

「…先に約束を破ったのは博士ですから」

「私はあなたを責めるつもりはないわ。そんな資格もないしね」

  予想通り美奈子さんが迎えにやって来た。共に来ていた看守が牢の鍵を開いた。

 看守は無言だが出ろということなのだろう。重い足取りで牢を出ると手錠の鍵も外される。

 男の目は心底不服そうだ。俺は何も語っていないし罪も償っていないのだから最もだ。

  工藤博士が根回ししたのだろう。まだ騒ぎを起こしてから4時間と経過していないのにあっさりと解放されたものだ。

 自分は逃れられない闇に足を突っ込んでしまったということだろう。


「おかえり、佳祐」

 留置所を出ると人気のない通路の待合スペースの椅子に全身を預けているようなだらしない座り方をしている工藤博士が居た。

「はあ…駄目だね。久しぶりに日差しを浴びたら随分と堪えたよ」

  もう外は暗い、とっくに夜だというのにこの人は何を言っているんだ。

 よほど外気とは無縁の生活を送っているんだな。

「無暗に外で魔法を使うのは感心しないね、普通の人間は畏怖するのだから。情報操作に時間が掛かったよ」

 覚束ない足取りで歩み寄って来た工藤博士はそう囁いた。

「…それはすみませんでした」

 むしろ早かったくらいだ。せっかく時間稼ぎに使ったのだが、理想通りにはいかないものだ。

「まあいいさ。メーンイベントはこれからだ!この時をどれだけ待ち望んだことか!」

  戦争を心待ちにするなど、この人の精神は狂っている。

 少しでも正常な精神があれば天沢親子を軟禁、実験の要請などしないが。

  工藤博士は開発の成果だけを求めている。

 自分の力を証明したい、その欲求を満たす為なら後はどうでもいい。

「さて、のんびりしている時間もあまりない。佳祐はゆっくり休んで夜明け前に軍事拠点になっているシーツールへ移動だ。疲労で僕の完成したNWAの力が発揮できないなんてあっては困るからね」

  微調整を繰り返していたNWAもとうとう工藤博士が満足のいく結果に仕上がってしまったようだ。

 もともと2年前の防衛戦の時点で脳への負担は大分軽減されていたようで、俺が実験に関わるようになってからは無茶な使用法さえしなければ副作用はほぼ無く、七割は完成していた。

 挙げられていた欠点を失くし、強化されたNWAはW3Aよりもパワーが上がり速く飛べ、脳からの信号伝達もより良くなっている。

  試作段階との最大の違いは魔力を駆使しているところだ。

 動力部に魔石が埋め込まれ操縦者の魔力と相乗すれば強力な魔法が放てる。

 まさに兵器と呼ぶに値する代物になってしまった。

 自分は多くの人達を犠牲にするのかと想像するだけで気が狂いそうだった。


  通された部屋は窓のない個室で、ご丁寧に部屋の前には監視役の軍人まで待機させている。

 逃がしはしないということなのだろう。

  のんびり休んでなどいられない。破壊し、奪う為の争いに加担するのは御免だ。

 あいつの安全が守られている以上、実験にも協力していたが、もうその必要もない。

 俺が協力しようとしまいと、工藤博士はあいつも実験の糧にするつもりだ。

 ならば素直に従う理由もない。何とか脱出を試みなければ。

  出入口はひとつ、武器も取り上げられたから破壊して強行突破というのは無理だ。

 部屋上部にある通気口も狭くて通れそうにもない。

  ならば翌朝に部屋を出された際に隙をみて逃げ出すか。

 しかし、出だしはよくても逃げ切る手段がない。すぐに捕まってしまうだろう。

 今度はここに居る軍人全員が俺を警戒しているだろうし、この部屋は建物の13階にある。出口からも遠い。

  W3Aの格納庫が25階にあったはずだが、途中には軍人達の仮眠室、通信管制室、整備室などがある。

 人の出入りが激しいエリアを通り抜けるのは得策ではないだろう。

 

  焦っても仕方ない。一旦落ち着こうとベッドに倒れ込む。

 そういえば気を張り続けたせいか、アルトーナさんの家で一泊した以降一度も睡眠をとっていなかった。

 自分が思っている以上に身体は疲れていたようで、横になった途端意識を手放した。


  どのくらい時間が経っただろう。まどろんだ意識の中で異常を感じた。

 男の呻く声が聞こえる。

 急いで飛び起き扉を見据える。そして扉の鍵が開く音がした。

 姿を現した人物は不機嫌そうな表情で立っていたが視線が合うと不敵に口角を上げた。

「…どうして…!?」


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