矜持にかけてー1
初日から白熱する試合が続いている体育祭は今日で2日目。
代表選手発表の場での花宮先輩の宣言通り、アルフィード学園は総合優勝へ向けて快進撃を見せてくれている。
午前に行われたシューティングも大盛り上がりを見せ、激戦の中アルフィードは生徒会長の鳥羽先輩と1年生である鷹取君が見事に準決勝まで駒を進めていた。
準決勝以降の試合は5日目に行われるので僕達は午後から行われるデジタルフロンティアのトーナメントを観戦する為にスタジアムに急いで来た。
年間で最も動員数が多い体育祭のスタジアムは満席で立ち見の人も大勢居て、スタジアムには入りきらないほどだ。
席を確保する為に午前から待機している人も多い。
一般客には入場規制がかかっている中、学生である優先権を使って客席まで来られたもののやはり座っての観戦は無理そうだ。
「カフェテリアの中継観戦でいいんじゃないか?」
一緒に来た飛山君は人の多さにげんなりしていた。
「たぶんカフェテリアも満席だよ。それに今から戻ったら天沢さんの試合始まっちゃう」
「じゃ適当に混み具合マシなエリア行こうぜ。一番上とかでいいだろ」
移動を始めようと階段を上り始めた時だった、最前席から僕らを呼ぶ声がした。
そこには生徒会の風祭先輩や花宮先輩の姿が見えた。
まさにアルフィード学園のデジタルフロンティアランカー選手であり、現在の有名生徒が二人揃うだけで目立つ。
そんなものすごい二人の横に縮こまっている西園さんを見つける。
よく行動を共にしている南条さんや北里さんの姿が見えないが一人でどうしたのだろうか。
「飛山も古屋も一緒に見ようぜ」
僕らを呼んだ風祭先輩は最前席を空けてくれる。
詰める形で座るので少々窮屈だったが最前という良い席を譲ってもらえるのだ、文句は言えない。
辺りはアルフィード生で埋まっているあたり、誰かがこの一帯を陣取ったのだろう。
客席全体を見渡すと最前を各校が集団で陣取り応援態勢は万全だ。
きっと上から見れば各校のカラーが四色に綺麗に分かれて見えるだろう。
その中を縫うように選手個人の応援を熱心にするファン集団の気合の入った横断幕や応援グッズが目を惹く。
「はい、二人ともどうぞ」
売店で売られている応援グッズのひとつ、学園の校章が入っている団扇を西園さんから手渡される。
デジタルフロンティアをはじめ、お祭りごとが好きであろう西園さんは売店に置かれている応援グッズを全て網羅しているみたいで様々なグッズを持ち合わせていた。
皆もタオルやライトなど何かしら応援グッズを手にしている。
これらの応援グッズも生徒が考案から発注まで行い、デジタルフロンティアや学園施設を運営する為の貴重な収入源になる。
僕はすっかり購入を忘れていたが、生徒として何か一つは買うべきだった。あとで何か買わなくては。
周囲への挨拶もそこそこなうちに実況のアナウンスが始まる。
オープニングとも言える各校の選手紹介映像が画面に大きく映し出され会場は更なる熱気に満ちる。
試合中の視覚演出もだけど、デジタルフロンティアの運営生徒は本当に凝った映像の用意がすごい。
真剣勝負に心が揺さぶられるのはもちろんだけど、華やかな演出の数々が多くの人を魅了する大きな要因の一つだ。
紹介映像が終わると息つく間も与えずに実況が第一回戦へと進行を進める。
Aブロック第一回戦は天沢さんとバルドラ学園の1年生タルジュ君だ。
『初戦を飾る一人は砂漠の国より来たりし猛る剣士、熱き闘争心が求めるのは勝利のみ!バルドラ学園、タルジュ選手!』
実況に煽られながらタルジュ君が意気揚々とリングへ入った。
バルドラ学園の応援は楽器が主体で明るく賑やかな演奏が一斉に響く。
『対するは、閃光の如く翔ける天使、眩き光は勝利の福音を鳴らす!アルフィード学園、天沢千沙選手!』
「さあ!こっちも声出していくぞー!!」
応援を仕切っている2年生の掛け声と共に周囲の生徒は大きな声で天沢さんのリングインを出迎える。
普段の学園生活ではあまりお目に掛からない集団での大声だ。
学園で必要以上に騒げば怒られるし、娯楽の施設や大きな行事があまりないアルフィードで大勢が一致団結して声を合わせる機会などそうそうない。
当の声援を受ける天沢さんもあまりの盛大な応援に驚き戸惑っているのがここからでも分かった。
彼女らしい謙虚な姿勢で応援に感謝のお辞儀をしていた。
「随分余裕だな。まあこれで応援してもらえるのは最後だし、せいぜい今のうちに喜んどけよ」
タルジュ君の悪態を無視して天沢さんはひとつ息を吐くとパレットから剣を抜いた。
「せいぜい楽しませろよ。女相手じゃ1分もかからねーだろうけど」
剣を構えた天沢さんの目つきが変わる。戦士としての彼女は何者も恐れず怯みなどしない。
けれど今日はそれ以上に覇気が違う。というか…あの温和な天沢さんが試合前から怒ってる…?
