抱える想いー3

  ゆっくりと昼食を取りながらお喋りしていたらあっという間に時間は過ぎ、悠真君との約束の時間になった。

 皆と別れ一人、双星館までやってきた。

 2時間も前から会場にやって来る人なんている筈もなく、館の周辺は静かだった。

  結局パーティーの開始時刻よりも早くに到着する理由は聞き損ねたけど何をさせられるのだろう。

 沈んでいた気持ちは皆のお陰で多少なり軽減されたけど、今度は目の前の予想できぬ予定で不安に襲われる。


  遅刻するのも申し訳ないので控えめに扉を開け正面玄関から中に入ると国営科の女生徒が私を見つけて微笑んだ。

「初めまして。国営科2年の榎塚皐と言います。この度は悠真君から千沙さんの身支度のお手伝いを任されたの。宜しくね」

「あ、初めまして、天沢千沙です。こちらこそ宜しくお願いします」

  上品な仕草で挨拶をされたのに私はぎこちない挨拶を返してしまった。

 やっぱり国営科の人って落ち着きと品のある人が多い。

「あの身支度って?交流祭はそんなに大変なんですか?装備とかちゃんと整えろってことですか?」

  すると榎塚先輩は私の発言が変だったのか小首を傾げた後、クスッと小さく笑った。

  ああ、まただ。私は的外れなことを言ったのだろう。

 自分の無知さが恥ずかしい。

 顔が熱いので赤くなっているのが自分で分かる。

「笑ってしまってごめんなさい。通りで悠真君が教えてあげて欲しいって言う訳ね。口で説明するよりも見たほうが早いわ。こちらに付いて来て」


  案内されるがままに一階の小部屋に入っていく。

 前に任務で訪れた時と同じ部屋で化粧台もある。着替えからなのかな。

 榎塚先輩が隅に設置されているクローゼットを開けるとそこには私とは無縁な高そうなドレスが数着仕舞われていた。

「千沙さんはどれを着てみたい?」

「私が着るんですか!?」

「ええ。だってパーティーですもの。それともご自分のドレスをお持ちだったかしら?」

  持っているはずがない。

 パーティーなんてものは麻子さんの護衛任務以外で訪れたことがない。

 準備ってそういうことか。正装を用意するなんて説明あったかな。

 それともこんなの常識だから特別記載する必要性なんてないということなのだろうか。

  私はてっきり皆でご飯を食べるだけだと思っていたのに。

 制服で参加するものだとばかり。

 言葉に詰まっていると榎塚先輩は私とドレスを見比べて一着手に取り渡してきた。

「これ全て私の物だから気にせず使ってもらって構わないわ。千沙さんは私よりも引き締まっているからサイズは平気だと思うの。試しに着てみて?」

  そうは言われたもののドレスなんて着たことがない。

 手渡されて最初に驚いたのは重量感だ。

 普通の衣服の2倍くらいはある。原因は間違いなくスカートだ。

 布が何重にも重なって膨らみを作り出し、レースなんかの装飾が大量に付いている。

 どうやって着用するのだろうか。ワンピースみたいでいいのかな。

  私がドレスを様々な角度で眺めているのが可笑しかったのか榎塚先輩が小刻みに震えて笑いを堪えている。

 こんなことなら交流祭について皆に聞いておけばよかった。

 そうしたらドレスの着方くらい教えてもらえたかも。

「ドレスは初めてかしら?」

「す、すみません…」

「謝らなくていいのよ。私が悪かったんだから」


  そこから榎塚先輩は丁寧に説明しつつドレスを着せてくれた。

 榎塚先輩は私に呆れたり怒りもせず初対面なのに随分優しくしてくれた。

 構造を把握していれば何も難しくもない服だったのに、着方に迷ってしまった自分が恥ずかしい。

「サイズは問題無さそうね。デザインや色はどうかしら。気に入らなければ他のを着てみるといいわ」

  全身鏡を前に私は鏡に映る自分が少し情けなく見えた。

 やっぱりこういうのは私には似合わないというか…ちょっと浮いている気がした。

 華美なドレスに自分が釣り合えていない。

 横目にクローゼットの残りのドレスを見るが、どれも綺麗すぎて榎塚先輩を惹き立てるには向いているが、私だとドレスに着せてもらっているような気がして仕方がなかった。

  床に着いてしまいそうなスカート丈の長さに動きづらさを感じた。

 けれど残りのドレスは濃い色で目立つ物や大人っぽい艶やかなデザイン、布量が少なく身軽そうではあるがスタイルが強調されそうな物で、用意してくれたドレスの中では今着用している物が一番落ち着いた淡い色で、かつ露出が少ない。

「これで…大丈夫です」

「よかった。私もこれが一番千沙さんに似合うと思ったの。それじゃあ次はヘアセットね」


  ドレスの着用なんて身支度のまだまだ序の口だった。

 そこからは髪を綺麗に編み込んだり、巻いたり、上にまとめ上げたり。

 ここまでで双星館に着いてからゆうに一時間が経過していた。

  ようやくヘアセットが終わったと思ったら今度は化粧をするというのだ。

 思わず私は必要ないと言いそうになったが、それが常識だと思うと断れず、榎塚先輩に身を任せた。

 慣れた手つきで進んでいる印象はあったけど、それでもこんなに時間がかかるんだ。

 女の人って大変だな…。

 皆から衣服に関して怒られたのが今更になって沁みてくる。


  全て終わった頃にはパーティー開始30分前だった。

 2時間も前に集合させられた理由をようやく理解した。

 パーティーに出席する人って毎回こんなに準備しているのかな。

 一度麻子さんの護衛任務の時にパーティーに参加はしたけれど、その時は新入生歓迎会であり出席者は全員制服だった。

 本当の社交場やパーティーはこんな風におめかしするものだと榎塚先輩に教えてもらった。

  パーティーが始まる前に私はもうぐったりだった。

 最後に少しでも履き慣れたほうが良いと渡されたヒールの靴に思わず顔が引き攣った。

 もちろん私はヒールの靴も履いたことはない。

 きちんと歩けるか不安になった。 

  悠真君を呼んでくると部屋を出て行く榎塚先輩に感謝を伝えると「気に入ってもらえたなら嬉しいわ」と穏やかに微笑んでくれた。

 とても一つしか年齢が違うとは思えない大人っぽさに羨ましさを覚えた。

 

  気を抜いたら転んでしまいそうだな、と歩きづらい靴とドレスに悪戦苦闘しながらも慣れようと部屋の中を右往左往していたら正装した悠真君がやってきた。

 人とは不思議で身に着ける衣服と髪型で随分印象が変わる。

 今の悠真君は随分と大人びて見えた。

「綺麗だね、とても似合っているよ」

「…ありがとう」

  褒められたら素直に受け入れるものだ。

 自分を謙遜するのも度が過ぎると相手を不快にさせてしまう。

 これも榎塚先輩が教えてくれたことだ。

 本当は笑顔で答えるのがベストらしいけど、今の私にはまだ難しそうだった。

「…旭が見たら喜ぶんだろうな…」

「え?」

「何でもない。それじゃあ改めて…」

 悠真君は片手を胸に当て少し屈むともう片方の手を私に向かって差し出してきた。

「では参りましょうか、お姫様」

「は、はい」

  急にかしこまった口調の悠真君に対して私はどう返事するのが正しいのか分からなかった。

断る理由もないので私は差し出された手を取った。

 ぎこちない私の姿に悠真君は面白そうに笑ったので自分がどんな状態でいればいいのか混乱するばかりだった。

 交流祭を無難に過ごせるか、その心配で頭がいっぱいになってしまう。

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