忍び寄る悪意ー2
係員の指示で目を開いた瞬間、僕は驚きで足が竦んだ。
吹き抜ける風に嫌と言うほど全体が見渡せ視界が開けている。
決勝のステージは何と全て透明のガラス張りで作られていた。
二つの塔の頂上にそれぞれの陣営、旗が設置されており現時点で相手の居場所は丸わかりだ。
お互いの塔の距離も塔自体の高さもざっと200mと言ったところだろうか。
相手陣営に攻め込むためには塔の外周に張り巡らされている螺旋状の透明なガラス階段を下り、一本道で繋がる通路を渡り反対側の塔へと移動するしかない。
大量の柱で支えられているとはいえ空中に作られたステージ。
下は海で落ちたらリタイア扱いだろうし、怪我だけでは済みそうにはない。
道となる階段や連絡通路には手すりや外壁がない。
少しバランスを崩せば海へ一直線だ。下を眺めて思わず唾を飲み込む。
「向こうは速攻を仕掛けてくると思う」
これだけ視界の開けた場所なら彼らは小細工なしに突っ込んでくるだろう。
僕が率直な意見を述べると飛山君も同意してくれ、すぐに指示を出してくれる。
「分かった。なら俺達は迎え撃とう。相手が俺達側の塔に辿り着くタイミングで俺が攻撃を仕掛ける。古屋は上から援護射撃してくれ。身を隠しての狙撃は今回使えない。それでも移動の妨害に銃はうってつけだ。最初から頼むぞ、鷹取」
飛山君が武器を構えて鷹取君に話しかけるが、銃を手にしている鷹取君の表情は硬く、いつもの明るい返事は返ってこない。
「鷹取君?」
「…え、ああ。任せろって」
『さあ、皆さんお待たせしました!旗取り合戦1年生の部、決勝戦!今回の舞台は全面ガラスで出来た透明空中ステージだー!油断して落ちてしまえば海へと直行、再起は不能!隠れることは許されない、相手の行動が丸見えなこの場所でフレッシュながらも確かな実力で頂上へと上り詰めた1年生達はどんな戦いを見せてくれるでしょうか!?それでは、始めましょう!アルフィード学園対リーフェン学園、3、2、1、Ready…Fight!』
鷹取君の様子を気に掛ける暇もなく試合は開始されてしまう。
予想通り、遠距離攻撃を出来る武器を装備していない様子のリーフェンの選手達は猛スピードで階段を駆け降り始めた。
迎え撃つと宣言した飛山君と僕も自陣を離れ塔の中層まで移動する。
走るリーフェンの選手達を妨害すべく鷹取君の銃撃は始まった。
いつもの鷹取君ならライフサークルを撃ち落とすほどの精度で撃てる筈なのに、狙いが定まり切っていない。
相手の近くに撃ちこめてはいるもののどれも直撃に至るコースではない。明らかに変だ。
「鷹取君どうしたの!?」
『…あの女やってくれたな』
通信越しにイラついている鷹取君のあの女という言葉に誰のことかと考えていると不敵に笑っているリンメイさんの顔が目に入った。
試合前から鷹取君は手を気にしていた。
まさかリンメイさんが鷹取君の手を負傷させたのか。
もし試合以外の場所で何かしらの妨害行為をされたと言うのであれば、それは体育祭の規則において違反である。
今すぐにでも訴えて試合を止めれば相手の反則負けだ。
「飛山君。鷹取君の様子がおかしい、試合を中断してもらったほうが…」
「証拠がないんだろ?」
『確信はあるけどな』
「なら試合は止めても無駄だ。鷹取の自己責任なんだから意地でも働け」
たしかに証拠がないならどんなに不正を訴えようが信じてもらえないし、言いがかりをつけたとして僕らが逆に妨害行為として扱われてしまうかもしれない。
飛山君は怒っているようにも見えたがどちらかと言うと呆れが勝っているみたいで
もう頭を切り替えているようだ。
それとも鷹取君はまだ動けると信じているのだろうか。
『わりいな、左の手から肩までの腕全体が痺れてる。狙撃は無理でも妨害はする』
痺れていると言いながらもライフル銃で的外れな銃撃がない辺り片手で随分器用な芸当を見せてくれる。
それでもリーフェンの人達は銃撃を躱しながら塔を繋ぐ一本道へと差し掛かり、間もなく僕らが居る塔へと辿り着きそうだ。
僕も目の前の相手に集中しようと下を見つめる。
相手が階段を上り始めようとした所で飛山君は一気に飛び降りそのままリンメイさんに襲い掛かった。
一番力が弱いであろう女性から落とすつもりだ。容赦ない。
しかしリンメイさんを守るように二人の選手が壁のように割り込んできた。
ところが反撃はしてこない。初戦の彼らなら確実に攻撃を攻撃で返すスタイルだったのに。
屈強な男二人が守りに徹した動きをしていて、飛山君の攻撃もなかなか通らない。
リンメイさんの動きは鷹取君が牽制してくれている。僕が加勢しなくては。
援護射撃を撃とうと僕が銃を構えた所を見計らっていたかのように一発の弾丸が僕の手に当たる。
しまった――!
