一人じゃないー1


  数多くの熱戦が繰り広げられた第九回四ヵ国学園対抗体育祭も7日目。とうとう最終日を迎えた。

 現在アルフィード学園は総合順位1位だ。リードして最終日を迎えらたのは素晴らしい形だろう。

 けれど、優勝が決まったわけではない。最終競技のW3Aリレーレースは全競技中一番配点が高い。

 2位のルイフォーリアム学院に追い抜かれる可能性はまだ十分にある。

 この旗取り合戦でリードを広げておきたい。


  係員の指示で目隠しを外すと、自陣は小さな個室だった。

 出入口は正面の一か所のみで、廊下を出るとすぐ壁で横に続いているようだ。

 自陣や通路は薄暗く、太陽の光は届かず灯りは照明が最低限しかない。

 1年生の決勝は見渡しもよくシンプルなステージだったが、俺達2年生は真逆ということか。

 ここが何階建てなのか、はたまた地下か。どのくらいの面積なのか。現時点では測りようがない。

 進みながら手探りで地理を把握していくしかなさそうだ。

  こうなるとナビゲーターの腕前も重要になってくるが、俺達のナビを担当する皐は管制官の授業を専攻しており、冷静で判断も速い。何も心配はいらない。


「おう、月舘。具合悪くないか?飯はちゃんと食ったのか?」

「問題ない」

「ならいい!お前食う量が少ないからすぐ倒れんじゃねえか?もっと飯食えよ!」

  今日も豪快に大きな声で話す大河は病み上がりの佳祐の背中を力強く叩いていた。

 手加減を知らない大河のスキンシップは常人ならふらつくであろう威力だが、佳祐はきちんと立てている。

 万全と言えなくとも体調が回復したと言うのは嘘ではなさそうだ。

「毎日必要最低限の栄養は摂取している」 

「それが少ねえんだよ!男ならこう米と肉とかだな―」

「過剰摂取したからいいというわけでもないが」

「俺は美味けりゃ何でもいっぱい食うけどな!」

 毎度ながら会話が微妙に噛み合っていないが大河の調子はすこぶる良さそうだ。

『お喋りもそのくらいにしましょう、試合が始まるわ』 

  俺達のやりとりはいつも緊迫感が無いのを皐は分かり切っているので嗜められるような感覚だ。

「あははは、怒られたぞ!」

 ため息をつく佳祐の肩と皐の注意なぞ気にせず大声で笑う大河の肩に俺は手をのせる。

「じゃあ、今日も存分に暴れておいで」

「ああ」

「任せとけ!」

  俺の一声で二人の顔つきが変わり出入口を見据えた。

 スイッチを切り替えたのだろう。頼もしい限りだ。

  正直、二人が前線で大暴れするので俺の出番は後方から二人の援護射撃くらいだ。

 俺が相手を撃ち取るか旗を取りに前線に出ても構わないのだけど、今までこの形で勝ち進んでいる。

 わざわざ決勝で変える必要もなさそうだ。

 彼らに道を切り開いてもらい、俺はフォローに徹しようか。

 ルイフォーリアムの連携は手強いが、勝つのは俺達だ。


   *


「会場で見なくてよかったのか?時間には余裕があったんだから見てくればよかったのに」

「だ、大丈夫です」

  ファーストレースと同じ会場が今日のファイナルレースのスタート地点だ。

 私達は先に会場入りして軽い走行とバトンの受け渡し練習を終えて一息ついている。

 風祭先輩も常陸先輩も練習してるのに私一人観戦に行くわけにはいかない。

「真面目だねえ」

「私には成すべきことがあるので」

 そう、このリレーレースで挽回しなくては私はいつまでも前回の失態を引きづったままだ。

 ここで全力を尽くす。練習も人より沢山しなくては。

「まあ心配する必要もないだろ。あいつ昨日より断然動きいいぞ」

  2年生の旗取り合戦決勝戦の中継が映るモニターを常陸先輩は見ている。

 常陸先輩の言う通り月舘先輩の調子が良いならそれでいい。

 私は練習を再開しなくちゃ。でも、少し気になるかも…。

「集中できてない状態で練習したって仕方ないだろ。見たいなら素直に見る!」

「は、はい」

  風祭先輩に押されて私もモニター画面に映る試合を見る。

 そこにはルイフォーリアムの選手と三対二という少ない人数でありながら互角の勝負を繰り広げる月舘先輩達が居た。 