「あなたには絶対負けない」
「この俺に喧嘩売ったこと後悔するんだな!」
*
午後から行われる本番に向け、午前中に各校順番にデジタルフロンティアの試乗時間が設けられている。
ところが順番がアルフィードの時間になっても、一向に月舘先輩が現れない。
一度だって無断で練習時間に遅れたことのない先輩で、連絡もないというのは不自然だ。常陸先輩も空閑先輩も心配そうにしている。
「私ちょっと近くを見てきます、先に始めていてください」
控室やスタジアム内の廊下を探し回ったが月舘先輩の姿は見当たらなかった。
スタジアムを出て周囲を見回すが熱心な一般客や生徒が入場待ちをしている列があるくらいで人は少ない。
ほとんどの人がシューティングの試合を観戦している時間だろうから会場や商業地からも離れているここはまだ静かである。
先輩はまだ寮に居るのだろうか。途中で倒れたり事件に巻き込まれたりしていなければいいけど。
妙に心配になりスタジアムから離れ校舎と寮へ続く道を走り出した。
一度私からも連絡を入れてみようと少し走りを緩めた時だった、男性の悲鳴が聞こえた。
スタジアム周辺に建物は少ない。悲鳴を上げた人物の姿がすぐに見つけられないということは近くの倉庫が並ぶ一帯からだろう。
人気の無い倉庫地帯へ足を踏み入れると倒れ込んでいるアルフィードの国営科の生徒の姿が複数あった。
その奥には血を吐き捨てるタルジュ君が居た。
この光景を見る限り、タルジュ君が彼らに危害を加えたように見える。
「言っとくけどな、先に絡んできたのはこいつらだからな。正当防衛だよ」
私に気が付くとタルジュ君はそう弁明したが、理由はどうあれやりすぎである。
大怪我はしていないものの痛みで立ち上がることができず苦しそうな顔をしたり、気を失っている生徒も居る。
「仮にあなたが悪くなくてもここまで傷つける必要はないと思う」
「あ?何言ってんだよ。こいつらが見下して馬鹿にしてきた挙句、てめーの飲みかけの水までかけてきやがった。このお坊ちゃま達も覚悟があって俺に喧嘩売ったんだよな?このくらい当然だろ?」
残念ながら貴族の一部の人は他国のバルドザックを知能の低い国だと見下しているそうだ。
きっとタルジュ君は嘘をついていない。それでも人を痛めつけていい理由にはならない。
「…何をやっているんだ。俺達は危害を加えていないのにこの低能な猿は暴力を振るったんだ。国防科なら早く対処しろよ!」
辛うじて意識を保っていた生徒が掠れた声で私に命令した。
悪気を感じるどころか、未だに自分がこの中で優位な存在だと信じているようでちっぽけなプライドを私にまで振りかざしている。
情けなく思った矢先、タルジュ君はその生徒を蹴り飛ばした。
「やめて!その人はそれ以上動けない!」
「うるせえ口だと思ってよ。文句あんなら直接言えよ」
タルジュ君は痛みで呻く生徒の胸倉を掴み上げ睨みつける。
「すぐ暴力だ…やはり知性の無い猿とは会話も困難だ」
生徒は未だに強気で暴言を止めない。タルジュ君は空いた片手で殴りかかろうとする。
「いいのか?俺らは必ずお前を訴えるからな。そうしたらお前の体育祭出場権はなくなるだろうよ…ああ、猿には人間様の言葉が分からないか」
一度止めた拳をタルジュ君は容赦なく生徒の腹に打ちこんだ。
「関係ねえんだよ。俺はムカつく奴は誰であろうとぶっ飛ばす」
今度こそ意識を失った生徒をゴミでも捨てるかのようにタルジュ君は振り落とした。
乱暴な人だとは思っていたけど、ここまで他人を傷つけることに躊躇いがないなんて…。
「お前も俺に文句がありそうな顔だな?なんなら試合の前に白黒つけたっていいぜ。俺のほうがお前より強いってな」
彼の行いは許せるものではないけれど、今ここで私も暴力に頼ってしまえば自身の出場権を失う上に同じチームや学園に迷惑をかけてしまう。
何よりも人を痛めつける為に力は使いたくない。力は守る為に使う、そう決めたのだから。
「私はあなたと喧嘩するつもりはない」
「俺は今無性に腹が立ってるんだよ!いいから相手しろ!」
