泣き虫の一歩ー1
リーシェイ国の皇族の血筋にあたる
彼女の行いは狡猾で証拠を残さず、勝利や目的の為には手段を選ばない。
昔のリーシェイ国では当たり前だった思想を今も根強く持つ一族の娘。
一夫多妻が認められているリーシェイ国には王位継承権を持つ一族が20は存在する。
その中でも権力や地位に執着を持つリンメイは初めから警戒するよう先生からは言われていた。
我の強い人間が多い国ではあるが、彼女は特に自尊心が高く、相手を見極め自分の思う通りに事を運ぶ女性。
正直リーダーを任されていても手を焼く人間である。
この体育祭において必ず何かしでかすとは踏んでいた。
アルフィードに来てからというもの彼女は単独行動が目立ち、姿を見せないことが多かった。
初日に行われた旗取り合戦も初戦が終わるなり、彼女は選手の一人を半ば強引に下がらせ自ら出場し始めた。
厳重に注意しようにも既に口裏を合わせているようで、「自分は交代して欲しいとお願いされた側だ」と言い張った。
明確な妨害行為に見えたのはW3Aのリレーレースだ。
彼女は三番手の選手で、四番手にバトンを受け渡す際に四校の選手を巻き込んだ衝突トラブルがあった。
リーフェン、バルドラ、アルフィードの三校の選手がオーバースピードによる制御不能の事故と処理されてはいるが、私にはどうにもリンメイだけは"故意"にぶつかりに行ったように見えた。
彼女に問えば「柄にもなく周りに流されてつい熱くなってしまった」など言ったが真意には思えなかった。
更には昨日の旗取り合戦決勝戦。
明らかにアルフィード学園の鷹取君は不調でした。それを知っていたかのようなリンメイの動きや表情。
彼女は自分の策略通りに動いていると活き活きとした笑顔になる。
私にはどうにも全てに彼女が関与しているのではないかと疑ってしまう。
どれも物的な証拠は無い。しかし彼女が関わると必ず誰かしらに不具合が生じている。
妨害する彼女の目的は分からないですが、また他校の選手に危害を加えるかもしれません。
これ以上はリーダーとして見逃せない。
今はW3A飛行演舞の自由演舞が問題なく行われている。
開始間近まで警戒していましたが、彼女は姿を現さなかった。
選手として出場していない彼女が試合中に妨害することはないでしょう。
あとは午後から行われるデジタルフロンティアに出場する選手の安全が気になる。
現在総合順位1位はアルフィード学園となっている。
彼女が危害を加えるならばアルフィードの選手の可能性が高い。
私は準決勝に出場するアルフィードの二人を探すことにしていた。
優勝候補である月舘君が一番危険と思い、彼の控室を真っ先に尋ねると椅子に腰かけあまり顔色の優れない様子だった。
まさか手遅れだったのだろうかと具合を気にかけるとただの体調不良だと返された。
それならば早い時間から控室で待機する必要はなかろうに、きちんと休息はとるべきだ。
彼は一人が出場できる最大種目数である三種目の競技に出場し、どの競技も最終まで勝ち残っている。
連日の試合に疲労が溜まっているはずだ。彼を良い選手だと思っているだけに純粋に心配だった。
「俺に何か用事があったんじゃないのか?試合が行われている時間にリーダーのあなたが、ただ世間話をしに来たわけではないだろう?」
「ええ、私のチームのリンメイが君を訪ねに来てはいませんか?」
「…いや。交流祭の時に少し話はしたが、それ以外は一度も顔を合わせていない」
「それならよかった。彼女が少々よそ様にご迷惑をかけているようなので」
今日顔を合わせていないのなら、恐らく彼に被害は出ていないだろう。
ひとまず安心するが、まだ一人の安全を確認できただけだ。
気を抜いてはならない。他の選手の様子も気になる。
「リーダーは大変だな」
「え、ええまあ」
彼から逆に心配されるとは思いもしていなかったので少し驚く。
私自身、自分がリーダーに向いているとは思わない。
単に学年と成績、問題行動の少なさだけで選ばれたようなものだ。
目立つ行動をとるシエンやフェイ、リンメイを注視するので精一杯。
他のメンバーのケアなど充分に出来ていない。
そもそも単独行動ばかりとる人間が多いのだからまとめるほうが無理なのかもしれない。
上下関係をきちんと重んじ統率力のとれたルイフォーリアムや個々の能力が高く連携を大切にするアルフィード、陽気で粗さが目立ちつつも皆が活き活きとしているバルドラ。
