交わる思惑ー1

  緊急招集の掛かった私達はティオールの里を離れ、アルセア国の中心部にある首都エアセリタの国防軍本部へと訪れていた。

 学生ならば本来アルフィードに戻るべきなのだけど、国の北西端に位置するティオールの里に居た私達は学都より近い軍本部で待機するようにと指示を受けた。


  昨晩、ティオールの里とシーツールの村は、ほぼ同時刻に襲撃を受け壊滅した。

 双方ともカルツソッド国による攻撃とみられ、しかもシーツールの襲撃者は宣戦布告を言い残した。

  驚くべきはどちらも少数人数での襲撃だったことだ。

 魔法の力を駆使したと思われるが、いかに魔法が強力であり脅威であるか思い知らされる結果になった。


  国防軍は臨戦態勢へと移り慌ただしい。

 今は待機を命じられているものの、要求されれば学生である私達は戦いに臨まなければならない。

  一方的な攻撃、エルフ達の失踪、さらには死者も出た。

 アルセアとしても黙って見過ごせる状況ではない。

 また戦争が始まってしまうのだろうか。もう誰かの命を絶ってしまうのは嫌だ。


  ティオールの里での一件における事情聴取を終えて部屋を出ると扉横でリリアちゃんが待っていた。

「千沙お姉ちゃん!」

  軍本部に着いてからというもの、大勢の軍人にリリアちゃんはすっかり萎縮してしまったみたいで私の傍を離れなかった。

 事情聴取だけは個別に行いたいという指示で離れていたのだけど、廊下でずっと待っていたのか。

  私の服にしがみつくリリアちゃんは力強く、もう放してもらえないのではないかと思ってしまう。

 リリアちゃんに付き添っていた女性軍人はその様子にため息をついていた。

「この子から聞きたい事は山ほどあるのに、全く喋らなくて。会話にならないのよ」

  仕方ないとは思う。私達との初対面の時からも分かるが、もともと人間は怖い対象だったのだろう。

 そのうえ両親も故郷も失い、周りに仲間は誰も居ない。

 ショックで何も話したくなくても不思議ではない。

  彼女の身を案じてここまで連れて来てしまったけど、必要以上に質問攻めにあうのであれば選択を間違えたかもしれない。

「あの、もう少し時間を頂けませんか?心の整理がついたらきちんと話してくれると思うんです」

「無理に聞き出そうとは思わないわ。ただ、こちらにはエルフの情報が少ない。だからエルフについての知識をできるだけ多く話してもらいたいの」

「昨晩の襲撃についてじゃないんですか?」

「もちろんその話も聞きたいけれど、それはあなたと月舘君が話していることに齟齬がなければほぼ全てになるでしょう。問題はカルツソッドが戦闘にエルフを使っていることよ」

  荒廃しているとされるカルツソッドにも自然を愛するエルフが居たことにも驚きだけれど、彼らを戦いに利用するなんて。

 ティオールには人間に敵意を向けているエルフも居たけれど、それは皆人間に利用され虐げられることを恐れていたからだ。

 決して誰もが戦いを望んでいるようには見えなかった。


「昨晩でエルフの存在は一人しか確認されなかったけれど、カルツソッドにはまだ大勢生存している可能性があるわ。そしてティオールのエルフがいっぺんに消失した。それを何らかの形で利用しているのだとすれば膨大な戦力に成り得る。2年前の防衛戦で戦場にエルフなんて居なかった、つまり近年で手にした戦力。短い歳月で再び攻撃を仕掛けてきたことは無関係ではないでしょう」 

