抱える想いー6
風紀委員の輪から抜けて彼女の元へ辿り着けば、やはりマリクの対処に困っていたようで俺が来たことに気づくと安堵の表情を浮かべた。
「よっマリク!今宵も絶好調のようですなー」
「おや風祭君じゃないか。今彼女を夜空の飛空艇デートに誘うところなんだよ」
「うわーロマンチックー俺も行きたいなー」
「君が来てしまったらデートではなくなってしまうでないか」
「みんなで行きましょう、大勢のほうが楽しいです」
あ、馬鹿余計なことを。適当に話をうやむやにするつもりが嫌な方向に向かってしまった。
彼女なりにマリクを気遣った譲歩のつもりだろうが、マリクはそんなことを気にする男ではない。
どんな形であれ取りつく島があればそこから口説いていこうとする奴だ。
「では風祭君と一緒に来るといい。そして二人で将来を語らい合うとしよう!」
こいつ俺を乗せるだけ乗せて、後は除け者にする気だな。
そもそも俺はついて行きたくないのだけど。
「あーじゃその話はいずれで。はい、千沙ちゃんの相手俺と交代」
「仕方ない。それじゃあ千沙、楽しみにしているよ。風祭君も気が向いたらバルドザック軍に入隊してくれて構わないからね。歓迎するよ」
「俺は家が煩いから無理。ほら、早く行った行った」
去り際まで面倒な奴だ。
手を取って熱く誘われようが俺は他国の軍に在籍するなんて不可能なんだ。
親父やお袋、兄貴たちにだって何と言われるか。
家族や故郷を捨て二度とアルセアの地を踏まない覚悟をすれば別かもしれないが。
家の言いなりに生きる窮屈な生活から逃れられるなら、それもいいかもしれないなんて思うことは何度もあった。
けれど結局決めきれずに今もこうしてアルフィード学園で当たり障りない生活を過ごしている。
つまらない人生だ。親だって良くできた兄二人が居るのだから三男の俺に大した期待もしていないだろうに。
世間体や家系の誇りだのそんなくだらない物を守る為に全員軍人になるのが絶対なんて。
本来軍は自らの意志で国の為に働きたいと思う者が所属するべきなんだ。
俺は別に国を守りたいとか発展させたいとかそんな大層な思想は一切ない。
自分の周囲の友人や後輩が笑って居られればそれでいいくらいにしか考えられない小さい人間だ。
きっと長閑な田舎で農耕や漁なんかをして気楽に暮らすのが合ってる気がする。
「…風祭先輩?」
「ん、どうした?」
「その、何だか気難しい顔をされていたので」
「柄にもないって?」
「いえ、そういう訳では…!」
「大したことじゃないよ。ただもっと気楽に生きられたらなーって思っただけ。悠真いつ戻ってくるの?」
「えっと、代表の挨拶があるからそれが終わったら戻ってくると言っていました」
「なるほど。千沙ちゃん一人にしていくなんて酷いよな」
「そんな…沢山の人と話してちょっと疲れちゃいましたけど、色んな人と話せて嬉しいです。ただ私が上手く話せなくて申し訳ないのですけど…」
「じゃあ俺余計なことしたかな」
「余計なことですか?」
「俺来ないほうがよかったかなーって。そのほうがもっと色んな人と話せただろ?」
「そんなことないです!風祭先輩が来てくれて嬉しかったです!先輩が居ると安心します!」
こういうことさらっと言えちゃうんだもんな。それもお世辞も嘘偽りもなしに。
普通は自分を出し過ぎると恥ずかしくなったり、弱い自分に見栄を張ったり、周囲を気にして本心は隠したくなるのに。
よくこの歳になっても感情のままを言葉にできるものだ。羨ましい限りである。
「千沙ちゃんって兄弟とかいる?」
「どうしたんですか、急に」
「あんまり千沙ちゃんの家族の話とか聞かないなと思って」
