一人じゃないー2
『第九回四ヵ国学園対抗体育祭!いよいよ最後の競技となりました!お集りの皆さま、放送をご覧の皆さま!とうとう今回の優勝校が決まりますよ!まずは選手の紹介から行いたいと思います―――』
遠くに実況の声が聞こえる。もう間もなくレースが開始されるんだ。
私達、第四走者は先に中継地点へ着く為に開始前から船で移動していた。
開始前から移動なんて、ファーストレースよりも遠い場所なのだろうか。
「アンカー月舘じゃないんだな」
「…すみません」
「ああ、気を悪くさせちゃったならごめん。君が駄目とかじゃなくてさ、決着が着く場面を1年生に託したんだなーていう意外さで驚いた」
「ははは…本当、託す先輩達の度胸が凄いですよね…」
「お、おう?」
私の隣に座るバルドラ学園2年生のアサドさんはリラックスしていて、緊張している私とは大違いだ。羨ましい限りである。
第四走者、すなわちアンカーに順番が変更されたのは月舘先輩が合流してすぐの話だった。
「さて、俺らは順番どうする?そのままで行くか、それとも変える?」
「変えよう」
「お、珍しいな、佳祐が真っ先に提案するなんて。どこを変えるんだ?」
「俺とこいつの順番だ」
月舘先輩が指したのは私だった。月舘先輩と自分の順番が変わる意味を理解するのに一瞬遅れてしまう。
「……わ、私アンカーなんて大役無理です!」
元々の順番は常陸先輩と風祭先輩がリードを広げ、私がそれを守り切り、アンカーの月舘先輩に託す形で考えられていた。
一番負担の少ないであろう順番に私を配置した、先輩達の配慮だ。
それに誰もが認める実力者であるからこそ月舘先輩がアンカーなのだ。
順番が変わることに異論はないけれど、よりによってアンカーなんて皆の期待を背負う順番が私に務まるわけがない。
「本人は嫌がってるけど…何でまた。佳祐がアンカーで異論なかっただろ?」
「こいつを1、2、3番に飛ばせたら気負ってどうせ無茶をする。だったら俺達で巻き返して少しでも気を楽にさせて最後を飛ばさせるほうが事故の確率が下がる」
「…一理あるか」
「…そうだな」
反論したかったのに二人も同意してしまうし、自分が前回のミスを全く気にしないかと言えば嘘になるので、言葉に詰まってしまう。
だけど勝率や速い遅いの前に事故の確率なんて。私の飛行はそんなに危なっかしいだろうか。
「で、でも最後は2年生が飾ったほうが…その、見栄えがいいんじゃないですかね?」
「誰も見栄えなんて気にしていない。大事なのは勝つか負けるかだ。勝てる順番を取る」
私の苦し紛れの提案は即行で却下される。
勝つ為の変更と言われてしまえばもう何も反論材料がない。
アンカーは嫌だ、プレッシャーが重い。この競技は体育祭の最後なんですよ?