  ティオールの里で聞いた族長の話を思い出した。

 カルツソッドではエルフを利用した魔導兵器が作られている。

 それを使ってアルセアに戦争を仕掛ける気だとディリータさんが抗議したと。

 まさか、それが真実なのではないか。

 大勢のエルフが消されたのも兵器に利用するため。

  個人に魔力差はあるものの、エルフ一人でも周囲の環境をガラッと変えられるほどの力がある。

 それはディリータさんが族長の屋敷を襲った際に目の当たりにした。

 そんな強大な力を大勢のエルフに一斉に使わせるか、はたまた大量の魔力を集約させ意図的に放てる兵器なんて物が本当にあれば、私達は一方的に虐殺される。

  私と同じ怖ろしい予想に行きついたのだろうか、リリアちゃんの顔は血の気が引いたように青ざめていた。 

  たとえ人間を憎むエルフであろうと自然に多大な影響を及ぼすことを望んでいるはずがない。

 戦争なんて、無暗に誰かの命が奪われる行いがあってはならない。


  私の携帯端末が震え出す。

 誰かからの着信だ、そう思い取り出すと美奈子さんからだった。

 軍人の女性に断りを入れて電話に出る。

『千沙ちゃん、今どこ!?』

「エアセリタの国防軍本部ですけど…どうかしたんですか?」

 いつも落ち着きのある美奈子さんらしからぬ焦った様子に驚く。

『今すぐにそこから離れて。出来るだけ遠くに!』

「遠くにって…何があったんですか?」

『とにかく早く!このままじゃまた―――っ!!』

  美奈子さんの言葉が途切れたと同時に何かを叩く乾いた音がした。

 そして美奈子さんの携帯端末が落ちたのだろう、甲高い落下音が耳を突き刺す。

「美奈子さん!?大丈夫ですか!?美奈子さん!」

『……もしもし千沙。久しぶりだね、元気かい?』

  誰か問わなくても声で分かる。通信越しに何度この人の声を聞いたか。

 長い時間を一緒に過ごしたのに、実際の肉声よりも機械を通した声のほうが遥かに聴いた回数が多い。

「美奈子さんに何をしたんですか、工藤さん!」

『大したことじゃないさ、ちょっと電話を代わってもらったにすぎない。それよりも千沙、佳祐も近くに居るのだろう?僕らも間もなくエアセリタに着くんだ、二人で会いに来てくれないかい?』

「……嫌です」

  緊張で声が震えていたかもしれない。

 これが愚かな私が工藤さんに初めて向けた反抗の意志だった。


  カルツソッドとの防衛戦後から一度も私が実験をしなくて済んでいたのは、その時から月舘先輩が犠牲になっていたからだ。

 どうしてもっと早くに気がつかなかった。

 長い年月、有翼人の研究と私に固執していた工藤さんが防衛戦後、急に「しばらく実験はお休みだ」と言った言葉を鵜呑みにしたの。

 私の精神を気遣っての休みなんかではない。

 それは私よりも有能で魔力を持つハーフエルフである月舘先輩という代わりを見つけたからだ。

  月舘先輩がずっと地下に閉じこもっていた私の存在を知っているのは工藤さんの研究を知っているからだ。

 体育祭前に美奈子さんを呼び出せた時にもっと追求するべきだったんだ。

  私に話さなかったのは、先輩の優しさ。

 学園に入学するよりも前から私は守られていたんじゃないか。

 気がつける手掛かりなんていくらでもあったのに。私は大馬鹿者だ。

 今更になって自己嫌悪で怒りが抑えられなくなりそう。

『僕の頼みが聞けないのかい?』

  工藤さんの明確な苛立ちを含んだ声が反抗心を揺さぶる。

 何度もこの声に従った。でもそれは、もうできない。してはいけないんだ。

 もう月舘先輩を工藤さんに会わせてはならない。

「はい…私はもう工藤さんを信用できないです」

『今まで君にどれだけの愛情を注いできたと思っているんだい?親のように育ててきてやった僕に逆らうと言うんだね?』


  たしかに工藤さんは千沙を愛してくれていたように思う。

 でもそれは家族や友人、はたまた恋人なんかに向ける愛情の類とは違う。

 自身の思うようにコントロールし、自分の感情だけを一方的にぶつける。

  愛でるような扱いもあったけれど、今思えばあれは千沙を見ていたのではない。

 自分の研究を体現してくれる作品を可愛がっていただけだ。

 あくまで千沙は彼にとって"物"でしかない。

  そんな狂った愛情を、素直に国の為に頑張っているからだ、私に期待しているからだと解釈していた世界の狭い自分に気づけた。

 情報・知識・経験が私の世界を広げ、自分の意思をようやく持てた。

 端末を握る震える手に力を込める。もう誰にも私と同じ思いをさせたくない。

「ごめんなさい」

  すると姿が見えなくても分かるくらい、取り乱す工藤さんの狂気染みた喚きが耳を劈くように聞こえる。

 野生動物でもこんな叫びはしないだろう、豹変した工藤さんに恐怖を覚える。

『またか!どうして、どいつも僕に歯向かう!?何故、正しい僕の思想を理解できない!』

  ぶつぶつと早口に呟く工藤さんには通話越しの私は存在していないようだった。

 そんな工藤さんに私は何と声を掛けてよいか分からず固まってしまう。


「代われ」

  いつの間にか事情聴取を終えた月舘先輩が目の前に居た。

  今の工藤さんと月舘先輩を会話させてはならない。

 工藤さんとの問題は私が解決しなくては。

 そう思うのに言葉を返せなくて首を横に振るのが精一杯だった。

 しかし先輩は私の手からそっと携帯端末を取り上げてしまう。

「工藤さん」

『おお、佳祐!絶好の機会が訪れたよ!僕のNWAの実力が存分に発揮される舞台が整った!ぜひとも二人に搭乗してほしい』

「二度とこいつには乗せない約束でしたよね?」

『それでもいい、旭に頼むだけさ。もっとも旭を乗せると知れば千沙は自分が乗ると言い始めるだろうがね』

「…あなたは人をどこまで弄ぶ気ですか」

『僕は純粋に研究を成功させたいだけさ。とにかくそちらへ迎えをよこそう。大人しく待っているといい』

 一方的に電話が切られたのだろう、月舘先輩の表情は険しかった。

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