交わる思惑ー2
「ここを出るぞ」
私に携帯端末を返すと月舘先輩は歩き出してしまった。
「待ちなさい、あなた達は何を知っているの?工藤さんって工藤博士のことよね?彼の行方は不明とされているわ。何故一学生のあなた達が知っているの?説明なさい!」
通話を見守っていた女性がキツい口調で私達を呼び止める。
工藤博士は学園在籍時から首席で鳴り物入りで国防軍に入隊した人物だったそうだが、ある日を境に表舞台から一切姿を現さなくなった。
彼の行方を知る人物はかなり限られている。
そんな人物の名前に、私達のただならぬ様子を不審に思ったのだろう。
何も話さずには解放してはくれなさそうだ。
「知らないほうが身のためです。知ればあなたが抹殺されるか利用される」
「大人を甘く見るのも大概になさい。私は国防軍の特務科よ。命の危険なんて恐れないわ。どうしても話さないというなら力づくであなた達を捕らえて吐かせるまでよ」
この人は本気だ。いつでも武器が取り出せるように構えている。
彼女と争う必要なんてないのに。
いっそ正直に話してしまおう。そうしたら楽になれるかもしれない。
そんな逃げ道を考えるけど、それができていたなら私の地下生活などもっと早くに解放されていた。
誰かを傷つけるのは避けたい。
できれば対話でこの場を収めたいが、肝心な部分を話せない私達の言葉を彼女は信じてはくれないだろう。
「リリアを抱えて走れ」
「でも」
「いいから早く!」
動揺している頭では何が正しい選択かを決められず、指示に戸惑ってしまう。
月舘先輩に急かされ言われた通りにリリアちゃんを抱き上げて走り出す。
女性は容赦なく私達に銃撃を放ってきた。
しかし、威嚇射撃は私達に直撃しない。腕の良い人だ。
学生である私達が怯むことを期待したに違いない。
先輩はここを出ると言っていた。
ならば軍本部を脱出するのだろうけど、私はまだここの構造を把握できていない。
前を走る月舘先輩を信じて付いて行くのが精一杯だ。
必死に駆け抜けるが、異常に気付いた軍人達が私達を捕まえようと動き始めた。
軍人に追いかけられているのだ、どう見てもこちらが悪者に見えるだろう。
行く手を阻む軍人を月舘先輩は器用に払い除けて行く。もう立ち止まれない。
心で申し訳なく思うが、謝罪を告げる暇はない。
階段を駆け下り、ようやく出入口が見えてきたが自動扉の前は軍人達が立ち塞がっている。
「突っ切るぞ!」
このまま進めば捕まる。そう思い止まろうとしたのだけど先輩はパレットから剣を抜いた。まさか戦うつもりなのだろうか。
『炎よ、汝の力を解き放ち、我が刃に宿れ』
詠唱に応えるように彼の剣を炎が包んだ。
それを確認すると先輩は剣を大振りして斬りかかった。
燃え盛る剣を見て怯んだ軍人達は飛び退いた。
破壊力のある一撃は火の粉を振りまきつつ自動扉を破壊した。
目的は最初から自動扉の破壊だったのかと安堵する。
扉を抜けた先に軍人の姿はまだない、これなら逃げきれる。
走り続けるが、近くに並走する音がない。
不思議に思って振り返れば先輩はまだ出入口に居た。
「先輩!?何してるんですか早く!」
「止まるな!」
「できません!先輩を残して行けるわけないじゃないですか!」
「馬鹿!また工藤博士に利用されたいのか!?」
実験や研究は国の平和の為だと言われ続け、それを信じ続けた。
自分の存在意義はそれしかないとも思っていたし、居場所をあそこしか知らなかったから。
でも今は違う。広い世界を知って、守りたい人達とも出会えた。もう彼の言いなりにはならない。
だけど、月舘先輩を置いて行くなんてできない。
このまま見過ごしてしまえば、彼が戦争に駆り出されるに決まっている。
そんなの絶対に駄目!あんな辛い思いはして欲しくない!
本部施設内の軍人と交戦が始まった先輩の元に駆けつけようとしたのだけど、施設外からも軍人が現れた。
自分も戦おうかと思うが、今私の腕の中に居るリリアちゃんまで巻き込めない。
だけど彼女一人逃がそうが直ぐに追いつかれ捕まってしまう、離れる訳には…。
迷っていると空からW3Aに似た機体が一機急降下してきた。
こちらに向かって飛んでくる、ぶつかってくる気なの!?
リリアちゃんを庇う態勢をとると、機体はお構いなしに私達二人ごと拾い上げ上昇して行く。
「降ろしてください!まだ先輩が残ってるんです!」
「落ち着いて!今暴れられると落としちゃう!」
聞き覚えのある声に私は抵抗を止める。
「でも月舘先輩が…!」
「残念だけど佳祐まで今助けると俺達も捕まる。それを佳祐は望まないだろ」
「だから見捨てろって言うの!?」
「千沙が捕まれば佳祐の今までの努力が全部無駄になるんだ!それを理解したうえで言っているのか!?」
月舘先輩は自分の身も時間も色んな物を犠牲にして、その事実を私に明かさず過ごしてきてくれた。
どうしてそこまでして私を守ってくれたかは分からないけれど、何か理由があるからだろう。
そんな先輩の苦労や思いを無下にはできない。
私が黙り込むと飛行者もそれ以上口を開かなかった。
もっと早くに私が気づけていれば、違う未来が選択できたかもしれない。
少なくても今、月舘先輩を置いて行くことになんてならなかっただろう。
悔しくて、自分が憎くて仕方なかった。
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