総合順位まで左右する大事な場面。私の精神は人より強くはない。できれば御免被りたい。
言葉が駄目なら目で。
月舘先輩に訴えてみるが、まるで通じなかった。というか気づいていない。
「千沙ちゃんのことを気遣っての判断だって」
「…まあ俺達で前に追いつくからさ、頑張ろうぜ」
「…うう…頑張ります…」
肩を落とす私に風祭先輩と常陸先輩は同情してくれるが、意見を変えてくれる気はないようだ。
まったくアンカーなんて大それた物をよく前科持ちの私に託したものだ。
少し前の会話を思い出して私はため息をついてしまう。
しかしここまで来てしまった以上、やるしかない。
目の前に座るリンメイさんはつまらなそうに海を眺めていた。
リーフェンも1年生にアンカーを託したんだ。リンメイさんも特に緊張なんかしていなさそう。
ただ海を眺めるだけでも絵になる女性らしく美しい人だと思った。
妨害行為を賭博操作の為に行っていたリンメイさん。だから勝つ気がないのかな。
でもアンカーに選ばれている以上何か意味があるのではないだろうか。
リンメイさんの隣に座るルイフォーリアム学院2年生のトラウムさんもずっと無言だ。
目を瞑っているので精神統一でもしているのだろうか。
アサドさんもトラウムさんも速く力強い飛行が持ち味の選手だ。
並走すれば恐らくパワー負けしてしまう。できれば先行して逃げ切りたい相手だ。
対してリンメイさんは女性らしく身のこなしが軽やかな飛び方でコーナーが得意だ。
純粋なスピード勝負なら勝てるけど、テクニックを要求されるコースが続けば油断が出来ない。
やがて私達を乗せた船は減速し、先日行われた旗取り合戦1年生の部決勝のステージに辿り着く。
指示された通り、二つある塔のてっぺんにそれぞれ二人ずつ飛んで降り立つ。
特設で作られたこのステージは確かに海上でアルフィード本島から一番遠い場所にある。
しかし慌てて移動するような距離でもない。準備に時間でも掛かるのだろうか。
少し先に見える陸地からW3Aを装着した人が四人飛んできた。
四人は待機する私達の傍に一人ずつ降り立った。
W3Aの上から全員違う色の襷を掛けており、赤黄青緑と私達が使っているバトンの色と同じだった。
前に立つ人の襷の色が自校のバトンと同じ色をしている。
『第四走者の皆さん、こんにちは。体育祭運営委員です。今から第四走者の皆さんがバトンを貰う際に行う簡単なゲームについて説明させていただきますね』
音声通信から予想もしていない言葉が伝えられる。リレーをしているのにゲームもあるのか。
障害の代わりがゲームなのかな。
『ゲームは誰もが知っている鬼ごっこです。これから来る第三走者の選手は第四走者の皆さんにではなく、バトンと同じ色をした襷の生徒さんにバトンを受け渡します。受け渡し直後から10秒カウントします。カウントは通信でフルフェイスの画面に表示しますのでそちらを参考にしてくださいね。カウントダウン中にその場から歩いたり飛んだりしてはいけません。もし動いたらペナルティで発進までに5秒追加になります、注意してください。10秒の間にバトンを受け取った襷の生徒さんは逃げます。なので10秒経ったら自分の学園色の襷をつけた生徒さんを追いかけてください。鬼ごっこなので身体の一部をボディタッチできれば勝ち。ここでようやくバトンタッチになります。ですので、くれぐれも暴力などの危険行為は止めてくださいね。反則や危険行為とこちらが見なした時点でその学園は失格とさせていただきます』
鬼ごっこか、逃げる相手にもよるけれど、速度も技術も求められる。
ただ速さを競うより難しそう。
『バトンを無事受け取りましたらあとはゴールのみです。ゴール地点はスタート地点と同じ会場となっております。今回は極めてシンプルなゲームにさせて頂きました。ただし、お気を付けください。逃亡可能範囲はアルフィードの島一帯です。もちろん敷地外に出ても失格。逃げ回る生徒さんに苦戦しませんよう』
島一帯!?島を一周するのはW3Aでも10分以上はかかる。
苦戦して逃げ回られれば相当なタイムロスだ。
しかも下手すればどんどんゴール地点から離されるということか。
いつの間にか私達の周りにはカメラを持ったW3Aの搭乗者が10人ほど飛んでいた。
各々バラバラに逃げようがカメラが追いかけてくるのだろう。
