忍び寄る悪意ー1
四ヵ国学園対抗体育祭5日目。
今日は旗取り合戦1年生の部の決勝とシューティング準決勝、三位決定戦、決勝が行われる。
全競技を通して初めて一種目の頂点が決まる日でもある。
順位が確定するということは大きなポイントの変動が起きる。
総合優勝へ向けて勢いづく最初の段階ともいえよう。
旗取り合戦が午前でシューティングが午後だ。
先日無事に白星を三つ上げて決勝に勝ち上がった僕らは待機すべく、試合開始の一時間前に試合会場にやって来ていた。
早くも会場は観戦のお客さんで盛り上がっているみたいで裏口からそっと入場していくと今日の対戦校である選手たちと鉢合わせる。
「ご機嫌よう、今日はよろしくお願いしますね」
僕らを見つけるなり近づいて来たのはリーフェン学園のリンメイさんだ。
リンメイさんは綺麗な顔立ちにスタイルの良さが引き立つリーシェイの民族衣装をモチーフとした代表選手の制服を見事に着こなしている。
昨晩の交流祭でも何度か言葉を交わしたのだが、とにかく、距離が近い。
きっと強い選手が好きなのだろう。飛山君や鷹取君に対するアプローチがすごい。
今日も早速鷹取君の腕に手を回している。
飛山君にも熱烈に声を掛けているが彼は昨日から一線引いているので、露骨に嫌そうな顔を浮かべ彼女と視線を合わせない。
普通の男なら嬉しいだろうスキンシップも飛山君には通じないみたいだ。
もちろん僕と笠原君は眼中になどないのだろう、視線は一切合わない。
「今日もすごいね」
女の子よりも機械いじりが好きだと断言する笠原君は他人事だと言わんばかりに呟いた。
「早く控室行こうぜ」
飛山君は早くこの場から立ち去りたいのだろう、既に歩き出していた。
僕はリンメイさんの後方に居る他の選手の様子が気になった。
挨拶したかったのだけど、皆表情は暗く俯いていた。
旗取り合戦の初戦で戦った彼らは陽気で、昨晩の交流祭でも自慢の肉体を作り上げる鍛錬の方法や武闘が盛んだという自国の話で盛り上がった。
そう、リンメイさんが居ない場で。
彼らはどうしてかリンメイさんが居ると黙り込む。
彼女が僕らの輪に割り込んだ途端口を噤み、彼らは苛立ちと恐怖が入り混じった複雑な表情を浮かべた。
最初は急なメンバー変更のせいかと思った。
リンメイさんは控え選手で、元々旗取り合戦の正規メンバーではない。
けれども僕らと対戦した次の試合から急遽交代し、残り二試合を見事勝ちに導いていた。
粗い戦術が変わったのもリンメイさんが加わってからだ。
優勝候補であったルイフォーリアムさえ抑え込む。
彼女の指示なのか分からないが、確実にリーフェン学園は質の違うチームになっている。
ただのミーハー美人選手ではない、要注意人物だ。
そんな状況もあって、彼らの中で確執が生まれ上手く噛み合っていないのかと思ったけれど。
なんだかそれだけではない気がする。
ようやくリンメイさんから逃れると鷹取君は僕らに小走りで追いついてきた。
「ずいぶんと好かれてるね」
「そうだな」
鷹取君はリンメイさんを嫌がったりはしない。
やっぱりあんな美人に好かれるのは嬉しいのかな。
「もしかして鷹取君もリンメイさんのこと気に入ってるの?」
「んーまあ胸がいいかな」
僕は自分が聞き間違いをしたのかと思った。
今、胸って言った?言ったよね?
「あの子当ててくるんだよね。タイプじゃないけどそれはいいかなってさ」
「まさかそれだけが理由でリンメイさんを避けないの?」
「おう」
真顔でなんと助平な発言をしているんだろうか。
鷹取君って結構女好きなんだな。
前から飛山君のため息が聞こえる。
きっと鷹取君の魂胆を最初から分かっていたんだろう。
二人とも外見も成績も良いので女子によく話しかけられているイメージがある。
よく考えたら飛山君は鷹取君に振り回されている場面を何回か見た。
「大変だね」と笠原君が労えば、「相部屋運がなかった」と飛山君はぼやいた。
既に何度か女性周りで面倒に遭わされているのかもしれない。
良くも悪くもアルフィード学園にはマイペースな人が多い。
それとも俗に言う秀才や天才の人はクセが強いからだろうか。
僕はただ苦笑いを浮かべるしかできなかった。
控室に着いて作戦を一通り確認し終えると皆普段通りに談笑していた。
僕は試合の時刻が迫るにつれて緊張で会話に混ざる余裕がなくなっていく。
時間ギリギリまで相手の動きを研究しようとずっと試合映像を見てしまう。
そんな僕の緊張しきった様子はみんなに丸分かりだったのだろう。
鷹取君が僕の背中を軽く叩いた。
「おい勇太。そんな緊張するなよ。一回勝った相手なんだから気楽に行こうぜ」
「そう、だよね、うん」
我ながら頷きすらもぎこちない。
「全然分かってないな」
「古屋はもっと自信持て。お前は決勝までこれたんだ、誰もお前を弱いなんて思ってないよ」
「そ、そうかな」
首席の飛山君に褒められるのは純粋に嬉しい。
心が跳ねるものの緊張が消え去ったりはしてくれない。
「勇太、口開けて」
笠原君に促されるまま素直に口を開けると飴のような物を入れられた。
「んん――っ!?」
口に入るなり強烈な酸味を受けた僕は声にならない悲鳴が出る。
かき氷を食べて頭がキーンと痛くなる感覚に似て、頭まで襲ってきた衝撃に思わず涙が出そうになる。
「何これ!?すごい酸っぱいけど!」
「うちの実家特製練り梅。噛めば噛むほど旨味が出てくるよ」
正直酸味が強すぎて旨味なんて感じない。
味を誤魔化そうと慌てて水を飲んだけど酸っぱさが広がり逆効果になった。
「まあその様子なら身体は解れたでしょ」
笠原君に言われて自分の身体が軽くなったことに気づく。
正確には緊張で固まっていた身体が解れてくれたのだろう。
「ありがとう」
お礼を述べると笠原君は満足げに笑う。
間もなく試合開始時間だ。僕らは円陣を組む。
「ここまで来たからにはあと一勝して優勝あるのみだ。絶対勝つぞ!」
『おー!!』
飛山君の力強い掛け声に引き締まる思いだ。そうだ、あと一勝で優勝。
アルフィード学園に来て強さは力や技術だけじゃなく精神も大きく影響するんだということをよく思い知らされる。
現に体育祭の代表に選ばれている選手は試合前になろうと変に緊張したりせず、余裕や強気があったり、平常通りに試合に臨む人が多い。
もちろん全員が緊張していない訳ではないだろうけど、少なくても僕のように竦む人間は居ないだろう。
僕は技術も精神もまだまだ未熟だ。憧れには程遠い。
それでも僕に今できる精一杯を尽くすまでだ。
飛山君と笠原君が控室を出て行くのに鷹取君は自分の利き手を不審そうに見つめていた。
先ほどまでリラックスしていた彼らしくない。先ほどの円陣で痛めたのだろうか?
円陣くらいで痛めるような軟な手でもないだろうけど。
「どうかしたの?」
「…いや、何でもない。行こうぜ!」
鷹取君はいつもの笑顔を浮かべたので深く追求せずに僕らも決戦の地に向かった。
この時、僕がもっと気にしていたら試合展開は変わっていたのかもしれない。
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