矜持にかけてー3
Aブロックの試合が全て終了し15分の休憩時間になった。
やっぱり各校の代表とあって全ての試合が熱戦で、どの選手も強いと改めて感じさせられた。
次はいよいよBブロック。我らがアルフィード学園の先輩三人の出番だ。
「さて、そろそろ起こしてやるか」
常陸先輩が背伸びをして月舘先輩を見た。
月舘先輩の出番は一回戦の最後だけど寝起きすぐに戦うのは良くないだろう。
起こすならこのタイミングだと三人で決めていた。
すると空気を察したのか、月舘先輩は自らゆっくりと目を覚ました。
「お、起きたか。おはよう」
「…ああ…」
寝起きだからか月舘先輩の反応は鈍い。
それでも空閑先輩が差し出した飲み物には気づき、手に取り飲み始めた。
「具合大丈夫ですか?」
立て続けに話しかけられるのは嫌がられるかとも思ったけど聞かずにはいられなかった。
「…大分マシになった。頭痛は引いたから頭は動くだろ…」
どうやら先輩にとっては熱よりも頭痛が辛かったみたいだ。
「ったく澄ました顔して平気ぶってるからだよ。辛いなら辛いって言えよな」
「……迷惑をかけてすまなかった」
「迷惑上等。仲間だろ?それより無茶されてるほうがよっぽど困る」
常陸先輩の言葉に空閑先輩も私も頷いた。
その様子に月舘先輩は少し笑ってくれた。
「今後気をつける」
「おうおう気をつけろー。いざとなったら俺もお姫様抱っこしてやるからさ」
「お前、どこで、それ…!」
途端に月舘先輩の頬が赤くなった。
普段からあまり表情が変わらず、不調の時ですら気づかれぬようポーカーフェイスを保てる先輩が珍しい。
月舘先輩にも恥ずかしいという感情があったのか。
申し訳ないことをしたと思いつつも、意外な一面が見られてちょっと嬉しい気もした。
「鳴海のやつがさ"月舘君が天沢さんにお姫様抱っこされて行ったけど具合悪いの?"とか連絡してくるからさ。俺も現場で見たかっ――あぶねーな!」
常陸先輩が話し終える前に月舘先輩は手にしていた飲み物の容器を投げつけた。
きちんと容器をキャッチし机に置くと常陸先輩は「俺次試合だからー」と逃げるように控室を出て行った。
「それだけ、元気なら…大丈夫、そうだな」
「…空閑、笑いを堪えるな」
「いや…悪い…想像するとな。あの月舘がお姫様抱っこされてる、それも女の子に…」
「言葉にしなくていい…だからあれほど降ろせと…」
ぶつぶつと呟く先輩は意地でも降りればよかったと後悔しているようだった。
「あの…すみませんでした」
「そうだな、次は背負ってやれ」
「次なんかない!」
照れ隠しで怒る月舘先輩が可笑しくてとうとう私も笑ってしまった。
そんな和やかな空気も試合が始まれば消えてしまう。
Bブロックの第二試合に出る空閑先輩も休憩時間が終わるとリング付近で待機するべく移動してしまった。
Bブロック初戦、常陸先輩の相手はルイフォーリアム学院2年生のクラウディアさん。
女性でありながらルイフォーリアムのリーダーを務め、実力もあり優勝候補の一角と言われている。
常陸先輩はアルフィード学園のデジタルフロンティアでSランカー選手。武術の実力では学園の5本の指に入る強さを持つ。
実力者である常陸先輩すらも苦戦を強いられる。
クラウディアさんは的確な攻撃を仕掛けてくる。動きに無駄が少なく綺麗とまで思えてしまう。
そんな戦い方は月舘先輩を連想させる。剣速が速く、空を切る音がこちらにまで聞こえてくる。
二人は互いに素早い攻撃が得意で一瞬の瞬きすら命取りになる。
互いに致命的なミスはせず一進一退のような攻防を繰り返す試合だったが、常陸先輩は惜しくも負けてしまった。
続いて行われた空閑先輩の試合。対戦相手はバルドラ学園の2年生、アサドさん。
二人とも体格が良く、重い攻撃が多く繰り出されるパワー対決となった。
武器が衝突する音はどの試合よりも大きく迫力があった。
空閑先輩は薙刀、アサドさんは大剣。共にリーチの長い武器だが、隙が生まれやすい。
大きな隙一つ見せれば渾身の一撃は避けられない。
自身の弱点は分かり切っているのでお互い隙など簡単には見せはしない。
最終的には力比べの意地の張り合いになり空閑先輩が勝ちをもぎ取った。
空閑先輩の勝利を見届けると月舘先輩は立ち上がった。
「…もう本当に平気だ」
私の心配する視線に気づいた先輩はいつもの口調で言い張った。
これ以上心配するのも野暮なのかな…大丈夫、月舘先輩は強い。
「信じてますから」
「ああ」
いつものそっけない感じではあったけど、少し笑ってた?
