抱える想いー5

「逃げられましたわね」

  会話の内容などこれっぽっちも聞こえはしなかったけど、遠くから様子を見守っているだけで結果は容易に想像がついた。

  そもそも佳祐は去年も代表選手としてこの交流祭に参加していたが、誰ともダンスは踊らなかった。

 あいつの見た目は女性受けがいい。

 もちろん誰からも誘いがこないなんてことはなかった。

 けれどそれらも全て断っていたのは周知の事実だ。

 いつだか、どうして踊らなかったのか訊ると佳祐は「ダンスなんて一度も踊ったことがないのに踊れるわけがない。それに目立つのも好きじゃない」とそう零していた。

  国営科にくるような貴族の子供達は教育の一環でダンスを教わるのが当たり前だ。

 俺もダンスなんて性に合わず好きではないが、嗜みだのマナーだの言われて嫌々覚えたものだ。

 しかし佳祐は国の隅っこにある貴族なんて領主くらいしか住んでいない田舎の村で

育ったと言っていた。

 そんな彼がダンスを踊れないのも当然と言えば当然かもしれない。

  けれどあれから一年経った。

 代表選手に選ばれた生徒は今日の為に自主的にダンスを習得する生徒もいたりする。

 それに頭の良い佳祐なら簡単なダンスくらいすぐに覚えられそうなものだけど。

 やはり覚える気はなかったみたいだ。

 奏には可哀そうだが、佳祐相手にこの手の誘いは無謀だったのだろう。


「あいつも俺と同じで女苦手だからなー」

「龍一ほどじゃないがな」

「うるせえ」

「意中の殿方もまともに口説けないなんて花宮さんもまだまだですわね」

「どうして鳴海は素直に花宮を応援してやらないんだ?」

「空閑君ったら見当違いですわ。いつ私が彼女を応援しましたか?」

「…まったく鳴海も花宮も素直じゃねえな…もちっと素直なほうが可愛げがあって女としていいと思うぞ?」

「常陸君、あなたもこの機会に女性に対するあがり症克服なさったらどうです?会話が上手く成立しないなんて素直になるより論外です」

「い、いいんだよ俺は!」 

  現風紀委員会は普段からこんな軽口を言い合う雰囲気だ。

 会長である龍一はからかわれてはいるが威勢と面倒見の良さから皆からしっかり信頼されている。

 女性が苦手だと言ってはいるが嫌いではないし、30人以上いる風紀委員のメンバーをまとめ上げ、性別関係なしに全員を気にかけている。と言っても風紀委員はほとんど男ばかりだが。