彼女はこの学園において明らかに異質な生徒だ。
武術の実力は男に引けを取らない実力を持っているのに、その力を驕ることも名誉や地位に利用しようともしない。
W3Aの搭乗は通常学園に入学してからでなくては不可能な筈。
それなのに彼女は随分と経験があるような乗りこなしをする。
時々一般常識からずれた発言をしたり、まるで子供みたいに無垢な思想を持ち合わせてもいる。
どうしたらこのように成長するか正直理解できない。
悠真以上に私生活がよく分からない子だ。
だから何気ない興味だった。ところが彼女は俺の世間話みたいな質問に暗い表情になった。
「たぶん…いないです」
「たぶん?」
「分からないんです。兄弟も両親も…分からないというか…覚えてないというか…」
俺が想像しているよりも彼女が歩んできた道は常人とはかけ離れていそうだ。
普通ではないと思っていたが、それ以上に世間一般に与えられているものや経験がないのか。
「私は知る為にアルフィードに来ました。まだ知らない世界や自分のことをもっと理解する為に…私も先輩達みたいに強くなりたいです」
「千沙ちゃんは充分強いと思うけど」
「私なんてまだまだ。すぐ迷って怖くなります」
彼女の言う強さは武力ではなく精神面のことだろう。
千沙ちゃんの根底には臆病がある。
だからこそ人との付き合いに慎重になるし、正解を見つけようと必死になる。
未体験の事柄に純粋な彼女は必要以上に悩む。
長い期間寝込んでもいたのだろうか。それにしては身体が鍛えられているか。
とにかくありとあらゆる経験が少なすぎる。
だから綺麗な心を持ちつつもこんなに消極的な態度になるのだろうか。
ところが試合になれば途端に強気な姿勢や強引な戦法を仕掛けたりもする。
ますます不思議だ。
「じゃあ考えるのなんか止めちゃえ」
「え?」
「考えるから迷うし怖くなる。なら考えるのなんか止めちゃえ。自分の感じるままに、周囲なんか気にしないで自分のやりたいようにやっちゃえばいいんだよ」
我ながら人に言うのは簡単だ。
それを自分が一番できていないのにそれを後輩に言ってしまうなんて駄目な奴。
「もしそれで失敗したら…それはその時に考える!自分の気持ちに嘘をつくのが一番勿体ないよ」
「ふふ、風祭先輩らしいですね」
俺らしい、か。
口だけの俺の発言を俺らしいと捉えられるのは良いんだか悪いんだか。
まあ、今は彼女が笑ったからよしとしておこう。
間もなく悠真が奥の舞台上で体育祭開催校の代表として挨拶をしていた。
そしてそれはこの時間から舞台付近の空けられた空間でダンスが始まる合図でもある。
招待された楽団の生演奏が穏やかに始まると、早速何組か踊り始めた。
「皆さん踊るんですね」
一方の千沙ちゃんはまるで他人事だ。
踊っているのは同じ代表選手同士だというのに気づいていないのだろうか。
「千沙ちゃんは踊らないの?」
「踊らないですよ!私踊りなんてできないです!」
だろうな。予想通りの戸惑う反応に笑ってしまう。
「知ってる?この交流祭で踊った人達の中から毎年必ずカップルができるんだって」
「そうなんですか。すごいですね」
これまた他人事だ。
女の子のわりに恋愛やお洒落など女性の会話に必ず食い込みそうな話題に彼女はまるで関心を示さない。
「興味湧かないの?」
「すごいことだと思いますけど、興味はあまり…あれ、私変なこと言ってます?」
「いや、珍しいとは思うけど」
「ああ!やっぱり変なんですね!ここはもっと女性としては興味持つところですか!?」
「俺は千沙ちゃんがそう感じるならそれで良いと思うけど」
やたら食いついてきたな。何が引っかかったんだ?
そんなに大多数の反応と自分が違うのが嫌なのか?
