泣き虫の一歩ー7
デジタルフロンティアの表彰を終えると月舘先輩が意識を取り戻したと連絡が入った。
優勝報告に行こうと風祭先輩に連れられて学園内に併設されている病棟までやって来た。
正直気はあまり進まない。けど謝らなきゃいけないのは分かっている。
尻込みする自分を奮い立たせる。
「美奈子さん!?」
ちょうど月舘先輩の病室から出てきた美奈子さんと鉢合わせる。
研究施設以外で美奈子さんを見かけるのは珍しく驚いた。
「あら千沙ちゃん。試合見たわよ、優勝おめでとう!」
「あ、ありがとうございます」
「それと佳祐君。もうどこも悪くないから、心配しないで」
「本当ですか!?」
「ええ。医者も診て、この私も診たんだから安心して。世界各国の薬学を学んだ生体医学の専門家を信じなさいって。ただ、今日は絶対安静。あの堅物、意地でも病室から出さないで」
「は、はい」
「それじゃあね」
美奈子さんと月舘先輩がどのような関係なのかよく分かっていないが、顔見知り以上なのは確かだろう。
用件だけ言うと美奈子さんは颯爽と去って行ってしまった。
「千沙ちゃんって工藤教授と知り合いなんだな」
「え?あ、はい」
"工藤教授"と聞き慣れない呼び名で一瞬戸惑うが、それは美奈子さんのことだ。
美奈子さんは昔、生体医学や最先端医療機器の開発、研究の発表をしたりと公の場に多く顔を見せていたそうだ。
医療の論文なんかを調べると結構名前が残されている。
さらにはアルフィード学園の理事長の娘さんで軍の人にはかなりの有名人らしい。
だけどここ10年ほどはあまり表に姿を見せていないんだとか。
私にとっては教養や勉強を教えてくれたお姉さんみたいな人だけど、そんなすごい人と知ったのはアルフィード入学後だ。
悠真君もだけど、私に身の上の情報を話してはくれなかった。
話してくれなかったのは単純に私の知識不足が原因だろうけれど、知らなかったことは少し寂しい。
「失礼しまーす」
風祭先輩は私と美奈子さんの関係を少し気にしたみたいだったけど、深く追求はせずに病室へと入って行く。
どんな顔したら月舘先輩に許してもらえるだろうか。
ああ、駄目。来たはいいもののどうしたらいいのか分からない。
思わず病室の扉の影に隠れてしまう。
謝らなければいけないに決まっている。でも不快に思わせないにはどんな謝罪が適切だろうか。
これ以上先輩に嫌な思いをさせたくない。
ランク戦よりもずっと緊張する。病室に一歩踏み入れることすらできない。
「千沙ちゃん?どうしたの、入りなよ」
「え、あ、その…えっと…帰ります!」
「どうして帰るの!?ここまで来たなら佳祐の顔くらい見ていきなよ!」
堪らず逃げ出そうとする私の手首を風祭先輩はすかさず掴んできた。
そうだよね、謝らないで帰るなんて失礼だよね。
怖くてたまらない。透明人間になれるなら今すぐになりたい。
「そうそう。私が優勝してやったぞ!と高らかに報告してやろう」
「悠真君!?」
いつの間にか病室の出入口にやって来ていた悠真君は私を回れ右させると背中を押してきた。
退路は断たれてしまった。どうやら逃がしてはもらえないみたい。
病室へ入ると椅子に腰かける花宮先輩と枕を背にしてベッドに座る月舘先輩が居た。
夕暮れ越しに見える花宮先輩の瞳はほんのりと赤い。
当然だ、大切な人が倒れたのだから心配するに決まっている。
私は花宮先輩や月舘先輩を慕う人達にもとても申し訳ないことをしてしまった。
恐る恐る月舘先輩の横に行くが、まともに顔を見ることが出来ずにすぐ頭を下げる。
「あの…ごめんなさい!」
「何で謝るんだ?」
「それは…私が悪いからで…」
またこの流れだ。
謝るタイミングが違うの?まず最初は身体の具合を窺うべきだったのかな。
それとも謝る以外に正しい選択肢が存在するのか。誰か教えて欲しい。
「顔を上げろ」
「でも」
「いいから」
言われた通りに顔を上げたけれど、先輩を直視することは出来ずに俯いてしまう。
どうしよう、泣いてしまいそう。
今日一度、緩ませてしまった涙腺は我慢したい気持ちとは裏腹に脆そうだ。
「いひゃ!?」
すると頬を引っ張られて情けない声を上げてしまう。
予想外の出来事に驚くが月舘先輩が少し怒った表情をしている。
やはり謝罪だけでは足りないくらいに怒らせてしまったのか。
私の頬から手を離した先輩はため息をひとつついた。
「お前は人の言ったことをすぐ忘れるのか」
何のことだろうか。
焦る頭ではどれを指した言葉なのか思い出せない。
「倒れたのは俺の自己責任だ。悪い奴が居るなら俺だ、お前が謝る必要がない。だから泣くな」
先輩はここまで苦しめられようと私を責めようとはしないのか。
私は懸命に笑って見せようとするが、先輩の優しさが身に染みて涙が出てきてしまう。
本当に私は情けない後輩だ。
「あー佳祐が千沙ちゃん泣かせた」
「なっ、俺が悪いのか」
「そうよ、女の子の涙は全部男が悪い」
「何だそれは…」
「よかったね、千沙。佳祐気にしてないってさ」
「…うん」
「じゃあそういう時に言う言葉は?」
「…ありがとうございます」
私は泣いてばかりでまだまだ未熟だけれど。
どんな弱さも受け止められるような強さが欲しい。
恐怖から逃げずに立ち向かえる。
そんな勇気が私に持てていれば思い出を手放さずに居られたのかな。
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