負けられないー3


  ようやく一人になって自分が少し人疲れしているのに気づいた。

 本当、世界には色んな人が居て、違った性格や考え方をしている。

 私はどうやって接したり行動したらいいのか分からず、いつだっていっぱいいっぱいだ。

 何が正解なのか分からない。誰かと話すのはやっぱり難しい。


  一連の騒ぎを静かに見守っていた先輩達の元へとようやく合流する。

 先輩達は笑いも怒りもせず、私がやって来ても無言だ。

 早くも何を言えば正解なのか分からず私の頭は真っ白だった。

「えっと…すみませんでした」

  ようやく絞り出した言葉は謝罪だった。

 後輩である自分が一番最後に到着し、さらに揉め事の中心に居たのだから謝るべきかと思った。

「…お前は何か悪いことをしたのか?」

  ところが月舘先輩から質問が返ってきて私は選択を間違えたのかと焦る。

 集合時間にも間に合ったし、揉め事も止めようとした。

 自分自身で悪いことをしたつもりはないけれど、でも結果的に世間の常識からしたら悪いことをしたような気もする。

「いえ…していないです」 

 迷いに迷いつつも自分の行動に悪意はないのでそう答える。

「じゃあ何で謝るんだ?」

「それは…その…」

  何で謝る…!?

 怒られるか機嫌を悪くさせてしまったかと思ったからなんて言えば余計に不快な気分にさせてしまうのだろうか。

  残念ながら私では月舘先輩の意図も表情も読めない。

 どうして授業で"人との話し方"みたいな講義をしてくれないのだろうか。

 月舘先輩の問いに何と答えればいいのかまるで見当がつかない。


  すると空閑先輩が吹き出すように笑った。あまり声に出して笑うような人じゃない空閑先輩が。

 それほど私は間抜けな発言をしてしまったのか。

「天沢、べつに月舘は怒っていない」

「え、そうなんですか…?」

「…ああ」

  気まずそうに視線を逸らした月舘先輩。

 人の感情を読み取るのは難しい。シエンちゃんくらい単純だと分かりやすいのに。

「月舘はあまり笑わないが怒りもしない」

「それ空閑が言うか?」

 よく同じ風紀委員で行動を共にする常陸先輩が苦笑いした。

「俺はぼーっとしてることが多いだけだ。龍一も怒っていないだろ?」

「どこに怒る要素があったんだよ。ただ俺だったらあの生意気な1年もっと絞めるなーと思ったくらいで、天沢さんに対しては何も…」

「ということだ。誰も天沢を怒ってなんていないし、謝る必要もない。悪いな、俺も含め話すのが苦手な奴らなんだ」

  空閑先輩の大きな手が私の頭を優しく撫でた。

 嬉しいような恥ずかしいようなくすぐったい気持ちだったけど安心できた。

 常陸先輩は驚いたように空閑先輩を見た。

「何だ?」

「いや、一番女子の相手が苦手そうな空閑が意外だなーと」

「妹が二人居るからな。苦手ではない」

「妹居るのか!初めて知った!」

「龍一はもう少し女性に慣れるべきだ。後々苦労する」

「お前まで言うか、余計なお世話だっての!」

「月舘はもう少し笑え。誤解されて損するぞ」

「…善処する」

  口数が少ない空閑先輩だけど、思ったことは正直に言う度胸がある。

 私ももっと自分の発言に自信を持たないと駄目だな。空閑先輩を見習わなくては。


  間もなく運営委員である生徒がやってきて抽選が始まった。

 くじを引く順番は各校の代表一人がじゃんけんで決め、リーフェン、ルイフォーリアム、バルドラ、アルフィードの順になった。

 一人ずつ引いていき、四巡する形だ。引く選手の順番は各校で決めていいそうだ。

  様々な思いが交錯する中、くじ引きは進んで行く。

 結局は運だ。そう分かってはいても皆が望む位置がある。

 引く順番はあまり気にしていなかったのだけど、二巡目が終わると各校少しずつそわそわしだした。

 埋まっていくトーナメント表を見上げながら未だ空いてる欄を見定めている。

 なるべく強敵や自校の仲間に当たらないよう引く順番を出来る範囲で調整しようとしているようだ。

  このトーナメントの怖いところは初戦でも容赦なく自校の生徒と戦う可能性があることだ。

 味方同士戦おうともどちらかが必ず負けるので獲得ポイントが自動的に下がってしまう。


  体育祭の総合優勝は各競技の獲得ポイントの合計で競われる。

 個人戦であるデジタルフロンティアのトーナメントとシューティングのトーナメントのポイント配分は1位25ポイント、2位20ポイント、3位15ポイント、4位10ポイント。