少なくてもこんな様子の彼女に恋愛についての話は無意味だろう。
残念だったなマリク。
「風祭先輩はいいんですか?…その、どなたかと踊らなくて」
まさか自分に返ってくるとは思わなかった質問に思わず詰まる。
「…俺はいいかなー。そもそも踊るのとか面倒だし」
去年は奏の顔を立てる為に踊りはしたが、その一曲で俺は交流祭を抜け出した。
一年経とうと誰かと踊りたくなるという気持ちは芽生えはしなかった。
気取った態度も余所行きの仮面もしない彼女の前では風祭家の三男を演じるのが馬鹿らしくなった。
良い先輩ではいてあげようとは思うが、貴族としての振る舞いや相手の機嫌を損ねないような言葉使いを忘れ、つい自分に正直になってしまう。
「好きな人とかいないんですか?」
遠慮無しでぐいぐい聞いてくるな。純粋に不思議に思ったのだろうけど。
周囲の思う風祭将吾に比べ、実際の俺は淡白だ。
物事に対する興味はあまりない。
「いない、いない。俺自分で精一杯だもん」
「…意外です…愛美ちゃんは風祭先輩みたいな人なら絶対居ると言っていたのに」
「俺はその辺の奴らと何も変わらないよ。ちょっと人より裕福な家に生まれて勝負事が好きな面白みのない人間。生徒会とか周りの奴がすごいだけで俺自身はちっぽけな人間だよ」
「そんな、先輩はちっぽけなんかじゃないです!私は風祭先輩のようになりたいんですから!」
「え、目指す対象間違えてない?」
先輩に対して失礼な物言いは避けたほうがいいとはいえ、お世辞が過ぎる。
けど、彼女はこんな勢いよくお世辞を言えるタイプではない。
そう分かっているからこそ、余計に驚いた。軽く引くまである。
俺みたいな能力も芯もない人間目指したら駄目だろ。
「間違えていないです!先輩は強くて優しくて、周りを気遣って動いたり話してくれる。先輩が居るだけでその場が明るくなりますし、そんな風祭先輩に私は何度も助けてもらっています。だから私は先輩みたいに誰かを助けられるような行動力のある人になりたいです!」
「――それはちょっと…過大評価すぎやしない?」
「妥当な評価です!」
俺は彼女の言うような人間ではない。
気が付くのはたまたまだし、優しさなんて善意ではなく半分は計算でしている。
仮に彼女の言う通りの人間に見えたとしても、それは作り上げられた風祭将吾だ。
本当の俺じゃない。
それなのに自信満々に言い切る彼女の言葉を少なからず嬉しいと思ってしまっている。
作っている俺でもそんなにも慕ってくれているのなら、罪悪感はあるが少しくらい喜んでもいいだろうか。
「…ありがとう」
「はい!」
そんな話をしていたら悠真が戻ってきた。となれば俺の役目はここで終わりだ。
「あれ、二人は踊らないの?」
俺達二人が壁際に避難しているのを見て悠真は首を傾げていた。
何をとぼけたことを言っているんだ。
自分が同伴している女が他の男と踊っていて問題ないのか。
「悠真の相手を取る気なんてないよ」
「俺は構わないけど。将吾が傍に居てくれたならガードはバッチリだね」
呑気なもんだ。こいつに独占欲とか嫉妬という感情はなかったのか。
それとも千沙ちゃんはそういう対象ではないということか?
「あのなー…もう少し大事にエスコートしろよ。どうせ悠真が千沙ちゃん誘ったんだろ?」
「そうだよ。千沙に悪い虫がつくのは困るけど将吾ならいいかなって」
「お前どういうつもりで千沙ちゃん同伴させたんだよ」
「それはもちろん。俺の自慢の後輩ですよーとアピールする為かな」
「え!そんな理由なの!?てっきり世間知らずな私を心配してるからかと…」
「それもあるね」
おいおい、なんだこの二人。きっと誰もがそんな意図だとは思ってない。
下手すりゃ二人ができてるか、その間近だと考えてる奴が大半だろう。
…付き合いきれない。
「じゃ、俺は帰るから」
「もう帰るのかい?交流祭は今が一番盛り上がっているのに」
「体育祭は明日からもある。佳祐じゃないけどこういう場は俺も得意じゃないんでね」
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