三校ともに違いはあるが、チームとしての繋がりのようなものを感じる。
リーフェンはどうでしょう。チームメンバーがバラバラで各自思うがままに動いているだけだ。
自分のリーダーとしての能力不足を痛感するが、それでもリーシェイ国としての弱味はここだと思わずにはいられない。
どんなに力があろうとも、個の力には限界がある。
時に仲間を思いやり、敬い。手助けしたり、力を合わせようとする心がなければ、本当の強者には勝てはしないのだ。
体育祭でここ数年、リーフェン学園は総合優勝どころか思わしい成績を残せていない。
まさかリーフェンを優勝させようとリンメイは動いていたのでしょうか。
だとするならば相当に無茶をしなくてはルイフォーリアムとアルフィードに追いつくのは無理だ。
リーフェンは残るデジタルフロンティアと旗取り合戦の2年生の部は勝ち進めていない。
両競技ともアルフィードとルイフォーリアムの二校しかおらず、私達に高得点は望めない。
総合優勝など不可能に近い。そこまでしてリーフェン学園を優勝に導いたとして彼女に何の利点がある。
携帯端末が震え着信を知らせる。
飛行演舞の試合が全て終了し、結果を知らせるメールだった。
結果は1位ルイフォーリアム、2位バルドラ、3位アルフィード、4位リーフェン。
すると現時点の総合順位は1位アルフィード90pt、2位リーフェン85pt、3位バルドラ70pt、4位ルイフォーリアム60pt。
しかし、この後のデジタルフロンティアで最低でも25pt、明日の旗取り合戦2年生の部でも25ptが勝ち残っているアルフィードとルイフォーリアムには50ptずつが加点される計算になる。
そのうえで最終競技のリレーレースをリーフェンが勝とうと1位は50ptしか入らない。
3位30ptと4位20ptの加点がある。
これでリーフェン学園の優勝は物理的に不可能。
もはやルイフォーリアムとアルフィードの優勝争いとなったわけだ。
となれば、もう彼女の妨害は意味を失くす。
私の警戒も必要がなくなったということでいいのだろうか。
同じく結果を確認していた月舘君は呼吸するのも辛そうに壁にもたれ掛っていた。
彼はあくまで平静を装おうとするが、どう見てもただの体調不良ではない。
「やはり無理はよろしくありません。私でよろしければ医務室までお供します」
「…平気だ…少し経てば落ち着く…」
「ですが――っ!?」
月舘君の身体に触れると熱く、相当な高熱であるのが伝わった。
本人は拒否しているが、放置していいものではない。
きちんと医者に診てもらうべきだ。
「強がってはいけません、治るものも治らなくなりますよ。さあ私に掴まってください」
何とか彼を動かそうとした所で控室の扉が開かれた。
「月舘先輩!?…まだ完治してないじゃないですか!」
やって来たもう一人のデジタルフロンティア出場選手である天沢さんは、すぐさま月舘君の異常に気づき傍に駆け寄った。
「…騒ぐな。少し休めば平気だ…」
「またそうやって無茶するんですね…今回は絶対駄目です。棄権して代わりの選手に出てもらって――」
「あいつに勝てる選手は控えにいない」
「体育祭で勝つことと自分の身体どちらが大事なんですか!?もっと自分を大切にしてください!」
天沢さんの必死さが伝わったのか月舘君はそれ以上何も反論しなかった。
「私も彼女に同意見です。君は明日も二種目試合が控えています。ご自身の身体を労わってあげてください」
「あらあら、月舘さんお薬効かなかったですか?残念です」
二人で月舘君を医務室まで運ぼうとすると、天沢さんと一緒に来ていたリンメイが愉快そうに笑っていた。
やはり彼の不調にも一枚噛んでいたか。
「彼に何をしたんですか、リンメイ!」
「やだ、リュイシン。怖い顔しないでよ。私はただ月舘さんが体調崩したって聞いたからお薬を差し上げただけよ」
リンメイは滑稽だと言わんばかりに含み笑いを崩さない。
「加熱によーく効くお薬をね」
付け加えた言葉はもう悪意を隠さない。
「あなた自分が何をしているか分かっているんですか!?」
とうとう本性を堂々と出した彼女に詰め寄れば、鬱陶しいと訴えるように睨みつけてきた。
「俺は…お前に渡された薬は飲まなかった」