 準々決勝進出者、即ち8位入賞者の4名は5ポイントと同数のポイントがそれぞれ獲得できる。

 トーナメント出場選手は各校4名ずつの合計16名。

 そうなると初戦や2回戦で仲間と当たるのは好ましくない。

 理想は味方がばらけてトーナメントの配置をされることだ。


「いやー…参ったな」

  くじ引きは三巡目のアルフィードまで回ってきた。

 先にくじを引いた常陸先輩と空閑先輩はBブロックになった。

 残りの空欄は五か所。Aブロックはあと一つしか空きが無い。

 ここでAブロック側を引き当てないと私達アルフィードは4人全員がBブロックに固まるという最悪のパターンになる可能性が濃厚だ。

 なんとしてもBブロックは避けたいところだ。

  ところがAブロックには各校の実力者が名を連ねている。

 運で決まるとはいえエースである月舘先輩には優勝狙いでBブロックに入ってもらいたい気もする。

 くじを引く順番的にアルフィードの4人目は最後になるので選択肢が無く、残ったものになる。

 ならば私が先にくじを引いて尚且つAブロックを引き当てればいいのだろうか。

 でもAブロック側に配置されるのであれば、その人は貴重な得点源に成り得る。

 引き当てたならば勝たないと意味がない。

 だとするなら月舘先輩にAブロックを引き当ててもらって強敵を退けて勝ち進んでもらうのを信じるか。

  私が先に引くか、月舘先輩に先に引いてもらうか。

 くじなのだから運だ。なんて片づけてしまえばいいのか。

 どうして生きるのは選択の連続なのだろう。私は悩んでばかりだ。


「先に引いてこい」

「でも…」

「俺はどこでも勝つ」

  虚勢でも傲慢でもなく月舘先輩は淡々と言い切った。

 頼もしい発言にさすがは先輩としか言いようがない。

「お前も負けるのは好きじゃないんだろ?ならどこだろうと勝ってこい」

  そうだよね、どこになろうが勝ちたいのに変わりはない。

 ここで弱気になったって仕方がない。

「行ってきます…!」

  壇上に上がりくじが入っている箱を前に息を飲む。

 先に引くからにはAブロックだ。それで必ず勝ち進む!これだ!

 お願いします、Aブロック出て——!

  祈りながらも箱からボールを掴み取る。

 そして手の中のボールに刻まれた文字は…

「A-2ですね」

 運営委員の生徒が私のボールを覘き込み読み上げるとトーナメント表のAブロック最後の空欄に私の名前が表示された。

 よかった!Aブロックだ!自分の運に感謝しつつ壇上を降りていく。


「あーつまんねー!女かよ!」

  一際大きな声で叫んだのはタルジュ君だった。

 彼はA-1を引き当てていて私との初戦相手になる。

 月舘先輩と戦うことを楽しみにしていた彼には私が相手では不満なのだろう。

 だけど女というだけでタルジュ君は随分下に見る傾向がある。

「んだよ、文句あんのかよ」

  私と視線が合うと不機嫌そうに睨みつけられた。

 すかさず横に控えていたアサドさんがタルジュ君の頭を叩いた。

「お前はすぐ失礼なことを…!ごめんな、コイツの言うことは気にしなくていいから」

「大丈夫です…でもひとつだけ」

 真っすぐにタルジュ君を見る。 

「試合は私が勝ちます」

  女だからと見くびられるのはよくある話で特別苛立つ要因ではない。

 けれど何でだろう。戦いもしないで実力を計られるのは悔しいのか。

 所構わず失礼な態度をとる彼が気に食わないのか。はたまた私は意地になっているのだろうか。

 とにかくタルジュ君には負けたくないと思った。

「おもしれえ、ぜってー俺が勝つ」

  タルジュ君の機嫌は良くなかったけれど、先ほどみたいに喧嘩を始めようとはしなかった。

 ここで再び喧嘩に発展してしまったら、問題を起こすなと釘を刺されたのに私は失敗をする所だった。

 内心ほっとしつつ、これ以上話すこともないと思い先輩達の元へと戻る。

「天沢さんでも怒るんだな」

「ま、まあ…」

  自ら相手を挑発するような発言をしてしまったことで先輩達に咎められるかとも思ったけど、常陸先輩は楽しそうな笑みを浮かべて私を見てきた。

 負けるつもりがなかったとはいえ勝つと宣言してしまった以上、ますます負けられない試合になってしまった。

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