一人じゃないー3
クロイツさんは何処に向かって飛んで行くのだろうか。
何とか予想を立てようとしてみるけど想像がつかない。
距離を詰められたものの、まだ50メートル以上の差はある。
純粋なスピード勝負だけじゃ勝てない。どうにか工夫しなくては。
島の一番端まで一直線に南下してきたクロイツさんはUターンすべく初めてカーブした。
私も方向転換しようとカーブした直後だった。
クロイツさんがスピードを上げ、大きく蛇行運転を始めたのだ。
最初は驚いたものの、蛇行すれば飛行距離は伸びるしパターンさえ読めれば私が有利だ。
私は直線に追走しながらも逸る気持ちを落ち着かせて、冷静にクロイツさんの飛行を見極める。
「そこ!」
タイミングを見計らってクロイツさんが飛んでくるであろう位置に飛び込む。
ところが、クロイツさんはそれを予測していたようにふわりと上昇し避けて見せた。
『やはり思考は単純だな』
「…っ!!」
私の攻め方などお見通しということだろうか。
クロイツさんは北上しながらも最初の一直線飛行とは打って変わって上昇や下降、速度の緩急、細かい方向転換など操縦技術の高い飛行で一切私を引きつけなかった。
一体どうしたら、少しでもクロイツさんに触れるんだ。差があるクロイツさんと渡り合える要素は…。
ひとつの作戦が思いつくけれど、これもまたクロイツさんに読まれてしまうかもしれない。
でもいつまでも鬼ごっこをしている場合じゃない。時間もW3Aのエンジンも有限だ。
ルイフォーリアムに1位は渡せない。賭けてみよう。
私はスピードを全開にして強引にクロイツさんとの距離を詰める。
クロイツさんも追いつかれまいと速度を上げ、飛行の細かい動きが減った。
スピードを上げるなら細かい方向転換は邪魔だ。ここまでは思惑通り。
やがて反対側の端、北の隅まで追いやる。
逃亡範囲の境界を示すラインが見えた所でクロイツさんは方向転換すべくカーブを始めた。
私はそこですかさず急ブレーキを掛ける。
これだけスピードを上げればブレーキを掛けようがピタリと止まれはしない。
けどそれでいい、もう追いかけはしないのだから!
ラインオーバーのギリギリを狙ってブレーキを掛けつつ突進する。
私が急ブレーキを掛けたことで衝突すると思ったのだろう、驚きクロイツさんの速度が急激に下がる。
W3Aは操縦者の思考を読み取って動く機械。少しの迷いが飛行にも影響する。
「届いてえええ!!」
懸命に伸ばした手はクロイツさんの足に触れた。これで鬼ごっこは私の勝ちだ。
後はブレーキだ。
敷地外の飛行、ラインアウトは失格になる。
光る線を目の前に私は止まるが、身体がふらつき線を越えてしまいそうになる。
そこをなんとか踏ん張り、線が身体に触れるギリギリで無事静止できた。
ほっと一息をつくと、バトンを手にしたクロイツさんが私の横に飛んで来た。
『まったく、無茶な奴だ』
「すみません…こんな方法しかクロイツさんに勝つ手段が思いつきませんでした」
『そうか。お前には何度も驚かされる…さあ、早く行け』
下手したら衝突事故になったかもしれない。クラウディアさんに知られたらまた怒られてしまいそうだ。
でもぶつからないようにタイミングも見計らったし、クロイツさんなら絶対に避けると信じていた。
クロイツさんから手渡されたバトンを受け取り、全速力でゴールの会場へと飛び立つ。
ここからなら一直線でゴールへ向かえる、スピードだけなら誰にも負けはしない。
進行方向には誰の姿も見当たらない。もしかしてもう皆ゴールしてしまったのだろうか。
そんな不安が頭を過るけど、気にしたって仕方がない。とにかく早くゴールするのみだ。
やがてゴールの会場が見えてくる。もう少しだと思った矢先、僅かにW3Aのモーター音を捉える。
後ろを確認すると猛スピードでこちらに向かうルイフォーリアムの機体が見えた。
だけど、距離は充分離れている。このまま速度を落とさなければ勝てる!
