矜持にかけてー2
試合が始まってからずっとタルジュ君は力任せに攻撃を繰り出してくる。
私は全てを防ぎきってはいるが一向に勢いが落ちる様子はない。
パワーもスタミナも充分にあるのがよく分かる。
攻撃が決まらないことに苛立ち始めたのかタルジュ君の動きに粗さが目立ってきた。
その隙を突いて私は彼の腹部目がけて蹴りを入れると上手く決まり、リングの境界である透明の壁にぶつかるまで吹っ飛んだ。
少し力を入れすぎただろうか。けれど不必要に人を痛めつける彼の態度を思い出すと後悔はなかった。
タルジュ君が不快な思いをしたのも理解できる。
だけど無抵抗の相手に暴力を振るうのはやっぱり間違ってると思うから。
「クソがああああ!」
タルジュ君は心底腹が立ったようで大きな声で吠えた。
決して彼は弱くない。でも負ける気はしなかった。
今、武器は無くてもいい。私はパレットに剣を収める。
その行為が火に油を注いだのか血管が浮き出る程に彼の形相は歪んだ。
「なめやがって、ぶっ殺してやる!」
彼の言葉などまともに耳に入らない。
剣を手放し身軽になった分より速く動ける。一気に距離を詰めて思い切り拳で顔面を狙う。
寸前でタルジュ君は避けたがこめかみに掠ったようでライフポイントが少し削れ、実際には壊れていない壁に私の拳がのめり込み罅割れる演出が入った。
威力としては大袈裟な表現だと感じたけど、私が拳に乗せた感情を思えば適切かもしれない。
「…今のは先輩の分」
タルジュ君は反撃しようと武器を持っていない手で私の右腕を掴んできたが気にせず空いてる左手で彼の胸倉を強引に掴み上げる。
次に私が仕掛ける攻撃が予測できているのだろう、地から足が離れようとタルジュ君はもがき暴れる。
残念だけどこの手は絶対に放してやらない。
「きちんと反省しなさい!」
私は渾身の一撃を彼のお腹に決めてから解放する。
二度も腹部にまともな攻撃を食らえば痛覚信号で明確に痛みが来るはずなので、実際は殴られていなくともお腹に本当に痛みがあるように感じるだろう。
タルジュ君はお腹を抱え込むようにうずくまった。
「ふう…これでお説教はお終い。さて、ちゃんと試合しよう!」
一息ついて自分の苛立ちをリセットしようと手を叩いて気持ちを切り替えたのだけど、タルジュ君は起き上がらずピクリとも動かない。もしかしなくても…やり過ぎたかな。
彼のライフポイントはまだ半分くらい残っているし制限時間だってまだ25分もある。
体育祭は試合の制限時間が30分間と通常の倍設けられている。
まだまだ試合を続けるには充分過ぎる状態なのだけど。
間もなくタルジュ君の姿がリング上から消える。これは回線切断で起こり得る現象だ。
『おーっとタルジュ選手、気絶により回線ダウン!よってこの試合はアルフィード学園、天沢選手の勝利だー!』
まさか気を失ってしまうとは…力加減の調節間違えたな…。
我を忘れていた節もあるので私自身も反省しなくてはいけない。
急いで私も回線を切断しリングから離脱してタルジュ君の搭乗席へと駆け寄る。
まだ気を失っているようで目を開かない。
どうしよう、脳が傷ついたりしていないだろうか。
直ぐにバルドラ学園の生徒と救護係もやって来てタルジュ君は運ばれて行ってしまった。
試合とはいえ力任せに自分の感情をぶつけた私だって彼と変わらない。
本当ならちゃんと言葉で説明して理解してもらえるのが理想なのに。
結局、力に頼ってしまう自分が情けない。落ち込みながら控室に向かう廊下をとぼとぼと歩く。
「タルジュなら大丈夫よ、気を失っているだけだから」
バルドラ学園の女生徒に声を掛けられた。
たしか彼女は救護係と共にタルジュ君の元に駆け付けていた生徒の一人だ。
怒られると身構えてしまったのだけど、そんな私に彼女は穏やかな微笑みを見せてくれる。