タルジュ君は近くにあった空のドラム缶を力任せに殴ると積み重なっていた複数のドラム缶もろとも大きな音を立てて崩れた。
これだけ大きな音がすれば誰かが気づいてここに来てしまう。
そうなればこの騒ぎが事件として表に出る。大事にしたくはないのでそれは避けたい。
怪我した人達も手当してあげたいし早くタルジュ君の気を静めなくては。
「相手ならこの後する。それでいいでしょう?」
「俺は今だって言ってんだよ!」
タルジュ君はこちらに向かって駆け出した。
やっぱり穏便には済ませられないかと身構えた時、タルジュ君の背後に人影が出現した。
「止めろ」
突如現れた月舘先輩はタルジュ君の振りかぶった拳の手首を掴んで動きを止めた。
「んだよ!邪魔するな!」
「聞こえなかったか、止めろと言ったんだ」
こちらまで怯んでしまいそうな背筋が凍る威圧にタルジュ君もぞっとしたようで動きをぴたりと止めた。
「っ…分かったよ!」
タルジュ君は舌打ちして月舘先輩の手を乱暴に振り払いながら反対の手で先輩の顔面を目がけて殴りかかった。
拳がこめかみ辺りを掠ったようで先輩はふらついた。
「なんだよ、ツキダテも大したことねえな!」
掠めた所を覆っていた手を離すと月舘先輩の目尻から薄っすらと血が流れていた。
直撃しなくてもそれだけの威力があることにも驚いたけど月舘先輩が避けきれなかったことが気にかかった。もしかして月舘先輩は具合が悪いのでは…。
「ほら、反撃して来いよ!」
構わずにタルジュ君は追撃してきた。このまま見過ごすのは駄目だと間に割って入ろうとするが、それよりも先に月舘先輩はタルジュ君の拳を掴んだ。
先輩の掴んだ握力が強いのか力を込めているのにタルジュ君の拳はそれ以上動かなくなった。
「止めろ。次余計な動きをすれば相応の対処をするぞ」
更に握る力が込められたのか、一瞬タルジュ君の顔が歪んだ。
タルジュ君は強引に月舘先輩の手をはがす。すると再び月舘先輩はよろめいた。
そんな先輩の様子に大きなため息をついたタルジュ君は両手を挙げた。
「んだよ、ふらふらのくせに…やーめた。こんなザコ、相手にする価値もねえや」
そのままつまらなそうに私の横を通り過ぎていく。
これだけ暴れておいて一切の悪気もない。沸々と私の中で怒りが込み上げてくるのが分かる。
「待って」
「何だよ?」
「私がこの後の試合で勝ったらきちんと謝罪して」
「はあ?俺がそんな条件飲むかよ」
「あと訂正して。月舘先輩は弱くなんてない。あなたよりずっと強い」
そう。無秩序に暴れ回るこの人に月舘先輩が負けるわけがない。
本当なら今すぐにでも分からせたいくらいだ。
「…いいぜ。俺が負けることなんてないしな。それに殺気立ってる相手のほうが面白そうだ」
タルジュ君は了承するとそのまま去って行った。
緊張が抜けたのか先輩はふらつき壁にもたれ掛かった。
「大丈夫ですか!?傷が痛みますか?」
「いや…傷は血が止まれば大したことはない」
駆け寄り先輩の身体に触れればとても熱かった。
これで平気な筈がない、きっと立っているのもやっとだろう。
よく力任せなタルジュ君を制止させたものだ。
「誰にも言うな」
「まさか、試合に出るつもりですか!?無茶です!先輩は他の競技にも出場するんですからデジタルフロンティアは辞退して休むべきです!」
いくらデジタルフロンティアが生身の戦闘ではなく脳を使った物であるとはいえ、この状態で試合なんて無理だ。
月舘先輩が抜けるのは学園として痛手ではあるけど幸いデジタルフロンティアは個人競技だ。
急に補欠の人と交代してもらっても連携に支障はない。今回は辞退すべきだ。
「辞める訳にはいかない」
「どうしてそこまで…」
「お前には関係ない」
先輩のその言葉が悲しくもあり腹も立った。
それは拒絶であり、先輩から明確に立ち入らせない線を引かれたということだ。
今は同じ代表選手としてのチームメイトであり、仲間だ。
昔の関係がどうであったか、結局美奈子さんから教えてはもらえなかったけれど、今の私は純粋に先輩として月舘先輩を尊敬していたし信頼していた。