 動きも鋭いし、私達の知る強さを存分に発揮していて元気そうだ。

 本当に体調が回復して良かった。


 試合は白熱して長時間になったけれど、アルフィードが相手選手を全員撃破して勝利を収めた。

「おー勝ったなー。じゃあ俺達もう総合優勝も決まった?」

「いや、リレーレースでルイフォーリアムが1位で俺達が4位になったらポイントが並ぶ」

  W3Aのリレーレースはポイント配分が大きい。

 他の競技は順位ごとに5ポイント刻みで加点が違うのに、これだけ10ポイントずつ変わる。

 最後まで油断できないように組まれているのかもしれないけれど、

 それでもアルフィードはほぼ総合優勝を確実にしたと言っていい。

  だけど、リレーレースに関して言えば私達は圧倒的不利な状況だ。

 今日のレースはファーストレースのゴールした時点のタイム差を反映して始められる。

 私達は前の3チームとタイムが離れすぎているし、1位着のルイフォーリアムは2位のリーフェンでも2分近い差がある。かなり有利なポジションだ。

 私がロスなく飛べていれば…今そんなことを気にしても仕方がない。

「3位以上なら総合優勝なんだろ?なんとかなるって」

「龍一、油断禁物な」

「分かってるって。それに下位で終わったら鳥羽に散々ミスを指摘されそうだ」

「やるからには完全勝利。悠真は息するみたいに勝ちを掴んでくからな。会長様は怖いぞー」

  初耳である。悠真君は完全勝利じゃないと認めてくれないのか…手厳しい。

 実は私のミスも相当怒ってたりするのだろうか。

「あ、千沙ちゃんは心配しなくても平気だよ。ミスをチクチク指摘されるのは基本男だけだから」

「そうそう。あいつ、たまーに風紀委員に顔出したと思ったら、俺らが見落としている案件をさらっと見つけて指摘して帰るからな。また指摘したうえに笑顔で成果の向上まで求めてくるんだ、憎たらしい。事実だし、良いことを言ってるから言い返せねえしさ」

「爽やかに抜け目なく、毒を吐いていくのがうちの会長様だ」

「あれで顔が不細工なら少しは親しみが持てるんだけどな」

「天は二物も三物も与えたなー」

「悠真君…会長は嫌われてる…のですか?」

  物凄い言われようだ。もしかして先輩達は悠真君を快く思っていないのかな。

 私にとっては少し意地悪だが優しい兄みたいな人だ。

 不安に思い尋ねると二人は瞬きして顔を見合い、笑い出した。

「全然!あいつを嫌いな奴なんて妬んで厄介がってる一部だけだって」

「俺達は悠真の能力をきちんと評価してるし、信頼もしてる。それに良い奴だしな。これっぽっちも嫌いじゃないよ」

「そうそう。ただ弱点がなくて腹が立つって話だな」

「そ、そうですか」

  弱点がないことはとても良いことだと思うのだけど。弱点が全くないと人を苛立たせるんだな…。

 でも先輩達が悠真君を嫌いじゃなくてよかった。


「あの子、出るんだな」

  風祭先輩の視線の先にはリーフェンのチームに合流するリンメイさんの姿があった。

 昨日の一件以降、リュイシンさんが責任を持って監視、行動を制限すると言っていた。

 私達はリュイシンさんの言葉を信じ、リンメイさんのことは口外していない。

  彼女は先日のファーストレースの時には私と同じ第三走者として出場していた。 

 その時はクラウディアさんやタルジュ君に気を取られていたけど、今は一番気になってしまう。

 走者の順番変更は自由だ。また同じ順番になるとは限らないけれど意識せずにはいられない。

「みんなお人好しだな。きちんと上に抗議すりゃいいのによ」

 月舘先輩も鷹取君も妨害を受けたが二人とも自分の不注意だからと、これ以上の妨害がないなら良しとした。

 事を大きくすればリュイシンさんやリーフェン学園全体の評判も悪くなる。

 それを二人は望まなかったからだろう。

 これから行われるファイナルレースは問題なく終われるといいな。

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