「初めまして、私はバルドラ学園2年生のアザリーです。天沢さんには度々ご迷惑を掛けてしまって…ごめんなさい」
アザリーさんは深々と頭を下げるので私もそれ以上に頭を下げる。
「いえ、私の方こそごめんなさい!…私情が入ってつい思い切り…」
「いいのよ、タルジュにはいい薬だわ」
「でも…」
アザリーさんは私を責める様子もない。でもただ私を気遣っているだけでもなさそうだ。
目を細め少し切なさそうに私を見る表情に言葉が詰まってしまう。
「あなたは強い上に優しいのね…羨ましい。バルドザックにはあなたのように武術に長けた女性は殆ど居ないの。女性の多くは商いか踊り子をはじめとした遊楽を仕事にしている国でね…何事も男が主導権を握る強者であり女は媚を売る弱者という凝り固まった思想の人が未だに多いわ。だからタルジュは女性を見下しきっていた。それがあの子の敗因でもあり弱点で悪い所。これで少しは考えを改めてくれるといいのだけど」
「…そうですか」
タルジュ君自身が全て悪いわけでもない。
生まれ育った環境、身近な人の考え方や価値観で人は変わってしまうのかもしれない。
そう思うと今の私は良い友人や先輩に恵まれているのだろう。
「試合前の話も聞いているわ。タルジュの目が覚めたらリーダーが彼を連れて怪我を負わせてしまった方々にきちんと謝罪に窺うわ。あなたには随分と嫌な思いをさせてしまったのにタルジュを心配してくれてありがとう」
「いえ、そんな。試合とはいえ私は強く殴ってしまいましたし…後遺症とかないといいのですが…」
「ふふふ、平気よ。毎日アサドに直で殴られているんだもの、このくらいでどうにかなったりしないわ。意識が戻ったらあなたに絡んでくるかもしれないけど、適当に流してもらって構わないわ。この後、二回戦でしょ。頑張ってね」
控室の扉をそっと開けると月舘先輩はまだ寝ていた。
事情を説明して理解してくれた常陸先輩と空閑先輩は静かに待機してくれていた。
「ただいま戻りました」
「おかえり」
「圧勝だったな」
二人は試合の生中継映像が映る画面から視線を外し、私が帰ってきたのを迎えてくれた。
画面にはAブロックの二試合目が映し出されていた。
ルイフォーリアム学院2年生の斧の使い手であるトラウムさんとリーフェン学園のリーダーである2年生のリュイシンさんとの試合はどちらが優勢とも言えない白熱したものだった。
この試合に勝った人と私は戦うことになる。
「二人とも強いですね」
「そうだな。特にリュイシンはやばいぞ」
体格も良く力技が冴えるトラウムさんも充分すごいのだけれど、すらりとした身体で細長い刀を駆使して力で対等に渡り合えているリュイシンさんが戦術としては
相手の攻撃を往なす、力の受け流しは見入ってしまう。
リーシェイ国は身軽な動きを得意とする人が多く、リュイシンさんも例外ではないのだけど少し質が違う。
シエンちゃんのようなぴょんぴょんと飛び跳ねる軽快さではなくて、まるで水のような掴みどころのない滑らかな動きだ。
身近な人物に例えるなら麻子さんや花宮先輩に近い。二人も細身で特別力が強い訳ではない、戦い方が上手いのだ。
しかし、リュイシンさんには二人にない力もある。何回かトラウムさんの攻撃をもろに刀で受けているが押し負けはしない。
試合は拮抗しているかに見えたけど、ひとつの隙で大きく動いた。
連撃で畳みかけようとしたトラウムさんだったが、それを食らいつつもリュイシンさんが渾身の一撃を決めた。
そこで態勢を崩してしまったトラウムさんにリュイシンさんは容赦なく攻撃を仕掛けライフポイントを削り切った。
私の次の対戦相手はリーフェン学園のリュイシンさんに決まった。
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