そう確信した時、今度は前方の下からモーター音が聞こえた。
建物や木々の高さすれすれの範囲で飛ぶリーフェンの機体と静止しているバルドラの機体。
どうやらバトンを受け取った直後のようでスピードはまだそこまで出ていない。
しかし距離としてはリーフェンが一番ゴールに近い。
下を飛ぶリンメイさんのスピードはぐんぐん上がっていく。
とうとう会場が近づき、ゴールとなるキラキラと輝く線が見える。
会場に辿り着こうとそのゴールラインを通り抜けなければゴールとして見なされない。
線はスタート地点となった地上の上空に位置し、今私が飛ぶ高さよりも下にある。
下降を始めなくては、そう思い下を見るとリンメイさんも上昇を始めていた。
絶対に勝つ。私はゴールラインだけを見据えた。
『…あなた本当にお馬鹿さん』
リンメイさんの低い声が耳を掠め、ぞっとする。
先にゴールすることに夢中で私はリンメイさんの上昇角度の異変に気づかなかった。
ゴールを目指すにしては最短ではない角度だ。まさか私に衝突する気なのか。
傍から見ればゴールを目指すうえでの接触に見えなくもない絶妙な角度とタイミングだ。
そこまで精密な飛行ができるのに、どうして勿体無い使い方をするのだろう。
今このタイミングなら私が進行方向をずらせば衝突は免れる。
だけど、そうしたら追い上げてきているルイフォーリアムが先にゴールを決めるだろう。
かと言ってこのままゴールを目指せば、ゴール手前でリンメイさんはぶつかってくる。
瞬時の判断に私は戸惑ってしまう。
彼女の行為は決して褒められた物ではない。だけど衝突すれば必ず怪我をする。
私も、彼女もだ。
誰かが傷つくのは嫌だ。でも勝ちは譲りたくない。
皆がここまで積み上げ、勝ち得た優勝への道を閉ざしたくはない。
それに、ここまで私を支えて信じてくれた人達の為にも絶対勝ちたいんだ――!!
だから私はその両方を取る!!
私はスピードを落とさず、上昇して来るリンメイさんを真っすぐに見た。
彼女が私を妨害する気があるのなら必ず衝突してくる。分かっているならそこを見極めればいい。
『これでお終いよ!!』
下降する速度は落とさずに神経を研ぎ澄ませ、突進してきたリンメイさんの身体を受け止める。
衝撃が激しく意識が飛びそうになるが懸命に堪えて理性を保ち、力任せに下降を続ける。
大丈夫、まだ飛べる!
ルイフォーリアムは角度を調整しゴールへは一直線だ。
歯を食いしばり形振り構わずリンメイさんを抱えたまま急いでゴールラインへ飛び込む。
間に合って―――!!
急降下でゴールラインを通過したのはいいものの、私の進行方向は地面だ。
しまった、またブレーキを考えていなかった。
慌ててブレーキを掛けるが、地面に着くまでに完全には止まれないだろう。
幸い、下には誰も居なかったが無傷ではいられない。
「リンメイさん、リンメイさん!!」
彼女だけでも飛び立ってくれればと思い呼びかけるが応答がない。
リンメイさんは意識を失っているようだ。
私の無茶で彼女に怪我を負わせるわけにはいかない。
リンメイさんを抱え込むようにしてから、力を振り絞って身体を捻る。
こうすれば自分の背中から着地し、リンメイさんへの衝撃は少しでも軽くなるはず。
ただ落下の衝撃は、先ほどの衝突よりも激しいだろう。
地面に打ちつけられた後、痛みでリンメイさんをどこかへ放り出してしまわないかが不安だ。
衝撃が怖くて私は目を瞑る。
やがて激しい痛みが背中を襲い、着地したのだと理解する。
意識を手放してしまいそうになるのを堪え、リンメイさんを掴む手に力を籠める。
そして再び何かにぶつかり痛みが来ると予想していたのだけど、痛みは来なくて軽い衝撃で収まり動きも止まった。
曖昧な意識のまま、うっすらと目を開けるとそこには何人か人の姿が見えた。
…ああ、誰かが止めてくれたんだ。よかった…。
「おい、しっかりしろ!!」
誰かの声が聞こえるけれど視界がぼやけて周囲の様子が分からない。
何人か人が居るのは分かるけれど、誰かも判断できず、私は大丈夫だと言いたいのに声が掠れてしまって言葉になってくれない。
でも何でだろう。私を呼ぶ声に安心した気持ちになれる。
私、勝てたかな…リンメイさんに怪我がないといいけれど…結局また無茶な飛行しちゃったから怒られるかな…。
気になることは沢山あったのに、そのまま意識が途絶えてしまった。
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