僕は衝撃で銃を手放してしまう。リンメイさんも僕と同じ片手銃を使用している。
彼女が鷹取君の銃撃を避けつつも早撃ちし、見事一発で命中させたのだ。
完全に僕の油断が招いたミス。
手を離れた銃は階段から落ちる寸前で止まってくれていた。
『勇太、気を付けて!来るよ!』
慌てて銃を拾い上げると笠原君の緊迫した声が耳に届く。
階段を駆け上がる音、きっとリンメイさんだ。
上には鷹取君が居るけど手を麻痺した状態で普段通りの狙撃は期待できない。
僕が頑張らねば。
これ以上先には進ませない!
リンメイさんの姿が見えるなり動きを妨害すべく銃を乱発した。
ところが彼女は銃弾をすり抜けながら僕に向かって突進してきた。
ライフサークルをピンポイントに狙撃することも負傷させることも出来ず、無傷の彼女は僕を押し倒し、僕の胸元にあるライフサークルに銃を突きつけた。
そのまま撃たれて終わる。そう思ったのに、彼女は僕の耳元に顔を近づけた。
「本当あなた雑魚ね。同じチームの二人が可哀そうになる。お荷物よ」
冷たく囁かれた言葉は僕の心を折るには充分過ぎた。
誰も直接口にはしないけれど、ずっと思われていた筈だ。
技術も度胸も人より劣っている僕が決勝で戦っている。それ自体が後ろめたい。
今なんてどうだ?
まともに戦えていないし、役にも立たずにリタイアするじゃないか。
これが不相応にも代表選手になってしまった滑稽な奴の姿だ。
悔しい、自分の力のなさが情けない。
どの試合も勝てたのは二人の実力あってこそ。
分かってる、分かっていたことなのに。言葉にされるのはとても辛い。
「ルイフォーリアム相手より楽勝ね、ご苦労様」
リンメイさんは妖艶に微笑みながら銃の引き金をゆっくりと引いていく。
ここで抵抗すべきなのに、僕はどうしても体に力が入らなかった。
どうして僕はこうも弱者なのだ。皆ごめん、僕もう駄目みたい。
心の中で謝罪をしていると顔の真横を銃弾が通り過ぎる。
その銃弾を避けるようにリンメイさんが飛び退いた。
あと数センチずれていたら僕に直撃だったんじゃ…冷や冷やしながらも視線を凝らすとガラスの階段ごと撃ち抜いた穴から鷹取君の姿が見えた。
舌打ちをして上を見上げるリンメイさんは試合前に見た女生徒とはまるで別人みたいだった。
『おい、勇太!俺達はお前を信じて動いてんだ!お前も信頼に応えろ!』
下から階段を駆け上がる音が響く。
そうだ、僕はまだリタイアしていない!
作戦を練った際、僕が言った。リーフェンはこちらに速攻で攻め込んでくると。
二人の選手は必ずリンメイさんを死守した動きをとり、まず狙われるのは僕だろうと。
ここまで予想通り。予想が出来ても思い通りに動けないし、不測の事態に対する対処が僕はまだまだ下手だ。
それでも僕が自分から言った。飛山君が誘導してくる選手を一人は必ず仕留めるって。
有言実行しなくては、いつまでも昔の僕のままだ。
ありがとう、鷹取君。僕はまた諦めてしまうところだった。
形振り構っていられない。
僕は転がり込んで階段から落ちる寸前まで移動し相手選手の姿を探す。
『あと5秒後!』
「了解!」
笠原君は僕の行動を察してくれたのか、僕が狙いを定めているポイントに下の人達が姿を現す時間を伝えカウントダウンを始める。
『3』
「させない!」
背後からリンメイさんの気配を感じたが、振り向かずに銃を構えてピントを合わすことに集中する。
僕のライフサークルは身体と床の間に挟まれている。
身体ごと撃ち抜かなければ破壊は不可能だ。
それに鷹取君なら絶対に防いでくれる。大丈夫。
信じてくれた仲間を僕が信じなくてどうする。
『2』
僕の後ろに弾丸が降り注ぐ。
リンメイさんに僕へ攻撃させない為の鷹取君の牽制だ。
飛山君がリーフェンの選手二人に追われる形で駆け上がって来た。
二人は飛山君を止めようと必死だ。
彼らは目の前のことに集中しすぎて周囲への注意を怠る傾向がある。
『1』
飛山君を攻撃しようと右手を振り上げた、ここだ!
