矜持にかけてー4


『激戦が続くデジタルフロンティアトーナメントも折り返し!準々決勝の始まりだー!勝ち抜いた8名の選手はバルドラ学園1名、ルイフォーリアム学院2名、リーフェン学園2名、アルフィード学園3名。バルドラ学園は残されたアラム選手に全てを託す形となり、唯一3名勝ち残ったアルフィード学園が優勢か!?しかしまだまだ優勝の行方は分からない!どんな展開が待ち受けているか誰にも予測不能!どの試合も目が離せないぞー!』

  熱の入った実況の声を遠くに聞きながら意識は遠のいていき、やがてまた明瞭に周囲の音が聞こえてくる。目を開けばリングの中だ。

  デジタルフロンティアはとても現実リアルに近い仮想実体ではあるけれどやっぱり少し違和感がある。

 自分を再現された身体であろうとやはり自分の肉体ではない。

 体温や匂いが無いのは大きな違いではあるけど、骨格や筋肉、体重、髪の毛などの細部に至るまで再現がされている。それでも何か別の入れ物に入れられた気分になる。


『準々決勝、第一試合。アルフィードに舞い降りた天使は今回も勝利をもたらしてくれるのか!?アルフィード学園、天沢千沙ー!』

  試合を盛り上げる為なのだろうけど、毎度大層な呼ばれ方をされている。

 天使に見えるのは愛美ちゃんがデザインしてくれた白い衣装の印象もあるけど、大半は視覚演出の操作をしているデジタルフロンティアの運営グループによるせいだ。

 演出でリングインや走ったりする際に白い羽根を舞わせたりしている。

 試合をしている当人には控えめな視覚演出しか見えていないのだけど、観客にはリアルタイムで派手な演出が見えている。

 一度自分の試合映像を見せてもらったら派手なショーでも見ているくらいに誇張されていた。

  大袈裟な扱いに私は未だに慣れない。

 気恥ずかしさを感じながらもゆるやかに着地し感覚を確かめるように軽く身体を動かす。

『対するはリーフェン学園、微笑みの貴公子、緑星リュイシンー!!涼しい笑顔の奥に隠れた熱い闘志で勝ちを掴み取るかー!?』

「いやはや。相変わらずアルセアの実況は気合いが入っていますね」

  スマートに着地を済ますと穏やかな口調で実況を他人事みたいにリュイシンさんは聞いていた。

 いかなる時でも冷静な人なのだろう、簡単には自分のペースを崩しそうにない。

「天使を負かしたら反感を買いそうですが、こちらも負けるわけにはいきません。全力でいかせてもらいます」

  リュイシンさんはパレットから刀を抜き構えた。

 同じパレット用の武器とはいえ刀を扱う人は稀だ。

 見慣れない動作であったが洗練された動きが彼の実力を物語っているようだった。

 気を引き締めて私もパレットから剣を抜く。

「それは光栄です。全力を出していただかないと面白くないので」

「ふふ、あなたのほうがよほど闘志が燃えていそうです」

『それじゃあ行くぞ―――3、2、1…Ready、Fight!』


  試合開始と同時にリュイシンさんは突進してきた。

 素早い攻撃を咄嗟に剣で受けるが威力も強く一気に壁際まで追い詰められる。

 重い斬撃で手がジンジンと痺れるような感覚がする。

「やはり防ぎますか。今の"狼突"は上手くいったと思ったのですが」

  こちらも負けじと反撃するが見事に全ての攻撃を見切って避けられてしまう。

 見極める判断も瞬時の反応も良い。まず攻撃を当てることが難しそうだ。  

「速い剣技です。フェイと比べたらどちらが速いですかね」

  リュイシンさんは尚も穏やかな微笑みを絶やさず余裕がある。

 まずは彼のペースを崩したいところだけど…。

 私が無暗に攻撃を続けようがリュイシンさんは避け続けることが可能だろう。


「今度はこちらの番ですかね」

 ――速い!!距離を取っていたのにあっという間に詰め寄られる。

 素早い連撃を避けるなんてできなくて全て剣で受けきるので精一杯だ。再び壁際まで追いやられる。

「―――っ!」

  私は横に転がり込んで攻撃を避け、すぐさま反撃の突きを放つ。

 リュイシンさんは少し驚いたようだけどちゃんと反応し私の突きを刀で防いだ。

「本当、剣を扱うというのに身軽な動きができる方ですね。羨ましいかぎりです」

  こっちは少し息が上がっているというのにリュイシンさんの笑顔は健在だ。

 悔しい、相手を焦らせたい。だけどこのまま真っ向勝負を続ければこちらが競り負けるだろう。

 なら、勝負を仕掛けてみよう。


  今度は私がリュイシンさんに向かって突進する。

 剣を思い切り振り下ろすが、もちろんこれは避けられる。

 それでいい、こちらの目的は剣を相手に当てることではなく地に突き刺すことだ。

 地に刺した剣を軸にして身体を浮かせ、捻らせ勢いをつけてリュイシンさんへ蹴りを入れる。

 この攻撃は想定外だったみたいで避けきれず彼の太腿に当たった。

「はあああああっ!!」

  着地と同時に引き抜いた剣を握り直し、体勢を崩したリュイシンさんに間髪入れず突き攻撃を与える。

 突きの連撃は刀で防がれたものの、数歩ふらついた所を見逃さずに最後に一回転して斬り上げる攻撃は無防備な胸元に決まり、彼のライフポイントを一気に五割まで減らせた。

「…これはまた…型破りな動きですね…」

  蹴りを入れるまでは咄嗟の思いつきだけれど、連撃から一回転して斬り上げるという緩急をつけた連続攻撃はきちんとした"陽光"という剣技である。