私が後輩であり仲が良いとは言える間柄ではないにしろ、少しは頼ってくれてもいいのに関係ないと突き放すなんて…何だか段々悲しみよりも苛立ちが大きくなってきた。
「それよりもこいつらの手当てが先だ。通りで鳴海が一般客を来させないように見張ってくれている。呼んできて対応してもらえ」
「…分かりました、鳴海先輩にお願いしてきます」
そちらがそのような態度を取るならこちらにだって考えがある。
月舘先輩が言った通り、鳴海先輩は自然な立ち位置で人が入ってこないように警戒してくれていた。
事情を簡単に説明すると納得してくれた。
「さっき出てきたバルドラの生徒ね。まったく困った子が居るものだわ。大丈夫、後は私達風紀委員で誤魔化しとくから、二人は試合に集中してちょうだい」
どうやら鳴海先輩が穏便に事が運ぶようにしてくれるみたい。
そこまで考えて鳴海先輩を手筈したようだ。
お礼を言って月舘先輩の元へと戻ると先輩は怪我した生徒の応急処置を終えた所だった。
動くのさえ辛いだろうに、優しいというか真面目というか…放っておけない人だな。
私は膝を着いていた先輩を半ば強引に立たせるとそのまま先輩の背と脚を持ち抱き上げる。
「——何考えてるんだ、降ろせ!」
「病人は大人しくしていてください!」
衰弱している先輩の抵抗する力は弱い、やっぱり無茶をさせるべきではない。
今なら多少暴れられても軽々運べる。
動揺している先輩なんておかまいなしにそのままスタジアムへと走り出した。
一番最初に鳴海先輩とすれ違ったけど、幻でも見たかのように目をぱちくりさせていた。
その後もすれ違う人は皆揃いも揃って驚いた様子でこちらを見ていたがいちいち気にしている暇はない。
途中先輩は何度も降ろせと抗議していたがそちらも聞いてやらない。
熱のせいか顔も赤くなっている、早く休養するべきなんだ。
無理矢理にでも休ませなければこの人は必ず働き出す。
意地でも出場すると言った月舘先輩が悪い。
スタジアム内に与えられた自校の控室に着くと長椅子に先輩を寝かせる。
解放された途端、すかさず起き上がろうとする先輩を睨みつける。
「そこでじっと寝ていてください!」
急いで救護係から救急セットと毛布、氷を借り、飲み物を買う。
控室に戻れば先輩はまさに部屋を出ていこうとしていたようで扉越しに鉢合わせ状態になる。
「寝ていてくださいって言ったじゃないですか!」
「あのな…俺は平気だって…」
「私の腕力くらい振りほどけないのに強がらないでください」
「言っとくがお前の力は男と大差ないどころか馬鹿力で…」
「寝てください!!」
先輩が何と言おうが今なら私は先輩に勝てる自信がある。
苛立ちも相まって口調がつい強気になっていた。
私が頑として道を譲らないと悟ったのか諦めて先輩は長椅子に戻った。
まずは傷の手当てをして薬と飲み物を手渡す。
先輩が薬を飲むのを見守り、毛布を渡して横にならせる。
「月舘先輩がどうしても出場したいと言うならもう止めはしません。ですが、きちんと休んでください」
「…分かった」
「あと、もう少し頼ってください。私は先輩みたいに優秀ではありませんけど、私に出来ることは何でも力になりたいとは思います…仲間じゃないですか」
「……そうだな」
先輩は疲れ切っていたのか瞳を閉じて数秒で静かな寝息を立てていた。
もしかしたら先輩は昨日も具合が悪かったのではないか。
今思えばいつもより反応が遅かった気もする。
些細な違いも気づいてあげられなかった自分に罪悪感が生まれる。
私はすぐに自分のことでいっぱいになってしまう。
もっと周りをよく見て、助けてあげたいのにな。
——そうだ…私は大切な人を守りたいという気持ちを誰かに教えてもらった。
その子は守る為に強くなりたいと言っていたな…どうして顔も名前も忘れてしまったの…。
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