抱える想いー4

  今晩行われているのは交流祭という名の各校の代表選手だけが出席する立食パーティーだ。

 それにしても驚いた。

 まさか悠真が天沢さんを連れて会場に来るとは予想していなかった。

  別にパーティーに男性が女性をエスコートして来ること自体珍しくはない。

 だけど出席者のメインが生徒の時にするそれは少し異色である。

 そもそも生徒主体のパーティーでエスコートなどする必要性はあまりない。

 交際している間柄なのか余程気に入っている相手か、はたまた他の男性に意中の相手を取られたくないか。

 そんなアピールをする理由以外にあえて女性をエスコートする男子生徒は滅多にいないだろう。

 ということは悠真は天沢さんをそのような対象で見ているということなのだろうか。

 至っていつも通りの振る舞いな彼からは真意を図り切れない。 


  自然と風紀委員の面々と将吾と食事をしていたら嫌でも目立つ二人の話題になった。

 やはり二人に対して誰もが意外そうな反応を見せていた。

「ところで、花宮さんはいいのかしら」

「私?」

「ええ。お誘いにならないと他の誰かに先を越されてしまいますわよ」 

「…何のことかさっぱり分からないけれど」

  風紀委員の鳴海雪奈。この女はいつもこうだ。

 事あるごとに私に突っかかって来る。

 そんな彼女とも飛行演舞では同じく代表選手であり共に演技するチームメイトだ。

  だからといって特別仲が良くなるとかはなく、いつもと変わらない。

 むしろ口喧嘩が増えたような気がする。いや、私は喧嘩をしているつもりはない。

 ただ向こうが毎回腹立つ物言いをしてくるだけだ。

 含みのある言い方に苛立つ。今回は何だというのか。

「あら、よろしいのですか?私達と一緒にのんびり食事している場合ではないかと思ったもので」

「言いたいことがあるならはっきりおっしゃったらどうかしら?」

 ああ、笑顔が崩れそう。あくまで私は美しく可憐でいたいのに。

「ほら…もう別の女性に話しかけられていますわよ。今度はルイフォーリアムのクラウディアさん、お綺麗ですもの。この様子じゃ昨年同様お高く留まった花宮さんは数人の男性からの誘いを断った挙句、意中の相手から誘ってもらえない虚しさを誤魔化す為に風祭君にお相手を強制するのかしら」

「なんですって…!」

  たしかに去年は交流祭でのダンスの相手を将吾に頼んだけれど、別に強制などしていない。

 たまたま誘ってきた男共が全員タイプじゃなかっただけだし。

 手に持ったグラスを思わずテーブルに叩きつけたくなる。

「男性達の憧れの的である花宮奏でも寡黙ながら誠実さで人気のある月舘君のお相手は無理ですかね」

「どうしてそこに佳祐が出てくるのよ」

「ごめんなさい、私の勘違いでしたか。でしたら私が月舘君にダンスのお相手をお願いしてこようかしら。少なくても臆病者の花宮さんよりは望みがありそうですわ」

「誰が臆病ですって!?見てなさい、佳祐だって私の相手なら喜んでしてくれるわよ!」

  失礼しちゃう。

 私は男性から誘われることが多いけど誘うことだってできるんだから。 

  グラスを勢いよくテーブルに置いて真っすぐに佳祐へと向かう。

 当の佳祐はルイフォーリアム学院のクラウディアと一緒に居た。

 でも同伴ではない筈だ。彼が一人でこのホールに入ってきたのは見ていたし。

 大丈夫。学園内でも彼と親しい間柄の女性なんて見かけないもの。


「佳祐」

「花宮、どうかしたか?」

  話しかけるまではよかったのだが、いざ誘うとなると今更ながらに怖気づいてしまう。

 実はもうダンスの相手を決めているんじゃないか。

 今はパートナーと別行動しているだけとか。

 それとも目の前のクラウディアに先を越されているのでは。

  女の勘だ。私がやって来た時の彼女の目は私を歓迎してはいなかった。

 彼女もまた佳祐に好意を寄せているに違いない。

「少し話したいことがあるのだけれど、いいかしら?」

「構わないが…ここだと話しづらいことか?」

「できれば、二人きりで話したいの」

「私のことは気になさらないで。先日の謝罪を改めて伝えたかっただけですから」

  クラウディアは私が認めてあげてもいいと思う程に出来た女性だ。

 容姿端麗で聡明、武術においては私以上で、おまけに大人顔負けの統率力まである。  

 だからこそ彼女に引け目を感じたくはない。

  予想外の引き際の良さはどこか演技めいて見えてしまう。

 それは私の偏見なのかもしれないけれど。      

 クラウディアの了承を得て佳祐を連れ出せる、そう思って歩き出した時だった。

「佳祐。この後のダンスのお相手は決まっているのかしら?」

  しまった、先を越された!

 彼女の前で誘う勇気がなかった時点で私は負けていた。

「いや…決まっていないが」

「でしたら私と踊ってはもらえないでしょうか」

  即座に断って欲しいと願ってしまった私はなんて醜いことだろう。

 怯えながらも佳祐を見ると彼はクラウディアから視線を逸らしていた。

  何で悩むの!?

 クラウディアの誘いを嬉しいと思うが気恥ずかしいとか?

 でもそれならばすぐに誘いに応じそうなものだ。

 まさか他に誘いたい相手がいるけど、上手く行きそうにないから誘ってくれるクラウディアでもいいとか考えて――。佳祐に限ってそんな発想はしないか。

 そうじゃない!このままではクラウディアのペースになってしまう。

「待って!私もあなたを誘いに来たの。相手が決まっていないのなら私と踊って欲しい!」

  先ほどまでの消極的な自分とは思えない言葉が勢いで出た。

 明らかに彼は困った表情をしていた。

 緊張しそうな大舞台に立とうとも、どんな困難に陥ろうとも動揺しない冷静な佳祐が困っている。

  しかしもう引くわけには行かない。

 他の女性に相手を取られてしまう訳にはいかないのだから。  

 大勢の人前で演説するよりも、国中に流れる放送でインタビューされるよりもずっと今のほうが心臓の音が煩く鳴っている。


「……すまないが、俺は誰とも踊る気はない。他の奴を当たってくれ」

  佳祐は申し訳なさそうにそう告げると足早にその場から去って行ってしまった。

 二人ともが断られるなど考えてもいなかったので思わず拍子抜けした。

 それはクラウディアも同じだったみたいで、ショックというよりも呆然としていた。

 事態の読み込みが追いついてくると軽い苛立ちが芽生えてきた。

 こんな美女二人に誘われておいて両方断る!?ありえない!

「逃げられてしまいましたね」

  クラウディアと目が合うと嫌味も皮肉も籠っていない、純粋に残念だったという笑顔を向けられた。

 彼女の綺麗な心に自分の器の小ささを痛感させられ、苛立ちは直ぐに萎んでしまう。

  私でもクラウディアでも駄目なんて何がいけなかったのかしら…。

 今回は仕方ないか、とため息をつくしかできなかった。

 私も今年は踊ること自体止めちゃおうかしら。

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