 ただ、私はどこでそれを会得したか忘れてしまった。それでも身体が覚えていてくれたモノのひとつだ。

 思い出はなくなってしまったけれど、身体には過去の自分が身に着けた技や動きが沁み込んでいる。

 この記憶があるからこそ、私は今の強さを保てている。

  リュイシンさんは尚も笑っていたが微笑むように細めていた目は開かれ切れ長な眼が見えた。

 ようやく彼の余裕を少し削げただろうか。でも、まだ勝ちが決まったわけじゃない、油断は禁物。


「出し惜しみをしている場合ではないですね」

  リュイシンさんは腰を深く落として刀を後方に引いて構えた。

 眼を閉じ息を吐き切る。そして瞳を大きく見開いた瞬間に感じる脅威。

 ――来る!

 そう察知した瞬間、今まで以上の速度でリュイシンさんは突進してきた。

 まるで流れ星みたいに光の筋を引いて迫ってきた。

 直撃は避けたものの刀は私の二の腕を捉えライフポイントも7割まで減らされた。

  攻撃はまだ終わらない。続いて薙ぎ払うように横に斬りかかってくる。

 それを咄嗟にしゃがんで躱す。

 リュイシンさんは迷わず刀を振り下ろし追撃してくる。

 私は刀を剣で受け止めるが座り込んだ体勢では力が入りにくい。

 このままでは押し負ける。

「いつまで我慢できますかね」

  苦しい、腕が悲鳴を上げている。

 けど、この体勢で攻撃をもろに食らえば次の攻撃も防ぎ切れはしないだろう。

 そうなれば大ダメージは必至。

 下手すればライフポイントを0まで削り取られる恐れがある。

「そろそろ終わりにしましょうか――!」

  より一層加わる力に耐え切れず、とうとう顔すれすれまで刀が迫ってきた。

 この押し合いにリュイシンさんは集中しているはずだ。狙うならそこしかない。

  イチかバチか。私はありったけの力で強引に押し返す。

 即座に両足を胸に引き寄せそのままリュイシンさんの腹部に蹴りを入れる。

 不意をつかれたリュイシンさんの力が少し緩んだ所ですかさず自分の剣ごと一気に押し上げ投げ飛ばす。

 剣は頭上高く上がり、リュイシンさんは体勢を崩した。

  そして空いた両手を地に着け身体を浮かせ、リュイシンさんの顎に蹴りを一発入れて追い打ちをかける。

 回転しながら落下して来る剣を掴みそのまま斬りつけた。

 これで決まった。そう思ったのだけど、まだだった。

「なっ!?」

  彼のライフポイントはギリギリ残っている。

 残ることを確信していたのか、それとも僅かな希望に賭けていたのか。

 リュイシンさんは私の攻撃を食らいつつも捨て身でそのまま攻撃に転じていた。

 気を緩めていた私は斬り上げられ身体が宙に放り出される。

 追撃で更に上へと上げられ無防備な状態で浮く形になった。

「宙に砕け散れ――"飛天燈砕刃ひてんとうさいじん"!!」

  力強くジャンプして私の高さまでやって来たリュイシンさんはアスタリスクを描くように三度斬り付けた。

 渾身の剣技に自分のライフポイントがぐんぐんと減るのが分かったが、どこまで減るかなんて気にしていられない。

  私だって負けられない!

 痛みで意識がぼやけてきて無我夢中だった。

 カウンターの可能性も恐れずにリュイシンさん目がけて落下していく。

 先に着地していたリュイシンさんは私が剣を振り上げているのが見え、しっかり刀で受けた。

「たあああああ!」

  このまま力押しする気はない。

 真下に着地はせずにリュイシンさんの背後に降りられるよう足で重心をずらした。

  着地直後は背中合わせの状態。すぐ振り返りざまに剣で斬り付けた。

 リュイシンさんも同じ動きをしてきた。

 一瞬でも動きが遅かったほうの負け。

  お互い動きが止まった。剣先を恐る恐る確認する。

 刀の剣先は私の眼前で止まっている。

 一方私の剣先はリュイシンさんの腹部横で止まっている。

 二人の僅かに残っていたライフポイントの片方だけが減っていく。


『―――勝ったのは…アルフィード学園、天沢千沙だー!!』 

  実況の声が届いたけど、まだ呼吸が整わなくて動けない。

 私は勝てたの…?

「負けました。天沢さんは本当に強いですね」

 パレットに刀を収め、私の前まで歩み寄ってきたリュイシンさんは握手を求めてきた。

「いえ、私はがむしゃらに戦っただけで勝てたのはまぐれです」

「そんなことはありません。あなたの反応速度や戦い方は並外れています。素早さなら自信はあったのですが、すっかり動きに翻弄されてしまいましたよ」

「リュイシンさんは充分強いですよ…もう一度戦ったらどうなるか分からないです」

  握手に応じるとリュイシンさんはいつもの笑顔で微笑みかけてくるのでこちらもつられて笑ってしまった。

 リュイシンさんの紳士的な対応にまだ心臓がバクバク言って受け答えに必死な私は尊敬してしまう。

「また戦える時を楽しみにしています。それでは、ご武運をお祈りしています」

  自ら回線を切断したのだろう、一礼するとリュイシンさんはリングから消えてしまった。

  戦術のない私の戦い方は決して上手くはないだろう。

 今回は勝てたけど、ここから先も勝ち上がれるだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る