僕は落ちる危険も考えず身を乗り出し、ひとつ下の階層に居る相手に向かって銃を撃ち放つ。
無我夢中で撃ち放った弾丸は狙い通り、一人のライフサークルを撃ち抜いた。
やっ――!
喜びの声を上げそうになった瞬間、強く蹴り飛ばされる。
「ちょこまかと見苦しいわね」
リンメイさんは吐き捨てるように呟きながら、無防備な僕のライフサークルを撃ち抜くとすぐに階段を上り始めた。
不安定だった態勢の僕は蹴りという最後の一押しを喰らい、宙に放り出される。
そのまま海に向かって落ちていく。
やっぱり僕は詰めが甘い。というか一つのことで手一杯になってしまう。
のんびり反省している場合じゃない。視界の先は海しか映らない。
生身でこの高さから海に落下って怪我じゃ済まないよね!?
どうしよう、受け身とる?どうやって?そもそもどうやって態勢を変えるんだ?
パニック状態の僕は何かに掴まれ空を飛んで行く。
W3Aに乗った人に抱きかかえられたんだ。
そうだよな。万が一、選手が落下した時の救助をこんな公の試合で考えていない訳ないよね。
「少年、健闘だったぞ」
「あ、ありがとうございます」
救助の人は近くの陸地で僕を降ろしてくれると一言残して飛び立って行ってしまった。
降ろしてくれた地点は救護係の待機場所で試合の様子がモニターで映し出されている。
僕は慌ててモニターに近づくと、一対一で戦っていた飛山君がリーフェンの選手のライフサークルを撃破したところだった。
次に大きく映し出された局面は僕らの陣営で鷹取君とリンメイさんが対峙している所だった。
しかし鷹取君は立つことも難しいのか旗の前で座り込んでいる。
麻痺していたのは手と腕だけじゃなかったのか?
歩き出したリンメイさんが放った光弾を鷹取君は持っていたライフルで辛うじて防ぐが、その隙に鷹取君の背後に回ったリンメイさんは彼の右手首を掴み背中に回させる。
麻痺していない右の自由を奪えば成す術がないと分かっているからだ。
そして綺麗な笑みを浮かべ鷹取君のライフサークルを撃ち砕いた。
離れる直前に耳元で何か囁いたのだろう。
鷹取君は苛立った表情で彼女を見上げていた。
撃ち砕かれる前に抵抗しない鷹取君を不思議に思う人が居てくれると思いたい。
勝利を確信しているからかリンメイさんはゆっくりと立ち上がり呑気に階段の方向を見つめている。
すぐに飛山君が駆け上がって来たが、それを待っていたと言わんばかりに彼女はようやく僕らの旗に手を掛け掴み上げた。
『決まりましたー!!旗取り合戦1年生の部はリーフェン学園の優勝ー!!』
リンメイさんはにこにこと人当たりの良さそうな笑顔を作り、優雅に手なんか振っている。
こんな勝ち方をして満足なのだろうか。
僕は卑怯な戦い方に立ち向かう方法など考えたこともなかった。
けれど、それじゃ駄目なんだ。
今回の負けは僕自身の実力不足もだけど、僕の提案した作戦も原因だ。
もっと様々な事態を予想し、対策を立てないと。
こんなにやりきれない悔しさは初めてだった。
鷹取君の痺れは午後のシューティングの試合までに治らず、出場辞退で4位という結果になってしまった。
彼なら1位も狙えると思っていたので本当に残念だ。
それでも2年生の鳥羽生徒会長が見事優勝を果たし、体育祭5日目の競技終了時点でアルフィード学園は総合2位という好位置についている。
充分に総合優勝を狙える順位だ。
しかしリンメイさんのように試合外で妨害行為をするような人が居るとするならば、決して油断はできない。
純粋に楽しんでいた体育祭が突如不安が付きまとうようになってしまった。
もうこれ以上、心無い妨害で誰かが嫌な思いをすることがなければいいと、僕は切に願った。
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