「そんなの計算済みよ。私を信用していないのは態度で分かるもの。本命の薬はあんたの交流祭の飲み物に混ぜた。じわじわと効果が出るように調合した特製の薬をね」
笑いを堪えきれないのかクスクスと笑う彼女に怒りは募る。
「都合よく高熱を出したなんて聞いたら利用しない手はない。薬が効いていてよかったわ。思ったより持ちこたえるんだもの。本当なら昨日のうちに動けなくなる予定だったのに。おかげで一番いいタイミングでダウンしてくれて大助かり。どんな天才だろうと病には勝てないわね。月舘さえ落とせちゃえばあとは楽勝よ。無事に苦しんでるのが確認できてよかったわ。案内してくれてありがとう」
「そのために、私に話しかけてきたんですか…?」
「だって関係者以外は許可なく他校の控室に入れないし、リュイシンが嗅ぎ回ってて面倒なんだもの。あなたみたいなお人好しを利用すれば簡単だと思って」
「私はあなたがどうしても月舘先輩に会って伝えたいことがあるって言うから…!」
「そんなの嘘に決まってるじゃない。あなたお馬鹿さんね」
リンメイの嘘に気づけなかった自分を悔いているのか天沢さんは俯いてしまう。
気に病むことはない。人の善意を利用するリンメイが悪い。
「もう私達に優勝はありません、これ以上の妨害は無駄ですよ。早く解熱剤を出しなさい」
「勘違いしてるみたいだから訂正してあげる。べつにリーフェンの勝ちなんて興味ないわよ。私はルイフォーリアムに優勝してもらわないと困るの」
自国ではなくルイフォーリアムの優勝。
それが目的だと言い切った彼女の発言でようやく真意を理解する。
「…賭博ですね…!」
リーシェイ国の一部ではありとあらゆる出来事を賭博として楽しむ輩が居る。
次期皇位継承者は誰か、皇妃の身籠った子供の性別、有名人や皇族同士の決闘の勝敗と対象は幅広い。
大半の参加者は貴族達で、大金が動き裏では人身や命のやり取りまである。
それでもあくまで自国で行われている決闘や祭り事だけに留まっているものだと思っていた。
まさか国際的かつ健全な学生の競技祭にまで対象にしているとは考えも及ばなかった。
「大正解。今年は予想以上にアルフィード生の質が良いでしょう?近年ルイフォーリアムが優勝してるからそっちに賭けた安定志向の叔父様達に頼まれてるのよ。私なら今年はアルフィードに賭けるんだけどね。頭の凝り固まった老人は考えを柔軟にできないみたい。で、どうするの?運営に私のことを訴える?」
運営に訴えようがひとつも物的証拠が無い以上、彼女の妨害を立証できない。
彼女の陰謀に気づけず防げなかった私の責任だ。
誰もが問いに答えられないで居るとリンメイは部屋を出て行こうとする。
「待って!先輩の熱を治す薬があるならください!」
「本当馬鹿ね。ここまでの話理解できてる?渡すわけないでしょう」
「あなたの自分勝手な都合で人を苦しめないで!」
リンメイは天沢さんまで歩み寄ると真っすぐに見据えた。
「そういう良い子ちゃんな面した奴が一番虫唾が走る!」
近寄った時点で不審に思うべきだった。
リンメイは小型の注射器を手にし、天沢さんに刺そうとしていた。
咄嗟の出来事で反応できない天沢さんは動けずに居たのだが、リンメイの行動を唯一予想していた月舘君が天沢さんを庇い注射を受けた。
私はリンメイの服を掴み、強引に投げ飛ばすが注射器の中身は空になっていて、全て注ぎ込まれた後だった。
壁に打ちつけられ苦痛の表情を浮かべながらもリンメイはライターを取り出し、手にしていた注射器を破壊すると通常よりも火力の強いライターの火が跡形も無く注射器を溶かしていた。
急いで彼女の動きを封じるが、手際よく証拠は消されてしまう。
首元を刺された月舘君は天沢さんが揺さぶったり声を掛けようとも気を失ったようでぴくりとも動かない。
「注射の液体は何ですか!?答えなさい!」
「教えないわよ。そんな間抜けな女を庇った奴も馬鹿ね」
どうして人を陥れることに一切の躊躇いがないのだろうか。
リーシェイの古い風習や固執している大人達が彼女のような人間を生み出してしまった一因でもある。
実行犯はリンメイだ。もちろん彼女は変わらなくてはならない。
そして、国も変わらなければ。これ以上、被害者を増やしてはならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます