行動の選択ー1

  四ヵ国学園対抗体育祭は3日目を迎えた。

 昨日のデジタルフロンティアトーナメント戦は準々決勝まで試合を終え、8位までの入賞者が出揃った。

 8から5位の入賞校はアルフィード一人、リーフェン二人、バルドラ一人。

 準決勝へと駒を進めたのはアルフィード学園から二人、ルイフォーリアム学院から二人となっている。

  私は辛くも準決勝へと勝ち進み4位に与えられる10pt以上の得点獲得は確定したが、総合優勝を狙うならばより上位を目指す必要がある。

 総合優勝をとるならば他競技でも高得点を取っているルイフォーリアム学院には負けられない。

  デジタルフロンティアトーナメント戦、準決勝以降は体育祭の6日目に行われる。

 まだまだ緊張に縛られる。こんな連日気負っている状態が続くのは正直堪える。

 やはり"代表"という肩書きは重い。

 責任と期待を背負って堂々と戦い続ける先輩達は本当にすごい。 


  W3Aリレーレース会場の控室で午前中に行われている2年生の旗取り合戦の試合を見守る。

 生徒会長である悠真君を中心に月舘先輩、加地先輩のチームは快勝を続けていた。

「もうこいつらのは試合というより模範を見せられてる気分になるな」

  常陸先輩はモニター画面をのんびり眺めていた。

 2年生だけの試合ということもあり、どの試合も長い時間がかかる熾烈な戦いとなっている。

 それでも先輩達は安定した強さを見せつけてくれるので負ける心配はしていない。

 私は勝敗よりも怪我が心配だった。

  デジタルフロンティアと違い生身で行う旗取り合戦は怪我が起こりやすい競技だ。

 シューティングは対人ではなく標的を撃ち抜く純粋な技術勝負。

 リレーレースと飛行演舞はW3Aを着用して行うので事故はあるけれど大怪我にまで発展することは滅多にない。

 旗取り合戦は軽防具を装着しているとはいえ、どの選手も強力な攻撃を繰り広げる。

 特に前線で戦う人の怪我は頻繁に起きうるので、常に前線で戦っている月舘先輩の様子をつい気にしてしまう。

  月舘先輩はまだ本調子ではない。

 本来なら充分な休養が必要なくらいなのに、結局休まず試合に出場を続けている。

 午後にはリレーレースも控えている。

 誰が月舘先輩の代わりを務められるかと言えば誰も居ない。

 それだけの実力があるからこそ一人が出場可能な最大種目数三つを唯一任されている。

 多くの人の期待や理想が嫌でもついてくる。

  弱音や本音を口にしない人だから、疲れていないだろうか。

 先輩がどれだけの重圧の中で生きているかなんて、そんなの少し考えれば気づけるものなのに。

 社会から遠ざかって生きてきた私には本当の意味でその重みを理解できないだろう。

 苦しみや辛さを話せる、寄り添ってくれるような人が居ればいいけれど。

  画面の向こうは無事アルフィードが予選三勝目を飾り、決勝行きを決めた。

 これで今日の旗取り合戦2年生の部は全試合が終了だ。

 1時間後にはこちらでW3Aのリレーレースが始まる。  

「さーて、俺らも負けてられないな」

  風祭先輩の声と共に私達は席を立ち上がり試合前、最後の試運転へ向かった。


  リレーレースも離れ小島が試合会場になっていて、小島をスタート地点にして海上を飛び回ることになっている。

 速度を遅めにしてフルフェイスを外して飛行すればとても気持ちいいのだけど、そのスピードでは勝負にならない。

  軽く慣らし運転をして、最高速度まで出したり旋回やブレーキ確認など一通り終えると、W3Aを装着した月舘先輩が会場に到着した。

 飛んでいた私達は皆で発着場まで戻る。

「よ、勝ったな!」

「ああ」

「休憩しなくていいのか?」

「問題ない」

「うっし、じゃあこっちも勝つぞ!頼むぜ」

「佳祐が本気出すまでもなく俺らでリード広げとくからよ。楽しんでいこーぜ」

 先輩二人は軽く会話を済ますとまた空へと戻ってしまった。

「…どうした」

 その場から動かない私を不思議に思ったのだろう。

 月舘先輩はフルフェイスを被らずに訊ねてきた。

「えっと…体調は大丈夫ですか?」

「平気だ。気にすることはない」

  私がどんなに気にしようが、力にもなれないし役にも立てない。

 仲間として頼って欲しい面もあったけれど、そもそも月舘先輩は頼るなら私を選ばないだろう。

 過去に何があったか分からないけれど、距離を置かれている気もするし。

 それでも心配せずにはいられなかった。

「その、私は人と話すの下手で、鈍くて皆がどう思ってるのか理解するのに苦労したりしてますけど。でも助けになりたいとは思うので…辛かったりしたら遠慮なく頼ってください」

  私なりに精一杯言葉にしたつもりだけれど、先輩は瞬きするだけで何も返してくれない。

 急に変なことを言ってしまっただろうか。

 どうしよう、それとも昨日のことまだ怒ってるかな。

「私じゃ頼りないかもしれませんが…あの、先輩同士で話せないこととか、あれば聞きますし…な、何でも言ってもらえれば…」

 自分でもどんどんおかしなことを言っている自覚はあるのだけれど、一度混乱してしまったら冷静さは取り戻せなかった。

「分かった、ありがとう」

  すると、あの月舘先輩が微笑んだ。

 話すら聞いたことはあまりない。珍しい光景に感動すら覚えてしまう。

「…なんだ」

 私がじっと見ていたのが気に障ったのかいつもの固い表情の先輩に戻ってしまった。

「いえ、何でもないです。リレーレースも勝ちましょうね!」

「ああ。勝負するからには勝つ」

 相変わらず自分の話し方の拙さにもどかしさを感じたけれど、先輩の笑顔が見れたことで少し得をしたような特別な気分になった。



  "WingAutomaticAssistArmar"、通称"W3A"は昨年の秋で誕生して20年経った。

 発祥の地アルセアだけではなく今やアルセアと貿易関係にある国には全て普及されている飛行鎧だ。

 空を飛ぶには飛行機しかなかった時代は終わり、人間一人だけでも空を自由に飛べる画期的な機械は多くの人を魅了し、また災害時の人命救助や未開の地の調査などに役立っている。

  そんな夢のような機械の知名度を飛躍的に上げたのがこの体育祭だ。

 当初は軍人の一部しか乗れないような代物だったが、15年前の開会式のセレモニーで軍が飛行演舞を披露したのがきっかけだ。

 その後は普及も広がり、各国の生徒も自在に使いこなし10年前からは体育祭の競技として起用され観客を熱狂させた。

  今では体育祭の華でもあり、若者の憧れる乗り物である。

 飛行演舞は集団における整列飛行としての綺麗さや難易度の高い飛び技をいかに成功させるかの技術が見どころの競技だが、リレーレースは純粋な飛行士のスピード勝負。

 いかに速く、効率良く飛行するかの技術が問われる。

 それでもあくまでリレー。バトンタッチの連携がスムーズにできなければ致命的な差を生む。

  リレーレースは体育祭で行われる競技で唯一四校全てが同時に競う。

 スタート位置には四人が横一列に並んだ。

  アルフィードの第一走者は常陸先輩。

 緊張している様子はなく、リラックスしている。

 常陸先輩は去年もリレーレース代表選手だったので、経験を活かしてもらおうと第一走者を任されている。

  レース開始のカウントダウンの信号が一つずつ点滅していく。

 全ての明かりが点けばスタートだ。

 プ、プ、プ、ポーン――!

 心地のいいスタート音が高らかに響いた。

 助走をつける為の足部に着いている滑車が一斉に動き出した。

 そして各々のタイミングで空へと飛び出して行く。

  いち早く速度を出した常陸先輩が集団を抜け先頭を行く形になった。

 あっという間に飛び出した選手達の姿は小さくなり視認できなくる。

 ここからはモニター画面越しで見守る。


「第三走者と第四走者の選手は係員の指示に従って移動してください」

  選手達に係員の指示が言い渡される。

 コースを一切明かさないのが伝統らしく、コース内容や距離、ゴール地点すら選手や観客は誰も知らない。過去の情報が使い物にならない。

 誰もがレース展開を予測できないワクワク感が欲しいらしい。

 どこに行くかも全く分からないので不安が付きまとう。

「じゃ、また後でな!」

  第二走者である風祭先輩と別れて係員の元へと行くと選手達は集合して船で海を移動し始める。

 スタートの会場である離れ小島を出て本島の船着き場までやってきた。

「選手の皆さんはこちらで待機してください」

  待機と言われても待機場所と呼べる物は存在しておらず、おまけにモニター画面もない。

 これではレースの模様は一切知り得ない。

 常陸先輩や風祭先輩を疑っているわけではないけれど、やっぱり近況は把握しておきたい。

 つい、そわそわしてしまう。

「落ち着け。ここで取り乱してたら発案者の思惑通りになる」

「そ、そうですね」

  月舘先輩の言う通りだと思うけど、分かってはいても気になってしまうものはしょうがない。

 今どのあたりを飛んでいるのだろうか。

 もう風祭先輩にバトンは渡っているのだろうか。

 トラブルに巻き込まれたりはしていないかな。

「二人とも上手いし勝負強い、何も心配ない。信じろ、仲間なんだろ?」

「…はい!」

「ならお前は自分のことだけ集中しろ」

  そうだ、あれこれ心配している場合じゃない。

 二人なら大丈夫。練習を一緒に何度も重ねて上手いのは知っている。

 仲間の私が信じなくてどうする。

 私が為すべきことは二人が繋いだバトンをしっかり月舘先輩に繋ぐことだけだ。


「第三走者の選手はあちらの地上から真上に飛んで、上空で待機してください」

 係員の指示にいよいよ自分の番が近いのかと思うと身が引き締まる。

「それじゃあ行ってきますね」

「ああ。楽しんで来い」

「楽しむ、ですか?」

「お前は気負うより楽しんだほうがいい」

  実力が発揮できる時はどんな時かと言われれば、気負っていない時というのは間違っていないだろう。

 自分ではあまり考えたことはなかったけれど月舘先輩がそう言うのならばきっとそうなんだ。

「分かりました、楽しんできますね」

「ああ」

  私が笑えば、先輩の顔もどことなく柔らかい表情になった気がした。

 もしかして月舘先輩は表情の変化がない訳じゃなくて、単に人よりも感情の表現が控えめなだけなのでは。

 だったら、ちゃんと気づいてあげられるようになってあげたい。

 色んな人に私は察してもらってばかりだから。

 私も誰かの小さな本音を見落とさないようになりたいな。

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