先輩の僅かな表情の違いが分かった気がした。
しっかりとした足取りで月舘先輩は控室を出て行った。
やがてBブロック第三試合が始まると空閑先輩が控室に戻ってくる。
先に試合を終えた筈の常陸先輩がまだ戻ってこないことを告げると「気持ちの整理が着いたら戻って来る」と言われた。
負ければそこで終わり。トーナメント戦の辛いところだ。
常陸先輩の家は武道の名家だと聞く。家の重圧や周囲の評価もあるだろう。
初戦敗退は良くない結果だが、相手のクラウディアさんは相当強かった。
そんな相手とほぼ互角の勝負をしたのだから恥じることなんて何もないのだけれど、そうはいかないのだろう。
何より負ければ誰だって悔しい。真剣なほど悔しさは大きい。
純粋に悔しいという感情はどんなに抑えても消えはしない。
「そんなに心配しなくても龍一は強い奴だ。ちゃんと立ち直れる」
空閑先輩と常陸先輩は同じ風紀委員で信頼関係が強い。
その先輩が言うのだ、私も常陸先輩が帰って来るのを待とう。
一回戦もとうとう最後の試合になった。
月舘先輩とリーフェン学園2年生のフェイ君との試合が始まる。
フェイ君は身軽さを重視した武器を使用しない体術メインの戦闘スタイルだ。
脚技を得意としていて、速い動きで相手を翻弄し連撃で相手を追い込む。
しかし月舘先輩にそれは通用せず、フェイ君の攻撃は的確に防がれていく。
常人には目で追いきれない程速いフェイ君の動きだけど月舘先輩は見切っている。
月舘先輩の攻撃を辛うじて避けていたフェイ君だけど着実にライフポイントは削られ、最後に決めの一撃をもろに食らってしまう。
試合はライフポイントを八割も残した月舘先輩の勝利となった。
最初は悔しがっていたフェイ君だけど、すぐにいつか再戦しようと先輩に話しかけているあたり切り替えの
上手な子だなーと微笑ましくなる。
再び15分の休憩を挟んでトーナメント戦は続く。
次は自分の番だ。相手はリーフェン学園のリュイシンさん。
手強い相手だけど負けられない。
*
「いいなー私も千沙と戦いたかったー!!」
「仕方がありませんよ。くじで決まったことですから」
控室でずっと駄々をこねるシエン。
私の次の対戦相手はアルフィード学園の天沢千沙さん。
いつの間に仲良くなったのかシエンは彼女をとても気に入っているようで対戦することを熱望している。
「天沢さんが勝って、シエンも勝てば次に戦えますよ?」
「本当だ!」
少し考えれば誰でも分かる内容を言葉にしてやるとシエンは大きな瞳を輝かせていた。
単純で目前のことで頭がいっぱいの彼女は感情がすぐ顔に出る。
「シエンは馬鹿だな。そうしたらリュイシンが負けるってことだぞ」
フェイは待ち時間をじっとできないのかずっと筋肉の鍛錬を行っている。
シエンを馬鹿にしているが彼も相当な筋肉馬鹿だ。
「そうか!…え?じゃあシエンはどっちを応援したらいいんだ?」
「俺に聞くなよ」
真剣に悩んでいるところがまだまだ若い。
性格も実力も彼女のような子は稀だ。天才の称号を持つ者は常識や世間に囚われない。
自分は凡人の域を出ない人間なのだと思い知らされる。
近年の若い才能は恐ろしいものだ。
自分と同時期に入学したフェイは2歳下、一学年下のシエンに至っては5歳も下。
飛び級した上に学園のトップ争いに食い込んでいるのはこの二人だけだが、年々生徒の平均年齢が下がってきているのは事実だ。
彼らのように幼かろうと学園を卒業さえすれば軍に所属する軍人となる。
こんな若い子供を次々に軍に入れていいものなのだろうか。
国家単位の戦争は無いにしろ、リーシェイ国は町中の小さないざこざや一族間の争いが多い。