『逃げる生徒さんですが、各校の2年生に一人ずつ協力をお願いしました。2年生の中でも優秀だと思う方を推薦して頂いて選んだので、リレーレースの選手ではないからと油断は禁物ですよ。対戦相手はファーストレースの結果を踏まえて組み合わせております。ルイフォーリアム学院には4位だったアルフィード学園、リーフェン学園には3位だったバルドラ学園、バルドラ学園には2位だったリーフェン学園、アルフィード学園には1位だったルイフォーリアム学院の2年生がそれぞれ逃げる生徒さんになっています。相手の素性が知りたい方やお話ししたい方は通信機能がオンになっていますのでお話ししてみてください。説明は以上です。皆さんの健闘をお祈りしています』
4位に1位の相手をあてるなんて厳しいな。
それともアルフィードが現時点で総合1位だからなのだろうか。
私の対戦相手はルイフォーリアム学院の2年生。
どんな人だろう。話しかけてみようか。
でも何と話しかければいいんだろう。宜しくお願いします、かな。
『まさかこんなにすぐ再戦するとは思いもしなかったな』
聞き覚えのある低く落ち着いた声音が耳に届く。
「…その声はクロイツさんですか?」
『ああ。簡単にバトンは渡さない、覚悟しとくといい』
「お、お手柔らかにお願いします」
クロイツさんの飛行は見たことがない。一体どんな飛び方をするんだろう。
だけど手強そうな雰囲気は正面からも伝わって来そうだった。
『まったく、しっかりしなさい!貴女アンカーなんだからね、情けない飛行したら承知しないわよ』
私がクロイツさんに向かってお辞儀をしていると凛と張りのある声が飛んで来た。
「花宮先輩、ですか…?」
『私が時間稼いであげるから、いち早く鬼ごっこなんか終わらせて勝ってきなさい』
「鬼ごっこ開始のタイミングが全員同じではないのでいち早くの保障はできな――」
『佳祐が四番手で来ると思ってるわけ!?ありえない!そもそも4位スタートでも一番早く勝つくらいの気合を見せなさいよ!アンカーが弱気でどうするの!』
相変わらず花宮先輩は手厳しい。でも確かにそうだ。
元々4位スタートは私が招いた順位だ。
それを挽回してやるくらいの気持ちを私が見せなきゃ。
「即行で終わらせます!」
『最初からそう言いなさい』
『悪いが、こちらも即行で終わらせる』
トラウムさんが宣言するとこちらに向かってくる第三走者の姿が遠くに見えた。
1位はルイフォーリアム学院だ。
ルイフォーリアムの第三走者からバトンを受け取った花宮先輩は素早く塔から飛び立って行く。
そして10秒のカウントダウンが始まった。
花宮先輩なら大丈夫。
先輩は正確なコース取りができ、美しくセンスのある飛行が評価されて飛行演舞の代表選手に選ばれ、チーム内のリーダーも務めた。
きっとトラウムさんを上手く攪乱して逃げ回ってくれる。
10秒経つとトラウムさんは力強く飛び出して行った。
レース展開の模様は私達に伝えられていない。
今第三走者達がどこでどのような順位で争っているのか分からない。
仮にトラブルが起きていようとも知り得ない。
でも大丈夫。先輩達なら絶対順位を上げてきてくれる。
信じるんだ。私が信じてもらえたように…!!
すると遠くに影が三つ視認できた。
全員が固まって飛んできている、その中でも身体一つ分前を飛ぶのはアルフィード学園の機体だ。
先に飛び出したルイフォーリアムとはおよそ2分差と言ったところか。
向こうもこちらの姿を確認したのだろう、それぞれ自分が持つバトンの色と同じ色の襷を掛ける選手に進行方向を定めた。
秒単位の僅差で三人ともバトンを渡し終え、襷の選手は続々と飛び出して行く。
10秒のカウントダウンが始まり、クロイツさんの姿を見据えつつも飛び出す構えを取る。
『すまない、あまり差を縮められなかった』
着地するなり月舘先輩は通信で謝罪してきた。
先輩は何も悪くない。むしろこちらは感謝しなくてはならない。
最初8分あった差を先輩達は6分も縮め、2位と言う順位でここまで来てくれた。
残り2分は必ず私が挽回してみせる。
「充分です。後は任せてください…!」
集中力を研ぎ澄ませ、スタートダッシュに意識を傾ける。
不思議とこの時には自分がアンカーだとか多くの人の期待だとかそういったプレッシャーはあまり感じなかった。
ただ、勝ちたい。その願望だけが頭を占めていた。
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