 それでも間違いなく彼が中心で回っている。

 風紀委員のメンバーに国防科が多い為か変に気取っている奴も少ない。

 学園の治安は守られているし、多くの生徒から愛着がある龍一のお陰で変な気を起こす奴も滅多にいない。

  生徒会はどうだろう。風紀委員会と違いメンバーはたったの四人と少数。

 偏見を持った奴なんて一人も居ないし、実力を兼ね備えた立派な生徒である。

 俺は三人に比べて大分劣ってはいるが、それぞれがカリスマ性に富んでいて生徒達からの尊敬を大いに集めている。

  だが、仲が良いかと言われると少々疑問だ。

 彼らみたいに楽しいお喋りが飛び交うことはあまりない。

 会長である悠真はそれはもう社交性の良さは抜群でどんな相手とも上手く話すが、いかんせん忙しい奴であまり姿を見せない。

  実質、悠真を抜いた三人で行動することが多い。

 佳祐はあまり自分から口を開かないし、奏でもプライドが高いので話しかけられることが当然だとも思っている。

 そうなると話題を振るのが俺しかいないわけだけだが、どうにもこの三人は話が盛り上がらない。

 俺は悠真みたいにポンポン話題を振れはしないし、常に喋るのは正直疲れる。

 基本テキトーな態度を取っているのはそれが楽だからであり、話題を考えるのはそれなりに労力を使っている。

  生徒の皆は生徒会メンバーを随分崇高な集まりのように語るが、事務的な会話以外は無言でいる時間が長いつまらない集団だ。

 余程風紀委員会のほうが和気藹々としていて俺は好きだ。      

  せめて悠真が長く生徒会に居ればな。

 あいつ会議以外ほとんど姿を見ないけど何してるんだか。

 そもそも国防科の俺と国営科の悠真じゃ授業では会わないし、悠真はデジタルフロンティアも選手登録していない。

 カフェテリアや寮でも見かけることがなく私生活もよく分からない。

 同じ生徒会に居ながらも一番所在が分からない男だ。

 

  ふと姿を探すと悠真は千沙ちゃんを連れてルイフォーリアム学院の生徒達と親しげに会話をしている。

 その前はバルドラ学園の2年生達と話していた。

 会長としてなのか、それとも彼が持つ魅力からか周囲には常に人が居る。

 全校のリーダー格と交流を深め学園としての顔を立たせているのと自分のパイプを広げているのもあるだろう。

  あいつは爽やかな笑顔で平然としているが、相当な野心家だ。

 アルセア国防軍最高指令官である彼の父親がそうさせるのか、それとも悠真自身が渇望しているのか。

 どちらかは分からないが、あいつはただの優等生お坊ちゃまではない。

 確固たる信念を持って動いている。

 何が目的でゴールなのかは俺には到底知り得ようもないが。

  だから少し引っかかっている。どうして千沙ちゃんを同伴させる気になったのか。

 引っ込み思案の彼女が悠真を誘ったとは考えづらい。となると誘ったのは悠真の筈だ。

 もし悠真が千沙ちゃんに気があって誘ったのなら、それは一友人として応援してやりたくもなるのだが、どうにもそう見えない。

 まるで千沙ちゃんを自分の配下にあると皆に見せびらかしている。またはどこか挑発しているというか、男としての独占欲がそうさせているだけなのか。

 考えすぎなのは俺の悪い癖だろうか。止めよう。

 人の恋路を一々気にしていたらキリがない。


  思考を中断したところだった。ルイフォーリアム学院の生徒達と別れ、悠真は千沙ちゃんから離れた。

 一人きりになった千沙ちゃんは案の定、誰に話しかけに行くこともせず会場の隅に避難していた。

 あれは人に疲れたんだろうな。会話が得意でない人間は大抵ああなる。

 俺もパーティー後は嫌な疲れ方をしてぐったりとなる。

  そんな所にバルドラ学園のマリクが千沙ちゃんに話しかけに行っていた。

 あいつは絶対に気の疲れる相手だ。

 マリクは女に対して誰にでも気障な台詞みたいな言葉を浴びせる奴だ。

 甘い言葉遣いと整った顔立ちで女性受けはいいようだが、俺からすれば何をそんなに演じる必要があるのか理解できない。

 もしかしたらそれがマリクにとっての素かもしれないが、それはそれで恐ろしいもんだ。

 性格を抜きにすれば、頭のキレるバルドラ学園のリーダーで飛空艇の船長も務める優秀な人間である。

  最近バルドザックは優秀な人材を積極的に他国からも集めていると聞く。

 そういう意味でも千沙ちゃんを気に入った様子のマリクのことだ。

 何かしら誘いを持ち掛けるに違いない。

  誰か助け船出してやれよ、古屋か飛山あたり居ないのだろうか。

 彼女と気の合う友人などそのくらいしかこの場には居ない筈だ。

 先輩の俺が行くよりあいつらのほうが彼女もずっと気が楽だろう。   

 そう思い辺りを探してみると、あいつら他校の野郎同士で武術トークに盛り上がっていた。

 フォローの期待はできそうにない。

 これは気づいてしまった時点で俺が行くべきなのか。

 見て見ぬふりをすればよかったかもしれないが、それもできずに誰かのお人好しがうつったかなと内心苦笑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る