そうした問題に子供であろうと軍人として取り締まりや仲裁に入る形となる。
悪いことではないが納得しない大人も多いだろう。
しかし、どんな年齢であろうと強者の意見が尊重される、それがリーシェイ国だ。
私はこの軍の若年化をあまりいい傾向だとは思わない。
力をつける事が悪とは言わないが、子供にはもっと教養や知識を学ばせてから大人の社会に混ざらせるべきだ。
何事も武力だけで解決できてしまう。そのような思想や実績が昔にあり、現在も根付いている節がある。
このまま教育を疎かにすれば昔に戻ってしまうのではないか、そんな不安が拭えない。
今や文明が発達し武力が全ての時代ではない。
それを理解して軍は機械の運用に着手を始め、他国との姉妹校としてリーフェン学園も設立し飛行鎧W3Aをはじめとした電子機械を授業に取り入れ技術の拡散もした。
しかし他国から後れを取らぬようにと有能な人材を求める一方、変化に付いていけない現存の大人や未熟故に成果を出せない子供を育てるという手段はとらない。
物や場の提供は行うものの、あくまで成果を出した者だけを優遇する。
例えその者の欠点が目に付こうと軍事力として使えるに値する力があれば他はどうでもいい。
それが近年の軍人若年化に繋がった。成果を焦るのは当国の悪い所だ。
国は変革を推し進める一派と急激な変化についていけない武力で訴える一派に割れている。
変革を推し進める一派は著しく文明成長を遂げるアルセアを恐れているのだ。
非戦争協定を四ヵ国で結んではいるものの、リーシェイは国としての総合的な軍事力は劣る。
ルイフォーリアムは統制がとれた国で最新の電子機械を上手く取り入れつつも国政は決して乱れていない。
アルセアが建国されるまでは世界に国はリーシェイとルイフォーリアムしかなく二大勢力だったが、戦争が起きない現代とはいえ、現在はルイフォーリアムとアルセアが国として優れている。
だからこそ今一度、リーシェイの進むべき道を考え直す必要があるのではないか。
軍の在り方や未来を担う子供達の教育法。時代に合った変革は必要だ。
どんなに思ったところで、たかが学園の一生徒の考えなど誰も耳を傾けたりしませんがね——
「それでは私はそろそろ行きますね」
「リュイシン!頑張って!」
悩んだ末、答えが出たのかシエンは力強く鼓舞してきた。
「おや、私を応援してくれるのですか?」
「うん!だってリュイシンはシエン達のリーダー!絶対勝つ!」
「では、頑張らないといけませんね」
仲間達の声援に送り出され試合リングへと向かう。
連戦が続いた会場は休憩を挟もうと熱気で満ちている。
一番最初の試合が始まってから既に2時間以上が経過しているのに観客はまだまだ元気そうだ。
リーシェイにも闘技場はいくつかあり、力自慢を競う闘士は大勢居る。
もちろんデジタルフロンティアのような仮想実体ではなく生身の肉体で戦うものだが、それでも人が競い合う姿は人気なようだ。
しかし、純粋な力比べの試合もあるが、試合の結果を観客が賭けたり重要な決め事をする際の決闘もあり、殺伐とした試合も少なくない。
こんな観客全てが楽しんでいる空気は少し新鮮である。開催国であるアルセアは治安の良い国なのだろう。
搭乗席の付近で待機していると反対側の搭乗席に対戦相手の天沢さんもやってきた。
彼女は私の姿に気づくと深くお辞儀した。
どこまでも謙虚な人だが、時折覗かせる強気な姿は油断できない。
軽く礼を返すと彼女は安心したのか笑顔を見せるとそのまま搭乗席に着いた。
さて、今回の試合も全力を尽くしていきましょう。
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